クリックディープ旅

再び「12万円で世界を歩く」ロシア・サハリン編2

再び「12万円で世界を歩く」の番外編。12万円の総予算で海外に1週間暮らす、ロシア・サハリン編の2回目です。前回、日本からユジノサハリンスクに向かった旅行作家の下川裕治さん。ロストバゲージというアクシデントがありましたが、事前に日本で借りる手続きをしていたアパートに無事到着しました。今回は、日本領時代に真岡と呼ばれた街、ホルムスクへ。アパートに戻ってから、ボルシチづくりにもチャレンジします。おいしくできたのでしょうか?

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。
現在、約30年前に発刊された『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)と同じルートを再び辿(たど)る旅を紹介しています。ロシア・サハリン編はその番外編。「12万円の総予算で海外に1週間暮らす」をテーマにしています。

(写真:阿部稔哉)

ユジノサハリンスクからホルムスクへ

ユジノサハリンスクからホルムスクへ

かつて樺太(からふと)と呼ばれたサハリンのユジノサハリンスク。12万円の総予算で、海外に1週間暮らす街に選んだ。しかし日本からユジノサハリンスクに向かった飛行機でロストバゲージに遭ってしまう。マイナス10度を下まわる寒さ。ザックのなかにしまった防寒具は届かない。アパートから長時間、外に出ることも難しかった。荷物が届いたのは2日目の夕方だった。防寒具を着込んで間宮海峡に面したホルムスクにでかけてみた。そしてボルシチづくり。ユジノサハリンスクでの暮らしが本格的にはじまった。

今回の旅のデータ

ユジノサハリンスクから所要2時間以内といった近郊への足はマルシュルートカという中型乗り合いバスが便利だ。ターミナルは鉄道のユジノサハリンスク駅前。そこに何台も停車している。行き先表示はロシア語なので、運転手に聞くことになる。各路線は番号化されているので、覚えれば問題はない。多くの路線がユジノサハリンスク市内のバス停に止まっていく。慣れてくれば、そこから乗車もできる。運賃は車内で運転手に。ぼられるようなことはない。

長編動画

ホルムスク行きのマルシュルートカから。動画撮影用カメラをつけると、運転手が気を遣って窓を拭いてくれた。しかしその窓も寒さで氷がつきはじめていく。

短編動画

あまりに寒いとハトもこうして丸くなって動かない。ホルムスクから近郊への鉄道も。列車内は暖かそうだった。

ユジノサハリンスクからホルムスクへ「旅のフォト物語」

Scene01

ホルムスクへは山越えの道
その日の朝の気温はマイナス12度。ときどき日が差す天気だが、やはり寒い。間宮海峡側のホルムスクへは山越えの道になる。気温がさがってきていることは、乗ったマルシュルートカの窓に付着する氷でわかる。車の行き来が多い道だった。ドライバーたちは慣れた様子で凍った道を進んでいく。

Scene02

ホルムスク到着
1時間半ほどでホルムスクに。実はその日、コルサコフへ行くつもりだった。ユジノサハリンスク駅前のターミナルに止まっていたマルシュルートカの運転手に、「コルサコフ?」と聞くと、しっかりうなずいた。ところが行き先はホルムスク。かなり発音は違うと思うのだが。ホルムスクには後日、行くつもりだったから、まあ、いいか。

Scene03

青空市場は冷凍品市場?
気温はマイナス10度以下。海に面しているためか風が強い。体感温度はさらに低くなる。ホルムスクの港に面して青空市場があった。売られている魚は冷凍状態。生の魚を並べて売っているうちに凍ってしまったのではないか、などと思ってしまう。隣の店で売られていたのは冷凍の肉。この青空市場は冷凍品市場?

Scene04

港にサハリンの歴史の屋外展示が
サハリンではアジア系の顔をした人々をときどき見かける。朝鮮系やこの島の先住民族だ。江戸時代末期に、この島を探検した間宮林蔵の記録にも、アイヌや以前はギリヤークと呼ばれたニブヒウィルタがいたことが記されている。港にサハリンの歴史の屋外展示があった。以前紹介した北極海をめざした旅のグウィッチンを思い出した。

Scene05

おそらくホルムスク中心街では唯一の食堂
昼食……と思うのだが、カフェも食堂もみつからない。スーパーや雑貨屋の総菜コーナーは充実しているが、この寒さでは屋外で食べるのは苦痛だ。ホテルのレストランが1軒あったが、やけに高い。街を歩くこと1時間。港のターミナルのなかでやっと食堂を発見。救われた。おそらくホルムスク中心街では唯一の食堂。

Scene06

こんなハトをはじめてみた
こんなハトをはじめてみた。屋根で過ごすには海からの風が寒いのか、地上で建物の陰にじっとうずくまっている。丸くなっているのは、体温を逃がさないためだろう。そしてまったく動かない。鳴きもしない。すぐ捕まえることができそうだった。街なかの家の陰には、こんな“ハト溜(だ)まり”がいくつかあった。その様子は短編動画でも。

