コロナ・ノート

私的記念日、握手が消えた日と初マスク ジャーナリスト・高松平藏

新型コロナウイルス感染症が広がる中、世界は重苦しい雰囲気と混乱に包まれています。そんな状況下で変わっていったライフスタイルや価値観、あるいは見つめ直したことについて、さまざまな立場の方々がつづる、&M、&w、&TRAVELの共同リレー連載「コロナ・ノート」。初回は、ドイツ在住のジャーナリスト高松平藏さんが、新しい発見のあった二つの「記念日」について記します。

(トップ写真:「コロナ式あいさつ」をするニュルンベルク市長選候補者=3月16日付エアランガー・ナッハリヒテン紙)

私的記念日、握手が消えた日と初マスク ジャーナリスト・高松平藏
私的記念日、握手が消えた日と初マスク ジャーナリスト・高松平藏

私的記念日、握手が消えた日と初マスク ジャーナリスト・高松平藏

高松平藏(たかまつ・へいぞう)

ジャーナリスト。ドイツ・エアランゲン在住。主なテーマは地方都市の発展。ドイツで取材・調査・観察を通して執筆活動を行っている。帰国時には自治体や大学などで講演・講義を行うほか、ドイツでも集中講義とエクスカージョンを組み合わせた研修プログラムを主宰している。ドイツ人の妻とは結婚して20年余り。著書「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」(学芸出版社)が3月に発売されたばかり。

 

新型コロナウイルス感染症が蔓延(まんえん)しているが、自分のライフスタイルはあまり変わっていない。あえて変化を挙げるなら、SNSへの投稿が増えたことだろう。

これには理由がある。まず私のオフィスは約20年間、ドイツ南部のエアランゲン市(バイエルン州、人口約11万人)にある自宅の一室。もちろん、取材をしたり、友人と会ったり、スポーツをしたりするため出かけることはあるが、私は「在宅勤務」のベテランなのだ。

私的記念日、握手が消えた日と初マスク ジャーナリスト・高松平藏

「在宅勤務中」の筆者。仕事の日はスウェット厳禁。えりのついたシャツを着ること。髪やひげは整えること。スーツにネクタイというフルセットは不要だが、ジャケットを羽織れば、いつでも仕事関係の人とでも会える状態にしておくことがコツ。そしてPCを切る時間を決めておくこと。在宅勤務を始めてほどなくして確立した「ルール」=本人撮影

ドイツに拠点を移して数年間は「70%イクメン、30%ジャーナリスト」で、この時のほうが、職業人としては大変だった。子供が大きくなるにつれ、イクメンとジャーナリストの割合が入れ替わっていった。

私的記念日、握手が消えた日と初マスク ジャーナリスト・高松平藏

ドイツ・エアランゲン市内のカフェ。外出制限で人がこなくなった

在宅勤務のため夫婦で家にこもるとストレスがたまるという声も聞くが、そういう「ストレステスト」も過去に何度も経てきた。だから、急な在宅勤務でとまどっている友人の話を聞くと、「わかるよ、わかる」という気持ちになる。

妻は会社で働いているが、なにせ休暇の多い国。夫婦ともども自宅にいることはしばしばあり、金融危機のときは「労働時間短縮」でむしろ楽しく家族で過ごした。

コロナ禍で起きる変化の記録にSNS活用

一方、生活と仕事が密着していると、「ジャーナリスト」という職業も人格の一部になってくる。「ニュースは歴史の最初の草稿である」という言葉があるのだが、コロナ禍が起きてから、これが自分のなかで勢いよく動き出した。古今東西、疫病があるとそれにインスパイアされる作家やジャーナリスト、アーティストがいたが、その気持ちがよくわかる。

SNSへの投稿が増えたのは、コロナ禍でおこる変化やインスパイアされたことを書きとどめておくツールとして最適だからだ。個人的体験も含む「コロナ・アーカイブ」から私的な二つの「記念日」を紹介したい。

握手より親近感湧く「コロナ式あいさつ」

まずは2020年3月1日。エアランゲン市長や市議なども集まる式典に参加した。会場内は奇妙な雰囲気だったが、理由はすぐにわかった。皆、握手を控えているのだが、代わりにできることがない。だから、なんとなく落ち着かないのだ。この日が私的記念日「握手が消えた日」である。前日に市内初の感染者が出たことを受けてのことだった。数日前までは「ここまでは来ないだろう」とさえ思っていたのだが、状況は一転した。「今は日本式あいさつがぴったりですよ」と知人に言うと、「ホントですね」と慣れないお辞儀が返ってきた。

私的記念日、握手が消えた日と初マスク ジャーナリスト・高松平藏

外出制限のため公園も封鎖された

しかし、やがてひじとひじをコンとあてる「コロナ式あいさつ」がでてくる。たとえば、市役所の記者会見へ行くと市長はすべての報道陣やゲストと握手をする。ホストとしての歓迎の意、または同じ集いに居合わせる「ログイン」のような意味合いがあるのだろう。ともあれ儀礼的な握手だ。筆者が最後に市長と会ったのは3月19日。握手は「コロナ式あいさつ」に変わっていた。広報担当者とは、半ばふざけあって足と足を当ててあいさつした。いずれも握手より親近感が湧く身体コミュニケーションだ。

