旅空子の日本列島「味」な旅

伝統の技と味と祈りの心が生きる 雅な岐阜・飛驒古川

南北に長い岐阜県。その最北部を占める飛驒市は古雅な城下町・古川と、鉱山の町・神岡、農林業の宮川と河合の2町2村が合併した、人口2万3000人余りの市である。夏は緑と清流のすがすがしい自然郷だが、冬は名うての豪雪地帯。毎年1月15日、古川町には200年以上も続く『三寺まいり』という伝統行事がある。つい半月前に地元の人に誘われて行ってきた。珍しく雪はなかったが、駅前で大きな雪像ろうそくに迎えられた。

飛驒古川は、飛驒高山初代藩主・金森長近によってひらかれた増島城の城下町。1904年の大火で町の大半が焼失したが、匠の腕と心意気で往時の趣の町が蘇った。瀬戸川沿いの白壁土蔵街や、壱之町通りに並ぶ町屋の出格子が当時をしのばせる。

古川の町並み

格子造りなど飛騨の匠の技が息づく古川の町並み

和ろうそく、飲食、菓子屋、宿など老舗が点々とある通りにはろうそくが灯されて、『三寺まいり』が始まっていた。三寺は大火を唯一免れた円光寺と、それぞれ徒歩で5分ほどの真宗寺、本光寺の三つの浄土真宗の寺のこと。

町並み

古川を象徴する瀬戸川沿いの町並み。左手前の建物は円光寺

山本茂実の名著『あゝ野麦峠』にも書かれたが、明治・大正時代、長野の岡谷・諏訪の紡績工場へ糸引き工女として働きに出た飛驒の娘たちが、年季奉公を終えて帰郷した際に、正月には精いっぱい着飾ってお参りしたのが始まりだ。それを目当てに若い男たちも多数集まった。「嫁を見立ての三寺参り」とうたわれたように公開集団見合いの場だった。そのことからいつからか良縁祈願、縁結びの色合いが濃くなったという。

三寺まいり

千本ろうそくに祈りを捧げる三寺まいりの参加者

寺をめぐり、露店で飛驒牛入りの“飛驒牛コロッケ”やえごま塗りの五平餅を立ち食いし、居酒屋で吟醸酒をたしなみながら富山湾の魚介をつまんだ。赤かぶや白菜の漬物を卵と合わせて鉄板で焼く「漬物ステーキ」や「豆腐ステーキ」がとてもユニークだ。

漬物ステーキ

漬物ステーキ

豆腐ステーキ

豆腐ステーキ

「飛驒ではなんでも焼いて食べるんです」と誘ってくれた観光課の北村和弘さん。パリッと軽やかな「味噌煎餅(みそせんべい)」と、滑らかな甘みの「笹巻羊羹(ささまきようかん)」を土産に買った。

金木戸屋の笹巻羊羹

金木戸屋の笹巻羊羹

普段は静かでおおどかな古川だが、4月19日・20日は、上半身裸の男の熱気と興奮が渦巻く“古川やんちゃ”で有名な「古川祭」でにぎわうという。ぜひ訪ねてみたい、春を呼ぶ行事である。

〈交通〉
・JR高山線「飛騨古川駅」下車
〈問合せ〉
・飛驒市商工観光部観光課 0577-73-2111(代表番号)
・飛驒市観光協会 0577-74-1192

※都道府県アンテナショップサイト「風土47」より転載。

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PROFILE

中尾隆之

中尾隆之(なかお・たかゆき)ライター
高校教師、出版社を経てフリーの紀行文筆業。町並み、鉄道、温泉、味のコラム、エッセイ、ガイド文を新聞、雑誌等に執筆。著作は「町並み細見」「全国和菓子風土記」「日本の旅情60選」など多数。07年に全国銘菓「通」選手権・初代TVチャンピオン(テレビ東京系)。日本旅のペンクラブ代表・理事、北海道生まれ、早大卒。「風土47」でコラムを連載中。

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