美しきインドの日常

<4>あごひげにターバン、失われゆくインドの伝統

インドに魅せられ、バイクで8周してきた写真家の三井昌志さんが、文と写真でつづる連載コラム「美しきインドの日常」。隔週木曜更新です。

「戦士の部族」シク教徒

インド北部パンジャブ州の農村は、まるで地上の楽園のように美しかった。どこまでも広がる小麦畑の緑と、かわいらしい花を咲かせたマスタード畑の黄色。空を飛び回る青い鳥や、用水路を流れる澄んだ水のきらめき。すべてが心地よかった。暖かな陽光が降り注ぐ道には、荷車を引いてゆっくりと歩くラクダやロバの姿がある。これほど穏やかな気持ちにさせてくれる景色は、インド中探してもなかなか見つからないだろう。

しかし昔のパンジャブ州は、今とはまったく違う姿をしていたという。もともと降水量が少なく作物が育ちにくい土地を、国を挙げての灌漑(かんがい)事業によって、肥沃(ひよく)な穀倉地帯に変えたのだ。

<4>あごひげにターバン、失われゆくインドの伝統

パンジャブ州が緑豊かな穀倉地になったのは、灌漑事業のおかげだ(撮影:三井昌志)

インダス川の支流に巨大なダムを作り、そこにためた水を運河によって下流の農地に行き渡らせようという一大プロジェクトが、当時の首相ネルーの元で実行に移され、住民たちもこの事業に惜しみない労力を注いだという。目の前に広がる緑豊かな大地は、実は人の手によって造られた景観なのだ。

パンジャブ州の小麦畑で働いていたのは、ターバンを巻いたシク教徒たちだった。シク教徒の男たちは「戦士の部族」として鍛えられてきた歴史があり、胸板が分厚く、腕っ節が太いマッチョな外見の人が多かった。

<4>あごひげにターバン、失われゆくインドの伝統

シク教徒の戦士の衣装を着るビクラム・シンさん。水牛を水場に連れて行く途中だ

古くからの戒律に従って生きる正式なシク教徒の男性は、髪やひげを「神から与えられたもの」として決して切らないという。彼らはその長く伸びた髪をターバンで覆い、豊かなあごひげを蓄えている。そのユニークな外見が民族的アイデンティティーともなっているのだ。

しかし最近は、そのような古い戒律に従わないシク教徒も増えているようだ。僕が知り合った大学生のマンディップ・シン君と彼の友人たちも、誰一人としてターバンを巻いていなかったし、短髪でひげもきれいにそっていた。

「僕らの父親の世代はみんなターバンを巻いています」とマンディップ君は言った。「祖父たちが強制したからです。でも僕の父親は『お前の好きなようにしろ』と言ってくれました。だから僕は、自分の意志でターバンを巻かないと決めたんです。あれを巻いていると頭が痛くなるし、夏はとても暑いから」

「でもターバンを巻いている人たちは、みんな涼しそうな顔してるけど」

「あれは我慢しているんですよ。何十年もずっと巻いていたら、暑さにも慣れますしね。それに今はターバンを巻いているとモテないんです」

<4>あごひげにターバン、失われゆくインドの伝統

黄色い花を咲かせたマスタード畑を手入れする男性。マスタードは種から油を搾るために育てている

外部の人間、特に僕のように写真を撮る者にとって、シク教徒のターバン姿はとてもユニークでフォトジェニックなものだから、この習慣ができるだけ長く受け継がれてほしいと思う。しかし実際には、ターバンを巻いている人にしかわからない苦労もつらさもたくさんあるのだろう。

「やせ我慢」が評価された時代もあったのかもしれない。実利よりも伝統を重んじる時代もあったのかもしれない。でも今は違う。個人の選択と自由が尊重されるようになった現代社会において、若者たちが伝統に縛られない生き方を模索するのは、当然の成り行きなのかもしれない。

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PROFILE

三井昌志

1974年生まれ。京都府出身。神戸大学工学部卒業後、機械メーカーに就職。エンジニアとして2年働き、退職。2000年12月から10カ月にわたってユーラシア大陸を一周したことをきっかけに、写真家としての道を歩むことに。「日経ナショナル ジオグラフィック写真賞2018年グランプリ」を受賞。おもな著作に『アジアの瞳』(スリーエーネットワーク)、『子供たちの笑顔』(グラフィック社)、『スマイルプラネット』(パロル舎)、『写真を撮るって、誰かに小さく恋することだと思う。』『渋イケメンの国』『渋イケメンの旅』(雷鳥社)などがある。公式サイト「たびそら」:https://tabisora.com/

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