宇賀なつみ わたしには旅をさせよ

蓼科の懐かしい山小屋へ 宇賀なつみがつづる旅(11)

フリーアナウンサーの宇賀なつみさんは、じつは旅が大好き。見知らぬ街に身を置いて、移ろう心をありのままにつづる連載「わたしには旅をさせよ」をお届けします。今回は2019年の長野県・蓼科(たてしな)高原の旅。懐かしい山小屋で、幼い頃を思い出し……。

(文・写真:宇賀なつみ)

「重ねていく 蓼科」

鳥の鳴き声で目が覚めた。
スマートフォンに手を伸ばすと、まだ朝の4時半。

布団にくるまったまま、外が明るくなるのを待とう……
そう思っていたのに、いつの間にか、もう一度眠っていた。

2019年7月。
私はひとりで、蓼科の山小屋にいた。

長野県の蓼科高原には、父が勤める会社の別荘があり、
幼少期から、夏になると毎年のように訪れていた。

花を摘んだり、虫を捕ったり、川で泳いだり、
夜にはBBQをして、星空を眺めて……

「田舎」と呼べる場所がなかった東京育ちの私にとって、
自然と遊ぶことを教えてくれたのは、いつもこの場所だった。

梅雨明け前、急に数日間休めることになったので、
私はひとりで車を走らせ、懐かしい山小屋へ行ってみることにした。

途中、2頭の鹿が車の前に立ちはだかった。
車にも人にも慣れているのだろう。
こちらを気にする様子もなく、何かに耳をすませている。

もちろん、邪魔をしているのは私の方なのだから、
ゆっくりと待てばいい。
他には誰もいない。
私と彼らだけの時間が、ぜいたくに過ぎた。

山小屋へ着いて玄関の扉を開けると、木の香りが中からあふれ出してくる。
その瞬間、ひとりぼっちの寂しさが吹き飛んだ。

道

山の中は、静かだと思いがちだが、
実はいつも、何かの音がする。

鳥や虫の鳴き声、流れる川や、揺れる木々の音。
雨が降れば、皆が一斉にしゃべり出したように騒がしくなる。

そんな音を聞きながら、
木漏れ日が、白く光りながら降り注ぐのを、ただただ眺めていた。
ほとんどうわの空で、長い間見とれていた。

緑

2日目以降は、ほぼ雨だった。
少し前までは、せっかく来たのに雨が降るなんて最悪だと思ってしまったが、
今は、雨も悪くないと思える。

諦めるのではなく、全てを受け入れることで、気づけることもある。
心の波を穏やかにすることを覚えた。

毎朝、明るくなる頃に起きて、
コーヒーを飲み、散歩をした。
昼になると、車を運転して、
そば屋や洋食屋に行き、日帰り温泉に立ち寄った。
夜は、地元の野菜を買ってきて炒めたり、スープにして食べて、
読書をしたり、映画を見たりした。

ゆっくりと時間が進んでいく。
意外と寂しくないもんだなぁ……

天井のシミが気になって、
怖くて眠れなくなった幼い頃のことを思い出した。

きっとあの頃は、目の前にあることの全てに、
真剣に向き合っていたんだろう。
今は、ウイスキーをゆっくりとロックで飲めば、
ストンと眠りに落ちてしまう。

細かいことは気にならなかった。
今日も無事生き延びて、明日を待つだけだ。

誰も私のことなんて気に留めていない。
大きな自然の中に、たまたま紛れ込んでいるだけなのだから。
その感覚が、心地よかった。

人生に勝ち負けはないと思う。
ただ、自分らしく完走すればいいだけで、
順位もタイムも、本当は何の意味もないのだ。

幸せや不幸せは、誰かに決められるものではなく、
自分自身が感じることでしかない。

ひとりで山にこもって、少しの不安と焦りが消えた。
目に見えない世界のことを憂えても、仕方ないじゃない?

私は今日も、ちゃんと生きている。
これからもずっと、重ねていくだけ。

それでいいのだ。

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PROFILE

宇賀なつみ

東京都出身。テレビ朝日「報道ステーション」の気象キャスターとしてデビュー。同番組スポーツキャスターとして、トップアスリートへのインタビューやスポーツ中継等を務めた後、「グッド!モーニング」「羽鳥慎一モーニングショー」など、情報・バラエティー番組を幅広く担当。2019年にフリーランスとなり、現在はテレビ朝日「池上彰のニュースそうだったのか!!」や、自身初の冠番組「川柳居酒屋なつみ」を担当。TBSラジオ「テンカイズ」やTOKYO FM「SUNDAYʼS POST」など、ラジオパーソナリティーにも挑戦している。2020年4月からは、MCを務める、関西テレビ・フジテレビ系「土曜はナニする!?」がスタートした。

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