このころはメディアでも冒頭の写真のように、やや象徴的に「コロナ式あいさつ」が掲載されることが多かった印象がある。しかし外出制限後は見かけない。

マスクをする国、しない国の発想

握手のように「できなくなってしまった文化」の代わりに、「これまでなかった文化」も出てくる。それはマスクだ。

マスク着用の是非は世界を二分した。世界保健機関(WHO)やドイツのロベルト・コッホ研究所などは、健康な人がマスクを着用することで感染リスクが極度に低下するという証拠は不十分という見解を出していた。このあたりがマスク不要の医療的根拠だろうが、西洋では日常空間でマスクをする習慣がもともとなかった。

筆者はドイツの都市発展というテーマを継続的に取材してきたが、そこからいえばマスクをしない習慣は「都市は衛生的で、個人が自由にふるまえる公共空間」という信頼感が基本的にあるからだと思う。都市は疫病に悩まされてきた歴史があり、だからこそ空間全体を管理する公衆衛生が発達したからだ。

私的記念日、握手が消えた日と初マスク ジャーナリスト・高松平藏

「距離を維持してください」と訴える、スーパーの床に貼られたマーク。マスクして密接するよりも、マスクなしで距離を取るほうがましな気もするのだが、どうだろう?

この相似形に思えるのが会社だ。

ドイツでは病気になると簡単に会社を休める。有給休暇と別の扱いで、他の社員への感染を防ぐという意味も見いだせる。職場は社員などがともに過ごす限定的な「公共空間」だ。風邪をひいた人を休ませるのは一種の「隔離」で、これによって、「病気にならない公共空間」という信頼性が確保できる。この延長線上で考えれば、コロナ禍の外出制限は、安全な公共空間(社会)を皆で連帯して取り戻すことであり、家にいることは社会的責任、という理解ができるだろう。

それに対して日本では、熱があっても、はってでも出てくる人が称賛される向きがあった。そこに「職場という公共空間の管理」という観点は見いだしにくい。あるいは、オフィス空間の衛生に関する決まりがあっても内容は浸透していない。そこで、病気の人も、健康な人も、「自己責任」でひたすらマスクをつける。今やマスクも「利他的行動」とされるが、あくまでも個別対応だ。これがマスク社会になるひとつの理由に思えるのだ。

コロナが変えるドイツの文化

私的記念日、握手が消えた日と初マスク ジャーナリスト・高松平藏

距離を維持するように促す掲示は、郵便局の入り口にも

さて、それにしても新型コロナは未知のウイルスである。そのうえ誰を隔離すればよいかわからないぐらい感染者も増えた。感染しても無症状の人もいる。こうなると、ドイツも既存の空間対応ではどうも対応できないのではないかという感覚がでてきたのだろう。

筆者が購読している地方紙でついに、こんな論説記事が登場した(エアランガー・ナッハリヒテン紙、4月1日付)。要約すると次のような内容だ。
<正直に言って、ニュルンベルクにやってくるマスク姿のアジア系観光客を笑ったことがない人はいないだろう。だが、マスクは他者のため、自分のための保護手段だ。今後数週間、ドイツの文化の変化が必要だ>

この記事に限っていえば、マスクは自分たちの「文化」ではないことを強く意識していることがうかがえる。コロナはついにドイツの文化さえも変えようとしているのだ。

私的記念日、握手が消えた日と初マスク ジャーナリスト・高松平藏

外出制限はあるが、日常必需品の買い物や単独・家族での散歩やジョギングは許されている。観察した範囲では公共空間で多くの人が距離をとっていた。「空間的対応」の了解が行き届いているからかもしれない

3月22日からドイツは外出制限がかかっているが、買い物やジョギングはできる。数少ない外出時の経験からいえば、3月末のマスク着用者はアジア系の2人を見ただけ。4月のはじめには、欧州系(いわゆる白人)の着用者を数人見かけた。

そして、我が家でも変化がおきる。4月1日、ついに妻が外出する時に、万一のために用意しておいた不織布のマスクを取り出したのだ。彼女はドイツ人である。ご多分にもれずマスクは初めて。どちらが裏か表か、はたまた顔にフィットさせるためのワイヤの扱いにてこずり、あたふたと出かけていった。これが二つ目の私的記念日である。

「コロナ・ノート」記事一覧

  • 僕らの世界から「旅」が消えた日

    僕らの世界から「旅」が消えた日

    リーマントラベラー・東松寛文 [&TRAVEL]

  • 先行きの見えない世界に生まれた娘に

    先行きの見えない世界に生まれた娘に

    小説家・白岩玄さん [&M]

  • 1日3食作ることで見えてきたもの

    1日3食作ることで見えてきたもの

    ライター・佐久間裕美子さん [&w]

  • ■その他の「コロナ・ノート」記事一覧はこちら

    「コロナ・ノート」記事一覧

    一覧へ戻る

    僕らの世界から「旅」が消えた日 リーマントラベラー・東松寛文

    RECOMMENDおすすめの記事