コロナ・ノート

「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介

新型コロナウイルス感染症が広がる中、世界は重苦しい雰囲気と混乱に包まれています。そんな状況下で変わっていったライフスタイルや価値観、あるいは見つめ直したことについて、さまざまな立場の方々がつづる、&M、&w、&TRAVELの共同リレー連載「コロナ・ノート」。

今回の筆者は、イタリア在住の翻訳者で、日本でもいま話題となっているパオロ・ジョルダーノ著『コロナの時代の僕ら』(早川書房)を手掛けた飯田亮介さんです。配偶者の故郷であるマルケ州モントットーネ村に移住して17年になりますが、この人口約1千人という小さな村でロックダウンに直面して以降の2カ月の日々をつづります。

(写真・飯田亮介、トップ写真はモントットーネ村の旧市街)

「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介

「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介

飯田亮介

イタリア語翻訳家。1974年生まれ。日本大学国際関係学部卒、中国・雲南民族学院中国語コース、イタリア・ペルージャ外国人大学イタリア語コース履修。現在、妻の故郷である中部イタリア・マルケ州のモントットーネ村在住。二児の父。趣味は山登り、写真撮影、ギター弾き語りなど。 主な訳書にフェッランテ『ナポリの物語』シリーズ全4巻、ジョルダーノ『素数たちの孤独』『コロナの時代の僕ら』、ジェーダ『海にはワニがいる』(いずれも早川書房)、イタリア現代文学短編集『どこか、安心できる場所で~新しいイタリアの文学』(共訳、国書刊行会)など多数。

Twitter:https://twitter.com/kirokubito

note:https://note.com/giapponjin

 

ピークアウトを迎えたイタリア。規制が緩和される

「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介

イタリア全土でロックダウンが日常の一部となってから、もう2カ月になる。自分で書いていても嘘(うそ)みたいに思えるが。

封鎖の効果もあってか、イタリアではコロナ感染の勢いにようやく衰えが見え始め、5月4日からは政府の感染対策が第2フェーズに入った。

第2フェーズとは、全国で外出禁止令が段階的に緩和される、つまりロックダウン解除の始まりだ。これまで休業を命じられていた大半の工場や、公共工事以外の建設現場も再開され、親族訪問、屋外で運動をするための移動も、自分の住んでいる州内であれば認められるようになった。 また、禁止されていた葬儀も、小規模ならば可能になった(編注:参列者が15人以下の場合)。

今後は、感染者数の推移によって変更の可能性はあるものの、5月18日には一般の小売店すべてが営業を再開。ミュージアムや図書館も同様に、運営を再開する。 そして6月1日には理髪店・美容院に加え、バールやレストランをはじめとする外食産業も、営業を再開する予定となっている。 外出禁止規制の緩和によって、これでまたジョギングにも出かけられるし(これまでは家の周辺しか走れなかった)、庭遊びで我慢させてきた子どもたちと、長い散歩にだって行ける。

「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介

州によって規制緩和の内容は異なるものの、マルケ州に限って言えば、ソーシャル・ディスタンスさえ保てば、海辺の散歩にも、山歩きにも行くことができるのだ。 まだまだ油断はならないし、みんながいっせいに移動を始めたら、あっという間に元の木阿弥になりやしないか、という不安もあるが、やはりうれしい。なんと言ってもイタリアは、この春から初夏までが、いちばんいい季節なのだから。

人口1千人の村と「ジャッポネーゼ」

「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介

ちなみに僕が住んでいるのは中部イタリアのマルケ州という場所だ。同じ中部イタリアでも、首都ローマ(ラッツィオ州)、花の都フィレンツェ(トスカーナ州)、サッカー元日本代表の中田英寿氏が日本国外で最初に所属したチームのあるペルージャ(ウンブリア州)くらいまではなんとなく聞いたことがあっても、マルケ州なんて名前も聞いたことがない、場所も知らないという日本人がほとんどだろう。

おおざっぱに言えばローマの北東、イタリア半島の東海岸にあって、アドリア海に面している。そんなマルケ州にも、実は国際的に有名な観光地がいくつかある。たとえば、世界遺産の町ウルビーノ(15世紀に芸術文化の中心地のひとつとして栄えた)と、音楽家ロッシーニの故郷ペーザロ。 しかし、どちらも北部マルケの町で、僕がいるのはさらにマイナーな南部にある、モントットーネという人口1千人の過疎の村だ。

今はもう村にひとつしか窯が残っていないが、陶器作りの伝統があり、それなりに歴史もある。小麦畑やヒマワリ畑の広がる、ゆるやかな丘がどこまでもつらなる風景はなかなかに美しく、近くには謎めいたギリシャ神殿の遺跡もあるし、アドリア海まで車で30分、2千メートル級の山々まで40分と、レジャーにも便利な立地。 夏にはバカンスで滞在する国内外の観光客で結構人口が増える。

「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介

そんな村に日本人の僕がひとりぽつんといるのは、そこが妻の故郷だからだ。考えてみれば、もうモントットーネに来て20年近くになるから、そろそろ故郷の神奈川県座間市よりもここで暮らしている時間のほうが長くなる。

最近は村にいても、自分が日本人であることを意識する場面もだいぶ少なくなった。 「日本人」である、というよりは、「ジャッポネーゼ」というあだ名の一村民になった気分とでも言おうか。

