永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶

(65)黙々と技を磨く少年と通わせた心 永瀬正敏が撮った台湾

国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。今回は、台湾の田舎町でカメラに収めた、ある少年との出会い。黙々と彼が続けていたこととは?

(65)黙々と技を磨く少年と通わせた心 永瀬正敏が撮った台湾

©Masatoshi Nagase

ふと振り返ると、少年がこちらをじっと見つめて立っていた。
少年は手に長いひも状の何かを持っている。
しばらく見ていたら、彼はその「何か」で無心に遊び始めた。

ここは台湾の田舎町。

地元に住んでいる(であろう)この少年は、はしゃぐことなく、笑顔を見せることなく、
ただ淡々とその「何か」で遊んでいる。

昔の自分がフラッシュバックしてきた。
あの頃、もう遠い昔だが、
道端で拾ったただの木の枝を振り回したりしながら、自宅まで大事に持って帰った。
何でもない泥を夢中でこねて、カチカチに黒光りするまで固め、
泥玉を何個も作ってしばらく大切に庭に飾っていた。
当時はそこらへんにあるものを、何でもオモチャにして遊んだものだ。
今のように進んだゲームもスマホもまだ何もない時代、
ただ想像力をフルに生かして「何でもないもの」を「特別なもの」に変え、
時間を忘れてただただ遊んだ。

少年のひも状の「何か」が彼の後頭部を直撃した。
「アッ」と思い、慌ててファインダーから目を外し彼に駆け寄ろうとした。
しかし少年はじっとこちらを見つめ、
また何事もなかったように「何か」を振り回し始めた。
その後何度も「何か」を後頭部にあて、それでもその動作を繰り返した。
そうするうちに、少年は「何か」をギリギリで後頭部にあてずに、
むちのようにしなやかに振り回す技を身につけた。
彼にとっての「特別な」技を習得したのだ。

帰りの車に乗りその場を後にしようとした時、
あの少年が相変わらず笑顔もなくこちらをじっと見つめていた。
彼の姿が見えなくなる瞬間、彼はこちらに手を挙げた。僕も手を挙げ応えた。
笑顔のないその姿は、とてもとても誇らしげに見えた。

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PROFILE

永瀬正敏

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(89年)、山田洋次監督「息子」(91年)など国内外の約100本の作品に出演し、数々の賞を受賞。カンヌ映画祭では、河瀬直美監督「あん」(2015年)、ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(16年)、河瀬直美監督「光」(17年)と、出演作が3年連続で出品された。近年の出演作に常盤司郎監督「最初の晩餐」、オダギリジョー監督「ある船頭の話」、周防正行監督「カツベン!」、甲斐さやか監督「赤い雪」など。写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2018年、芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞。

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