「川のワイン」を訪ねて

ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

“銘醸地”と称されるワイン産地にはたいてい大きな川が流れている。川はどのようにワインに恩恵をもたらすのか? イタリア、スペイン、フランスのワイン産地を訪ね、その答えを探ろう。
(文:ワインジャーナリスト・浮田泰幸、写真:吉田タイスケ、トップ写真はイタリア・エミリア地方の丘陵地)

ポー川流域 エミリア=ロマーニャは美食の宝庫

ワインは丘や山と共に語られることが多く、川や海とは縁が薄いように見える。ブドウという植物が乾燥を好み、湿潤を嫌うことも関係しているかもしれない。しかし実際には、ほとんど全ての銘醸地の傍らには大きな川が流れている。川が大地を削り、渓谷と丘陵を作り出す。川が土砂を流し、岩盤を露出させる、あるいは泥や細かな石を堆積(たいせき)させる。そうやってブドウに、ひいてはワインに土地固有のキャラクターを与える土壌を形成するのだ。

ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

ポー川はイタリア最長の川(ermess/Getty Images)

イタリア北部を西から東へ貫くように流れるポー川は、総延長約650km、イタリア最長の川だ。ポー川が作ったポー平原(パダーナ平原)は肥沃(ひよく)で農業や酪農に適し、古くから食物の供給源だった。紀元前からいくつもの古代都市が建設され、そこに暮らす人々の知恵が豊かな食材を資源に高度な食文化を打ち立てていった。この旅の最初の訪問先、エミリア=ロマーニャ州は今も「美食の宝庫」の座に君臨し続けている。


ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

エミリア=ロマーニャの中心都市ボローニャ

この地方の特産品を挙げてみよう。シャルキュトリー(加工肉)ではパルマの生ハム、ボローニャのモルタデッラ。チーズならパルミジャーノ・レッジャーノ、グラナ・パダーノ。ボロネーゼやラザニアに代表されるパスタ。モデナのバルサミコ酢。珍味ではポー川のウナギのオイル漬け……列挙するだけで腹が鳴ってしまう。

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シャルキュトリー盛り合わせ。手前の茶色いものは豚肉で作る煮こごり風のチッチョーリ

例えば、“幻の生ハム”と言われるクラテッロ・ディ・ジベッロは、ポー川の川霧がその熟成に大きな役割を果たす。河畔(かはん)に立つ熟成小屋が霧に包まれる風景はこの地方の風物詩だ。

ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

ボローニャ市内のチーズ&加工肉店「シモーニ」

しかし……。エミリア=ロマーニャは「美食の宝庫」でありながら、最近までワイン鑑定家や愛好家のお眼鏡に適うクオリティーワインには乏しいと言わざるを得なかった。その道ではピエモンテやトスカーナの後塵(こうじん)を拝してきたのだ。

ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

タリアテッレ・ボロネーゼ

だが、あきらめるのはまだ早い。近年、世界規模で起こっている栽培・醸造のイノベーション、国や地域を越えた情報共有によって、この地方でも目覚ましい品質向上が見られるのだ。伝統的な「美食」の多くはリッチな油脂分を含む。この土地のワインはそれに合わせ、酸とタンニンが豊富で「油脂を流してくれる飲み物」の役割を果たしてきた。このスタイルこそが、産地の強みなのだ。

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生ハムと白ワインの前菜を楽しむツーリスト

名門メディチ家の流れをくむ「メディチ・エルメーテ」

エミリア=ロマーニャは西側4分の3を占めるエミリア地方と、東側のロマーニャ地方とでできている。二つの地方は言語も、文化も、人々の気質も、造られるワインも異なる。エミリア地方のワイナリーから訪ねてみよう。

「メディチ・エルメーテ」は名門メディチ家の流れをくむファミリーが興したワイナリー。この地方独特の発泡性赤ワイン、ランブルスコの造り手として知られる。我々が到着したときはお昼前だというのに、辺り一面に霧が立ち込めていた。

ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

メディチ・エルメーテの人々。一番右が当主のアルベルト氏、その隣はアレッサンドロ氏


ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

川霧の残るブドウ畑

「ポー川の支流の一つであるエンツァ川のほとりを選んでブドウを植えたのは、その土地が粘土質土壌だったからです」

案内してくれたファミリーの5代目で、ブランド・アンバサダーのアレッサンドロ・メディチ氏はそう語る。

アレッサンドロ氏の父で当主のアルベルト・メディチ氏は、バローロやブルゴーニュで研修を通じて家業改革のヒントを得た。それまでは複数の栽培農家から買い集めたブドウを醸造、ブレンドして瓶詰めしていたが、それをやめ、独自の畑を開いて、自社のブドウのみでランブルスコを造ることにした。1987年のことだ。周囲の同業者はアルベルト氏の改革を冷ややかな目で見ていたという。

2009年、同社のランブルスコ「コンチェルト2008」がワイン誌「ガンベロ・ロッソ」で最高評価であるトレ・ビッキエーリを受ける。この一件がワイナリーのみならず産地の評価を一変させることになった。

ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

「アチェタイア」はバルサミコ酢の熟成庫。この地方では多くのワイナリーがバルサミコ酢も造る


ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

アチェタイア。長期熟成のものほど小さな樽(たる)に移していく

この造り手の特徴の一つに、使うブドウを単一品種に絞ったことがある。ランブルスコはワインの呼称であると同時にブドウ品種の名前でもあるのだが、ランブルスコと名の付くブドウは主要なものだけでも6種(マイナーなものを入れると10種以上)あり、それぞれに明確な個性の違いがある。

