ダンさんと東海道ちょっと自転車旅

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

見知らぬアメリカ人からメールをもらい、川崎から静岡までともに自転車旅をすることに――。ライター中村洋太さんの自転車旅紀行第2弾「ダンさんと東海道ちょっと自転車旅」は、2017年に体験した、そんな不思議な旅の記録です。一日のサイクリングを終えた夜には、ご当地のクラフトビールを飲むというおまけつき。最終回は、静岡県沼津市から、ダンさんと別れる静岡市まで。(トップ写真はとろろ職人に扮装するダンさん)

第2回<茅ケ崎~沼津>から続く。
第1回<川崎~茅ケ崎>はこちら。

生桜えびを食べ、三保松原をめでる

「ダンさん、ちょっとストップ。ここで写真を撮ろう」

田子の浦へと続く眺めの良い遊歩道の途中で、ぼくはリュックから一眼レフを取り出した。どこかでダンさんのポートレートを撮りたいと考えていたのだが、車の往来が激しい道路ではなかなか難しい。ここは絶好のチャンスだった。

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

沼津市の遊歩道で撮影したポートレート

そのときの写真を気に入ってくれたようで、現在でもSNSのプロフィール写真として使ってくれている。趣味の撮影を生かすことができ、ほかにも様々な経験を総動員する旅となった。

富士川を越え、桜えびで有名な由比でお昼休みにした。以前、東海道を歩いて旅した際に、「ゆい桜えび館」というお店で生の桜えびを食べたことを思い出し、ダンさんにも食べてほしいと思った。桜えびは世界的にも珍しく、漁獲対象になっているのは駿河湾と台湾のみ。さらに生で食べられるのは駿河湾だけだという。

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

由比の名物、生桜えび

ダンさんは、やや神妙な面持ちで桜えびをつまんでいたが、口に入れると「おいしい」と言ってくれた。しかしそのお店でダンさんが桜えびよりも驚いていたのは、「以前、東海道を歩いて京都を目指していた方?」と定食を置きながらぼくに声をかけてくれたお店の女性の記憶力だった。

「ええ、まさしくそれはぼくですね」と、笑いながら答えた。

静岡駅に着くまでに、どこか観光できる場所はないかなと考えていたところ、「三保松原(みほのまつばら)」 があったので寄り道することにした。

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

海の青と松林の緑が織りなす名景「三保松原」を楽しんだ

2013年に富士山が世界文化遺産に登録されたが、その構成遺産には三保松原も含まれている。歌川広重が浮世絵で描いたし、万葉集にも三保松原を詠んだ和歌がある。和を感じる景色にダンさんもご満悦の様子だった。曇ってはいたが、うっすらと富士山も見ることができた。

そしてついに、静岡駅に着いた。川崎を出発し、約200kmの自転車旅が終わった。

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

けがもなく無事静岡駅にゴール

10人以上の友人に歓迎される

ダンさんとの最後の宴。夜が明ければぼくは新幹線で東京へ戻り、ダンさんはそのまま京都へ向けて走り出す。

初日の茅ヶ崎、2日目の沼津でもゲストを呼んでダンさんに交流を楽しんでもらったが、最終日だからとあちこちに声をかけたら、10人以上が集まってくれた。そのほとんどが、東海道を歩いて旅したときに静岡で出会った方々だ。

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

大勢の友人が駆けつけてくれた

そのひとりである陽気な横山太一さんも、クラフトビール醸造所「AOI Brewing」が直営する「ビアガラージ」に駆けつけてくれた。

「おかえり! 中村くんが静岡に来たら、会わないわけにはいかないだろ!?  ダンさん、Nice to meet you!  静岡へようこそ! はっはっは! ビールはうまいか?」。横山さんはごきげんだった。

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

ムードメーカーの横山さん(右)

また、前夜沼津に来てくれた久保山智史さんが、サプライズでこの日も登場した。なんとダンさんに会うために2日連続で会社の休みを取ったそうで、それを聞いてダンさんは「Oh……」と言葉を失っていた。

奇跡は続いて、またひとり

奇跡はさらに続く。都内に住む友人の五十嵐司くんからも、夕方メッセージが届いた。

「自分も今出張で静岡駅周辺にいます。もしよかったらダンさんにお会いしたいです!」

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

偶然にも出張で静岡に来ていた五十嵐司くんも合流

SNSで旅の様子を発信していると、面白いことが起こるものだ。その連絡を受けた30分後には五十嵐くんと再会を果たした。既にぼくの周囲で有名人になっていたダンさんは、皆から熱烈な歓迎を受け驚いていた。

「ヨータ、いったい何がどうなっているんだ?  君には偶然を起こす不思議な力がある。茅ヶ崎でも、沼津でも、一緒に旅をしていると、毎日偶然の出会いが起きている。信じられないよ」

「茅ヶ崎でも」というのは、初日に茅ヶ崎市内を自転車で走っていたら、「あら? 洋太くん?」と大学時代の友人のお母さんにバッタリ出会ったことを指している。本当に毎日、偶然の出来事が起きた。

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

「AOI BREWING」には掛川産の深蒸し茶を使用した「お茶エール」もあった

2軒目でもさらに奇跡が

2軒目は、これも思い出の「クラフトビアステーション」 というお店。中に入ると、カウンターに知人が座っていたので驚いた。

「中村さんのFacebookを見て、ここで待っていました!」

以前このお店に立ち寄った際、その知人、南條信人さんが、「ネットで見かけたんですけど、もしかしてクラフトビールを飲みながら東海道五十三次を歩いている方ですか?」と声をかけてくださらなかったら、静岡でこんなにもたくさん友達はできなかっただろう。彼がクラフトビール仲間をたくさん紹介してくれた。

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

左上が南條信人さん。静岡に住む前職時代の同僚(女性)も来てくれた

もう少し、ここにいさせてくれないか?