Scene07

ホルムスクの中心街、ソビエツカヤ通り
ホルムスクの中心街、ソビエツカヤ通り。港の前、500メートルほどの間に、銀行、デパート、ブティック、スーパーなど、ほとんどが集まっている。この街は日本領時代、真岡と呼ばれていた。日本人が数多く暮らしていた。当時もいまもここが中心の通りで、日本領時代は本町通りと呼ばれていた。

Scene08

旧王子製紙真岡工場
ホルムスクが真岡と呼ばれていた頃、街を支えていたもののひとつが製紙工場だった。樺太工業が操業をはじめ、後にそれを吸収合併した旧王子製紙が経営していた。戦後、旧ソ連の製紙工場になったが、いまは廃虚に。これまでいくつかの廃虚を見てきたが、迫力は一級。建物が大きく、内部は荒れ果てたがらんどう。壁にはいくつもの弾痕。しばらく立ち尽くしてしまった。

Scene09

真岡郵便局の跡地のビル
真岡は日本敗戦直後、悲劇の舞台にもなった。ソ連軍は真岡への艦砲射撃を繰り返し、上陸。そのとき「真岡郵便電信局事件」が起きる。勤務中の女性電話交換手9人が毒をあおって、自決した。その跡にはいま、この建物が。1階は銀行。慰霊碑があるという情報もあった。ビルの周囲を2回もまわったが、みつからなかった。

Scene10

ユジノサハリンスクの八百屋
ユジノサハリンスクに戻った。ロシア料理を代表するスープ、ボルシチをつくってみようと思った。ボルシチといったらビーツでしょ? で、アパート近くの八百屋に入ったが、ビーツがわからない。店内をまわってみる。果物や根菜類は多い。少ないが葉物も。見ると中国産でした。

Scene11

ビーツはこれ
「これ?」。店員に教えられたビーツは、ジャガイモよりグロテスク。土の塊かと思った。これから赤ワイン色のスープができる? 八百屋ではほかにタマネギ、トマト、ディルというボルシチに散らすハーブなどを買った。スーパーとは違い、1個単位で買うことができる。代金は160ルーブル、約274円。安い。

Scene12

ボルシチ作り。ビーツを切ってみた
アパートの台所でビーツを切ってみた。内部が外見とは似ても似つかぬ色だった。ナイフやまな板、指が真っ赤に染まった。そこにタマネギや乱切りトマト、肉などを加えて軽く炒め、鍋に移して煮込む。この手順は、料理レシピサイトの「クックパッド」頼み。アパートはネットがつながる。はたしてどんな味になるのか……。

Scene13

ボルシチが出来てきた
「つくり方はカレーみたいなもんだよな。カレー粉の代わりにビーツってことじゃない」と阿部稔哉カメラマンにいうと、彼は首をかしげていた。彼は家でもよく台所に立つという。料理の腕というか、資質が違う。たぶんカレーとはずいぶん違うのだろう。煮込むこと1時間。こんな感じになりました。

Scene14

ボルシチ完成
スーパーで買ったサワークリームらしきものを載せ、ディルを散らして完成。なんとなくボルシチっぽくないですか? 食べてみた。いけるじゃないですか。優しい味のボルシチだった。阿部カメラマンによると、ボルシチは土の味がする料理らしい。土の味……。いい表現だと思う。天才料理人になった気分にさせてくれる料理だ。

Scene15

作ったボルシチを実食
アパートの暖房はセントラルヒーティング。外はマイナス20度近くになっても、24時間、Tシャツですごせるほどの温度に保たれている。ビーツを千切りにしてリンゴと和(あ)えるサラダもつくってみた。クックパッドの受け売りだが、これはなんだか中途半端な味の失敗作だった。スーパー総菜の魚のフライを加えた夕食。ユジノサハリンスクの暮らしは快調。

【次号予告】次回、ユジノサハリンスクからコルサコフへ。
※取材期間:2019年11月27日~28日
※価格等はすべて取材時のものです。

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BOOK

再び「12万円で世界を歩く」ロシア・サハリン編2
12万円で世界を歩くリターンズ
[タイ・北極圏・長江・サハリン編] (朝日文庫)
リターンズ第二弾では、タイと隣国の国境をめぐり、北極圏を北上し、長江をさかのぼる旅へ、予算12万円で約30年前に旅したルートをたどる。さらに「12万円でサハリンに暮らす」ことにも挑戦。旅は、世界はどう変わったか?朝日文庫
3月6日発売
価格未定

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「一両列車のゆるり旅」(双葉社)、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)など。最新刊は、「12万円で世界を歩くリターンズ 【タイ・北極圏・長江・サハリン編】」 (朝日文庫)。

  • 阿部稔哉

    1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

再び「12万円で世界を歩く」ロシア・サハリン編1

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