カメラと静岡さとがえり

「やさしいことはつよいのよ」 宮城まり子さんの温かさに触れた、「ねむの木学園」への旅

スリランカと日本を拠点に活躍する写真家の石野明子さんが故郷を撮り歩く連載、「カメラと静岡さとがえり」。第14回は、俳優の宮城まり子さんが創設した、掛川市にある「ねむの木学園」。心に傷を負ったり、障害がある子どもたちのための学校です。まだ障害児への教育がないがしろにされていた時代に、宮城さんは私財を投じて学園をつくりました。2020年3月21日、宮城さんが93歳の生涯を閉じられました。今回はその約半年前、石野さんが宮城さんと学園を取材した時の、子どもたちとの心温まる交流を描いてもらいました。(トップ写真は、ねむの木学園の子どもたちの作品が展示されている「ねむの木こども美術館」)

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少女のようにほほ笑んでくれた宮城まり子さん

静岡県掛川市に、肢体不自由児のための教育の先駆けとなった学校がある。俳優の宮城まり子さんが私財を投じて創立した「ねむの木学園」だ。身体的障害を持っていたり、心に傷を負ったりした子どもたちの感性を自由に育む場所を作るための教育の場として設立された。

「やさしいことはつよいのよ」 宮城まり子さんの温かさに触れた、「ねむの木学園」への旅

学園の中庭には、子どもたちが描いた作品が溢れている

その宮城さんが2020年3月21日に永眠された。ご自身の93歳の誕生日だったそうだ。

取材で伺ったのは2019年の9月。宮城さんは目をつむって息を整えることが多かった。インタビューが負担をかけるのではないだろうか。不安に思い質問を一つだけしようと話し始めたとき、「美術館(※『ねむの木こども美術館 どんぐり』のこと)は見た? どうだった?」と逆に質問された。「実物を見たのは初めてで圧倒されました」と伝えると「そ? ありがと」と少女のようなとてもかわいらしい声でにこっとほほ笑んだ。

それ以降はインタビューを打ち切り、実際の絵画の授業風景を見せてもらうことにした。

子どもたちに「お母さん」と呼ばれて

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子どもたちが宮城まり子さんに「お母さんあのね」と呼びかける

教室で、子どもたちはそれぞれ好きな体勢で絵を描いていた。キャンバスに目を押し付けるようにして緻密(ちみつ)に描いている子もいれば、床に突っ伏して大きくペンを動かしている子も。そこへ宮城さんが教室に入ってくると、子どもたちの顔がパァッと明るくなった。

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宮城さんは一人ひとりの目をしっかり見つめる

車椅子に乗った宮城さんが一人ひとりに声をかけていく。「続きはどうなった?」「きれいね、とてもきれいよ」。子どもたちは宮城さんをお母さんと呼ぶ。そして褒められてとてもうれしそう。「見てみて!」と宮城さんの顔の前に絵をどんどん持ってくる。インタビュー中は苦しそうに見えた宮城さんだったが、甘えてきた1人の女の子をひざに乗せながら(12歳くらい!)、ハリのある声で絵画の授業を進めていた。

「やさしいことはつよいのよ」 宮城まり子さんの温かさに触れた、「ねむの木学園」への旅

宮城さんは子どもたちにすぐ囲まれる

途中、宮城さんは私に何人かの生い立ちを教えてくれた。「あの子は虐待を受けてここに来たの。あんなに小さな体で」「あの子は脳性まひ、だけどピアノをとても楽しそうに弾くのよ」。絵画の授業中だろうと、もし誰かがピアノを弾き始めても止めはしない。それが彼らの感情表現だから。

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それぞれのスピードで作業を進める

どんな人間も素晴らしいものを持っている。それをねじ曲げることなく自由に育てたい。それが宮城さんの願いだった。

子どもたちの心の中のエネルギーにまなざしを注ぐ

ねむの木学園の周りは、障害者も健常者もわけ隔てなく過ごせる「ねむの木村」が作られている。喫茶店や美術館、子どもたちの工芸品を売るお店などが点在している。だがまずは「ねむの木こども美術館 どんぐり」へ。

