京都ゆるり休日さんぽ

京都の街とつながるきっかけに。「ただいま」と言いたくなる町家旅館「京旅籠むげん」

旅先にも“帰る場所”がある。「おかえりなさい」と迎えられ、眠りにつく前に1日のできごとを話したり、朝目覚めたら炊きたてのごはんが用意されていたり。今回訪ねた「京旅籠(はたご)むげん」はそんな、友人がもてなしてくれているような温かい町家旅館。京都に暮らしているかのようにくつろぎながらも、旅ならではのおもてなしや出会いにときめくこの宿では、思わず「ただいま」と言いたくなります。

■暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。
(文:大橋知沙/写真:津久井珠美)

旅好きの夫婦がたどり着いた、京都の町家

築160年を超える元呉服屋だった建物に、オーナーの永留(ながとめ)和也さん・あふるさん夫妻が5組限定の町家旅館を開いたのは2016年秋のこと。ワーキングホリデーでオーストラリア滞在中に出会い、帰国後は車で日本一周するなど根っからの旅好きだった2人が、旅の途中で心引かれた土地が、京都でした。

昔ながらのおくどさんを思わせるカウンター。かまどのれんがはこの家で元々使われていたものを再利用した

昔ながらのおくどさんを思わせるカウンター。かまどのれんがはこの家で元々使われていたものを再利用した

「2人とも『修学旅行が京都じゃなかったから』という軽い気持ちで立ち寄ったら、人との出会いや街の文化、つながりにすっかり魅了されてしまって……。京都に移住し、私たち2人が得意分野を生かしてできることを考えた結果が、宿だったんです」

庭をのぞむ縁側付きの客室。奥に見えるのは蔵を改装したバー「蔵Bar」

庭をのぞむ縁側付きの客室。奥に見えるのは蔵を改装したバー「蔵Bar」

土間のおくどさん(台所)に坪庭、奥には蔵があり、格子戸や虫籠窓(むしこまど)といった特徴的な町家のディテールも残る。京町家としての趣は十分ながらもぼろぼろだった建屋を、宿として快適に、美しく整えることに2人は心を砕きました。

土鍋で炊き上げるごはんは「むげん」の名物。炊きたての湯気に歓声があがる

土鍋で炊き上げるごはんは「むげん」の名物。炊きたての湯気に歓声があがる

朝食(700円・税込み)。「京都はモーニングがおいしい喫茶店がたくさんあるので、うちでは和食を。日によって外で食べたり宿で食べたりと楽しんでもらえたら」とあふるさん

朝食(700円・税込み)。「京都はモーニングがおいしい喫茶店がたくさんあるので、うちでは和食を。日によって外で食べたり宿で食べたりと楽しんでもらえたら」とあふるさん

おくどさんはかまどを再構築してカウンターキッチンのある食堂に、蔵は午後3時からお酒を楽しめるバーに、土間も含め全室床暖房を備え、快適で心躍る空間へとよみがえらせました。チェックイン時には季節の和菓子と日本茶がふるまわれ、朝食は土鍋から炊きたてのごはんが湯気を立てます。

地元の“ワクワクする”を旅の人ともシェアしたい

「蔵Bar」ではジャパニーズウイスキーや日本酒、梅酒など京都のメーカーのものを中心にそろえる

「蔵Bar」ではジャパニーズウイスキーや日本酒、梅酒など京都のメーカーのものを中心にそろえる

「むげん」の空間を彩るインテリアやうつわは、多くが京都の作り手によるものです。ファブリックは京都のテキスタイルブランド「SOU・SOU」、食事のうつわは近所の骨董(こっとう)店「こっとうギャラリー婆佐羅(ばさら)」や京都の陶器メーカー「たち吉」、海をイメージしたという蔵を改装したバー「蔵Bar」の空間をゆったり泳ぐクジラ形の照明は京都の金工作家・RENさんの作品……といった具合に。それは、訪れた人が目に留めて「これはどこ(誰)のもの?」と聞かれたときに、京都で買えたり、作り手に会えたりするものでありたいという理由から。

ウェルカムスイーツは季節の和菓子と日本茶で。和菓子は近所の「塩芳軒(しおよしけん)」など京都の名店から

ウェルカムスイーツは季節の和菓子と日本茶で。和菓子は近所の「塩芳軒(しおよしけん)」など京都の名店から

「最近はメディアやSNSでも“暮らすように旅する”と表現していますよね。それを実感できるのってやっぱり、人とのつながりだと思うんです。私たち自身が素敵だなと思う京都のものを知ってもらったり、〈むげん〉に泊まってご近所の方とあいさつを交わしたり、偶然見つけた路地に入ってみたり……。そういう思いがけない出会いを持ち帰ってもらいたいんです」

2人部屋は写真の和室のほか洋室も。床の間のしつらえは京都の若手の茶人グループ「陶々舎」が手がける

2人部屋は写真の和室のほか洋室も。床の間のしつらえは京都の若手の茶人グループ「陶々舎」が手がける

オープンから4年が経ち、今や京都の定宿にしてくれるお客様や海外からのリピーターも多いといいます。五つの部屋は、それぞれ内装やしつらえが異なり、うち2部屋がおひとり様専用。一人旅での利用も多く、朝食時や「蔵Bar」で、あふるさんとその日のできごとや明日の予定をおしゃべりするのも、宿泊客の楽しみの一つになっているようです。

コンパクトながら居心地の良い一人部屋。「通常のホテルでは広すぎるけどカプセルホテルは味気ない」という一人旅のニーズにフィット

コンパクトながら居心地の良い一人部屋。「通常のホテルでは広すぎるけどカプセルホテルは味気ない」という一人旅のニーズにフィット

「お出かけ先をおすすめするときに心がけていることはただ一つ。“自分もワクワクすること”です。定番だからとか人気があるからとかではなく、私自身が心から楽しいと思う場所が、お客様にとっても楽しいと信じています。しゃべりだすと止まらないのが玉にキズなんですけどね……」

格子戸や虫籠窓が京町家らしい外観。宿泊客用にレンタサイクルが無料なのもうれしい

格子戸や虫籠窓が京町家らしい外観。宿泊客用にレンタサイクルが無料なのもうれしい

そう照れ笑いするあふるさん。フロントには、海外からのお客様が部屋に残していってくれたという、感謝の手紙と自国からのお土産のピンバッジが置かれていました。「むげん」で過ごす数日間、ここに泊まる人は確かに、京都に“暮らして”いるのかもしれません。人と人とがつながり、街を歩くことを楽しむ起点となり、「ただいま」「また来るね」と自然と口にしてしまうのですから。

京旅籠むげん
http://kyoto-machiya-ryokan.com

■「京都ゆるり休日さんぽ」のバックナンバーはこちら

BOOK

京都の街とつながるきっかけに。「ただいま」と言いたくなる町家旅館「京旅籠むげん」

京都のいいとこ。

大橋知沙さんの著書「京都のいいとこ。」(朝日新聞出版)が6月7日に出版されました。&TRAVELの人気連載「京都ゆるり休日さんぽ」で2016年11月~2019年4月まで掲載した記事の中から厳選、加筆修正、新たに取材した京都のスポット90軒を紹介しています。エリア別に記事を再編して、わかりやすい地図も付いています。この本が京都への旅の一助になれば幸いです。税別1200円。


PROFILE

大橋知沙

編集者・ライター。東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。

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