でも祖国のニュースは日々チェックしている。家族や友人もいるし、いつ帰国することになるかもわからないし。 だから、こちらの状況に一応の目処(めど)が立ってくると、今度は自然と、日本のことが気になってきた。イタリア人に比べて統率が取れ、集団行動の得意そうな日本人ならば、自主的に不要不急の外出を避け、うまく対応するのではないか。そんな期待をしているが、実際はどうだろうか。

ロックダウンでだんだん見えなくなる「世間」

5月1日の時点で、日本の累計感染者数は1万4千人以上。これは約2カ月前、イタリア全国でロックダウンが始まった3月頭の数字に近い。いまやイタリアの累積感染者数は20万人以上に達している。 まさか日本がそこまで増えることはないだろうとは思う。ただそれは僕の希望的観測でしかない。そうならないことを切に願っている。

さて、こんなことを書いていると、「日本のことより、イタリアの心配をしろよ、本当にもう大丈夫なのか」という声が聞こえる気もする。 でも実を言えば、いくらニュースを見聞きしても、イタリアのほかの土地、つまり村の外で実際に何が起きているのか、ぴんと来ないというのが本音だ。その理由をなんとか説明してみよう。

「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介

ロックダウン中は、行動範囲が「自分の住んでいる市町村」、しかも近所に限られてしまうから、会える人の数も必然的に限られてくるし、せっかく会えた人にしても、マスクで口元を覆われているため、どんな表情をしているのかよくわからない。コロナ対策でサングラスまでしている人もいるからなおさらだ。 相手の表情が見えなければ、会話もいまひとつ弾まない。

さらには、ハグもできないし、握手のひとつもできない。 そんなふうに、村の外に行くこともできず、他人の顔が見えず、人間らしいコミュニケーションもできないとなると、どうも心身のどこかの調子が狂ってくるようだ。 なんだか「世間」が見えづらい。

世間の様子を探知する「肌感覚」(とでも呼ぶべき)アンテナが故障しっぱなしで、感度も落ちっぱなしなら、探知範囲もいまだかつてなく狭(せば)まっている。 そんな気持ちの悪さがずっと抜けない。これは案外、ロックダウンされた土地に暮らす多くの人々に共通した感覚ではないかと思う。

間接的な情報ならば、もちろんメディアを通じて大量に入ってくる。でも目の前にあるはずの社会が見えないと、その延長線上にある国すらもよく見えなくなってしまう。だから普段にも増して、なんだか「イタリアの今」を、自信をもって語る気分になれない。

自然は常に平常運転。そのことに助けられた

「社会的動物」とも呼ばれる人間から、「社会」の大半を取り除いてしまったのが今の自分、おおざっぱに言えば、そういうことだ。

さて、そんな僕がこの9週間をどうやって過ごしてきたか。 前半は、緊急発売となった、作家パオロ・ジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』(早川書房)という作品を訳して過ごした。 「じゃあ、後半は?」と問われると、あまりよく思い出せない。

「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介

こつこつと翻訳の仕事をして、たまに近所の林に野生のアスパラ狩りに行き、庭で子どもたちと遊ぶ。あとは何をしていたんだっけ……。とにかく助かったのは、季節が春で、しかも住んでいる場所が、身近に緑が豊富な環境だったこと。

「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介

庭先の緑を見ても、花を見ても、花にむらがるミツバチを眺(なが)めても、普段より心なしか澄(す)んで見える大空をゆく鳥たちを見ても、遠くの山々を見ても、自然は実に平常運転だ。 あたふたしている人間界に比べると、自然界の平然とした態度がとにかく頼もしく思えた。

「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介

動植物にしてみれば当たり前に生きているだけ、空や山にしてみればそこにあるだけかもしれないが、当たり前であり続けるその態度が、今の僕にはとりわけ美しく見えた。かくありたいものだと思った。何はともあれ、とりあえず生きている、それでいいじゃないか、そんな気分になれた。 身近な場所にひとつの希望を見ることができたためか、ぐらぐらしていた気持ちがいくらか落ち着いたのを覚えている。

登山が趣味なので、家から車で40分ほどの距離にあるシビッリーニ山地を、僕はよくカメラを下げて歩いている。そしてここ数年、こんなことを思うようになってきた。 「年を取って今みたいに山を歩けなくなっても、庭先の小さな自然を眺めていれば、割と満足できるかもしれない」

「生きている。それだけでいい」 当たり前の態度こそ美しい 翻訳家・飯田亮介

今回の隔離生活で、その直感の正しさはある程度証明されたようだ。どんなに小さなものでもいいから、身近な自然をあらためて見つめてみてほしい。 緑の少ない大都市の住人であれば、盆栽や観葉植物に自然を求めてみてもいいだろう。

そんなふうに、たまには人の世の移ろいからあえて目をそらし、常に変わりつつも、決して変わらぬものに救いを求めてみてもよいのではないだろうか。

「コロナ・ノート」記事一覧

  • 4月1日、暮らしが一変。あえて良かったことを数えてみた

    4月1日、暮らしが一変。あえて良かったことを数えてみた

    ライター・大平一枝 [&w]

  • 失われた日常を悲しむのではなく「今ある環境でどう生きるか」

    失われた日常を悲しむのではなく「今ある環境でどう生きるか」

    写真家・三浦咲恵 [&M]

  • 僕らの世界から「旅」が消えた日

    僕らの世界から「旅」が消えた日

    リーマントラベラー・東松寛文 [&TRAVEL]

  • ■その他の「コロナ・ノート」記事一覧はこちら

    僕らの世界から「旅」が消えた日 リーマントラベラー・東松寛文

    一覧へ戻る

    RECOMMENDおすすめの記事