「やさしいことはつよいのよ」 宮城まり子さんの温かさに触れた、「ねむの木学園」への旅

どんぐりの帽子のような屋根が印象的な美術館

ここには学園の子どもたちが描いた多くの作品が展示されている。建築家・藤森照信氏によるどんぐりのようなコロンとした建物の優しいフォルムが、彼らの自由な感性を包んでいる。作品一つひとつはものすごく、濃い。

「やさしいことはつよいのよ」 宮城まり子さんの温かさに触れた、「ねむの木学園」への旅

創作エネルギーに満ちた作品たち

彼らは専門的な美術の教育を受けているわけではない。けれど作品となって表面化したエネルギーに心を揺さぶられる。

「やさしいことはつよいのよ」 宮城まり子さんの温かさに触れた、「ねむの木学園」への旅

豊かな色彩の作品たち

彼らは間違いなく「アーティスト」だった。授業中、宮城さんの子どもたちに注いでいたまなざしが浮かぶ。ああ、学園の子どもたちは、大人になっても宮城さんにとってはずっと子どものまま。そして宮城さんは彼らの障害や容姿でなく、この心の中のエネルギーをずっと見ているんだ、と思った。

「やさしいことはつよいのよ」 宮城まり子さんの温かさに触れた、「ねむの木学園」への旅

宮城まり子さんの想いが伝わる

「障害者福祉施設」へ少なからず自分が持っていた偏見に、そして「自分の心に正直でいる」とはどんなことか、に気づかせられる。

学園の場所を探す際には、希望の敷地周辺の住民から理解が得られずかなり難航したそうだ。東京からだんだんと離れ、最初は静岡県御前崎市に、その後移転して、現在の掛川市に落ちついた。

「やさしいことはつよいのよ」

授業の最後にはみんなでお茶を飲み、おやつを食べた。何人かの子が私にもお茶とおやつを持ってきてくれて、「おいしいよ、食べて」「カメラ大きいね。僕も撮りたい」。好奇心も優しさもとてもまっすぐだった。気づくといつの間にか宮城さんは退室されていた。

取材の帰り際、職員のかたが「園長がごあいさつしたいとおっしゃっています」と宮城さんのご自宅に連れて行ってくれた。伺うとベッドに横たわっていて、隣にはさっきひざに乗っていた女の子がぴったりと寄り添っていた。「来てくださってありがとう。お会いできてうれしかったわ」と私の手を優しく握ってくれた。きっと子どもたちは、こうした宮城さんの温かさに安心するのだろう。

「やさしいことはつよいのよ」 宮城まり子さんの温かさに触れた、「ねむの木学園」への旅

ふれあいも大事なコミュニケーション

宮城さんがよく言っていた言葉、「やさしくね やさしくね やさしいことはつよいのよ」を思いだすと、心に突き刺さる。時に心が狭くなって、自分の正当性ばかりを主張しようとする自分を省みる。この言葉をずっと忘れないでいよう、そう誓って学園を後にした。

宮城さんのご冥福と、学園の子どもたちがこれからも宮城さんの思いとともに前に進んで行くことを心から祈っている。

◆ねむの木学園
https://www.nemunoki.or.jp/

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PROFILE

石野明子

2003年、大学卒業後、新聞社の契約フォトグラファーを経て06年からフリーに。13年~文化服装学院にて非常勤講師。17年2月、スリランカ、コロンボに移住して、写真館STUDIO FORTをオープン。大好きなスリランカの発展に貢献したいと、その魅力を伝える活動を続けている。2019年4月にイカロス出版よりガイドブック「五感でたのしむ! 輝きの島スリランカへ」(税込み1760円)が出版された。
http://akikoishino.com/
http://studio-fort.com/

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