例えば、ランブルスコ・ディ・ソルバーラ種はロゼのように色淡くフローラルな香り、ランブルスコ・グラスパロッサ種はフルボディで野性味がある、ランブルスコ・マエストリ種は色濃く肉感的な味わい……といったふうに。その中から同社が選んだのは、色調が濃く、風味のバランスが良いランブルスコ・サラミーノだった(現在は、多品種のブレンドものも製造)。この品種の生育に向く環境こそ、川沿いの平坦(へいたん)な粘土質土壌の土地であった。

ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

ブドウ品種によって紅葉した際の葉の色合いが異なる


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きめ細かな泡を立てるランブルスコ

「コンチェルト2018」を試飲してみよう。濃い桑の実色。控え目な泡立ち。ラズベリージャムの香りにほのかにミントのトーンが交じる。口に含むと、ホロリと甘く、明朗な印象で、飲み手の気分を高揚させてくれる。チーズだけを使ったシンプルなパスタやピッツァと合いそうだ。

ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

テイスティングルーム


ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

右端が「コンチェルト」。このボトルは2015年


Medici Ermete
Via Isacco Newton, 13/a 42124 Gaida di Reggio Emilia
https://www.medici.it/

標高に合わせたブドウ品種 「ファットリア・モレット」

もう1軒、ランブルスコの造り手を訪ねよう。「ファットリア・モレット」のブドウ畑はポー川の支流、グエッロ川が流れるカステルヴェトロ・ディ・モデナ郊外の丘陵地に広がる。

ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

カステルヴェトロ・ディ・モデナ郊外の風景

訪問時はちょうど紅葉の盛りで、色づいたブドウ葉が豪奢(ごうしゃ)なタペストリーのように見えた。

「ファットリア・モレット」は1971年からワイン造りを行っているが、自社でボトル詰めを始めたのは3代目当主アルタリーバ兄弟の時代になってからのこと。4代目のアレッシオ・アルタリーバ氏によると、カンティーナ(ワイナリー)周辺の標高は約200m。「標高の高い土地での栽培に適するのがランブルスコ・グラスパロッサです」

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アレッシオ・アルタリーバ氏


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「ファットリア・モレット」当主のアルタリーバ兄弟。兄のファビオ氏(左)がセールス、弟のファウスト氏(右)が栽培・醸造を担当


ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

当主の母、アルベルタさん。手に持っているのはティジェッレという素朴なパン。これに生ハムなどをはさんで食べる

同じグラスパロッサによる3種のランブルスコを試してみよう。

ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

3種のランブルスコ。右からタッソ、カノーヴァ、モノヴィティーニョ

「タッソ」は標高180mにある三つの畑のブドウを混醸。樹齢は15〜20年。ラズベリー、野イチゴの香りにハーブの香りが交じる。
「モノヴィティーニョ」は標高250mの斜面にある樹齢48年の畑のブドウから造られる。スミレと赤い果実の香りに血を思わせる動物的なトーンが交じる。野生味があるが、それが食事を呼ぶ。
「カノーヴァ」は標高150mの、砂と粘土と石灰の交じる土地に広がる単一畑のブドウから。樹齢は三つの中で最も古く、52年。砂地の土壌で、ブドウの根が深く伸びると言う。清涼感のあるハーブの香りが優勢。口の中ではブルーベリーの親しみやすい甘みに、熟れたカシスの風味が深みを与える。

ポー川支流の土壌が決め手 「川のワイン」を訪ねて(1) イタリア・エミリア=ロマーニャ州

グラスパロッサのランブルスコはシャルキュトリーとよく合う


Fattoria Moretto
Via Tiberia, 13/B, 41014 Castelvetro di Modena
https://www.fattoriamoretto.it/it/home/

区画ごとに醸造し、それぞれの個性を表現し、個別のラベルで商品化していく――。これは世界の急進的な産地で等しく行われているアプローチだ。ランブルスコは、味わいの幅も広く、それだけで食事のコースを構成することができるほど多彩だし、アルコール度数が11〜12%と低めなのも現代の食のトレンドに合致している。このクオリティーが日本で1000円台〜2000円台で買えるのは「破格」と言えるだろう。

(つづく)

【取材協力】
Enoteca Regionale Emilia Romagna

PROFILE

浮田泰幸

ライター、ワイン・ジャーナリスト、編集者。青山学院大学文学部卒。月刊誌編集者を経てフリーに。広く海外・国内を旅し、取材・執筆・編集を行う。主な取材テーマは、ワイン、食文化、コーヒー、旅行、歴史、人物ルポ、アウトドアアクティビティ。独自の観点からひとつのディスティネーションを深く掘り下げる。
 ワイン・ジャーナリストとして、これまで取材したワイン産地は12カ国40地域以上、訪問したワイナリーは600軒を超える。産地・生産者紹介と「ワイン・ツーリズム」の紹介に重点を置き、世界各地のワイン産地から取材の招聘を受けている。
 主な寄稿媒体は、「スカイワード」(JAL機内誌)、「日経新聞 日曜版」「ハナコFOR MEN」「ダンチュウ」「マダム・フィガロ」「ワイン王国」など。

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(2)高評価ランブルスコと地域初の貴腐ワイン イタリア・ポー川とエミリア=ロマーニャ州

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