お店を移しても大変な盛り上がりぶりで、ダンさんのビールを飲むペースも止まらない。ぼくは少し心配していた。というのも、ダンさんは明日からまだ300km走って京都まで行かなくてはいけないからだ。

そろそろお開きにして休んだほうがいいんじゃないか。ぼくはダンさんの肩を叩き、小声で「そろそろホテルへ戻ろうか?」と話しかけた。

すると、これまで何を言っても「OK」と返事をしてきたダンさんが意外な反応をした。

「……ごめん。もう少し、ここにいさせてくれないか?」

「本当に?  明日も走るのに、大丈夫?」

「みんなと話すのが楽しいから、まだ帰りたくないんだ」

ぼくは少し驚いたが、なんだかホッとして、うれしくなった。3日間、一緒に旅した甲斐があった。心ゆくまでおいしいクラフトビールと会話を楽しみ、深夜0時にホテルへ戻った。

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

中島正民さん(左から2番目)からのプレゼントは「東海道五十三次」のポストカード

とろろ汁の丁子屋でお別れ

4日目。浜松に向けて走り出すダンさんを、ぼくは静岡駅前のホテルで見送るはずだった。しかし、最後にどうしても案内したい場所があった。

静岡駅から6kmほど先にある丸子宿の「丁子屋(ちょうじや)」 だ。このお店は江戸初期に創業してから400年以上続き、広重の浮世絵にも描かれている。

「そこまで一緒に行くよ。My last trip!」

「OK!」

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

1596年創業の丁子屋

風情あるたたずまいを今に伝える丁子屋に着き、囲炉裏を見てもらったり、とろろ職人に扮してもらって写真を撮ったりした。

そして、広重の「東海道五十三次」全55点がズラッと飾られている大広間へ通された。ぼくはこれを、ダンさんに見せたかったのだ。川崎宿からこの丸子宿まで、通ってきた場所の絵を眺めながら、「ぼくらはここを旅してきたんだ」と話した。

そして「ここがゴールだよ」と、京都・三条大橋が描かれた最後の絵を指差した。

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

大広間には東海道五十三次の絵が宿場順に並んでいる

丁子屋の名物は、伝統の「とろろ汁」。ダンさんはとろろを初めて食べるというが、なかなか気に入っていた。もう少しゆっくりしていたかったが、新幹線の時間もあるので、ここで本当にお別れとなった。

「じゃあ、京都まで頑張ってね。気をつけて。良い旅を!」

「ヨータ、本当にありがとう。3日間、驚きの連続で、素晴らしかった。ヨータの友人も、みんなすてきだった。なんとお礼していいのかわからない。日本が大好きになったよ。いつかまた会おう」

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

お別れのツーショット

またいつか、ともに走ろう

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

今も昔も、東海道には様々なドラマがあるのだろう

ダンさんとの短い旅では、経験や人脈が面白いように生きて、「この旅をするためにぼくは、かつて東海道五十三次を歩いたのかもしれない」とさえ感じた。すべては見えない糸でつながっているかのようだった。

自分の直感や情熱には、素直に従うべきだと思った。こんな貴重な経験、お金で買おうと思ってもできない。「クラフトビールを飲みながら自転車旅をしたい」という外国人なんてなかなか現れないし、そんな人が直接メールをくれたのだから、「神のお導きだ」と運命に従うのがいい。

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (3)沼津~静岡

静岡にてタイヤに空気を補充するダンさん

またいつか、ダンさんと一緒に走りたい。今度は、違うコースで。これまで一人旅がほとんどだったが、誰かと一緒に走ることで、思い出を共有できる。「あの道は良かったよね」「面白かったよね」と、きっと何年経っても、再会すればそんな記憶をさかなにクラフトビールを飲めるだろう。

静岡で別れた3日後、ダンさんから短いメールが届いた。

「京都に着いたよ!」

同行はできなかったが、きっと京都までの道中も、色々な人や景色との出会いがあったことだろう。それらを想像しながら、「おめでとう」と祝福した。

ありがとう、ダンさん。いつかまた会う日まで。

(完)

第2回<茅ケ崎~沼津>から続く。
第1回<川崎~茅ケ崎>はこちら。

PROFILE

中村洋太

1987年、神奈川県横須賀市出身。2011年、早稲田大学創造理工学部卒業。旅行情報誌の編集とツアーコンダクターとしての経験を経て、2017年1月よりフリーランスのライターとして活動。これまでに自転車で世界1万キロ以上を旅しており、西日本一周(2009)、西ヨーロッパ12カ国一周(2010)、アメリカ西海岸縦断(2017)、台湾一周(2017)のほか、徒歩で東京から大阪へ「東海道五十三次600kmの旅」(2017)も。

ダンさんと東海道ちょっと自転車旅 (2)茅ケ崎~沼津

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