海の見える駅 徒歩0分の絶景

本州最南端の町で出会った、真夏の青い太平洋 和歌山県・和深駅

旅先で衝動にかられて、思わず列車から降りる――。何年ぶりか、そんな大人げないことをしてしまった。この駅に降りた時点で、後の旅程は白紙。ただ、目の前にはかつて見たことないほど青い太平洋が、果てしなく続いている。8月、本州最南端の町で、車窓だけで終わらすにはもったいない絶景に出会った。

■連載「海の見える駅 徒歩0分の絶景」は、アマチュア写真家の村松拓さんが、海のそばにある駅で撮った写真を紹介しながら、そこで出会ったこと、感じたことをつづります。

太陽と黒潮が生んだ、鮮やかな海の青

2016年8月のある日、時刻はちょうど正午。天気は文句なしの快晴で、頭上からは容赦なく真夏の日差しが照りつける。降り立ったのは、JR紀勢線(きのくに線)の和深駅だ。

和深駅は、本州最南端の町、和歌山県串本町にある無人駅。標高およそ15mの崖上にあるホームから、景勝地の「枯木灘」を見下ろせる。紀伊半島をぐるりと囲むように走る紀勢線には、海の見える駅も数多いが、和深駅はその中でも屈指の眺望を誇る。

本州最南端の町で出会った、真夏の青い太平洋 和歌山県・和深駅

和深駅のホームから見た枯木灘。ホームの上屋は現在、撤去されている

実は、和深駅には2012年、薄曇りの日に一度訪れたことがあり、今回の旅ではほかの駅を巡る予定を立てていた。それでも、衝動にかられて和深駅に降りたのは、目に入った海の青さがあまりに鮮烈だったからだ。真夏の晴れ空のもと、日差しを受けて宝石のように透き通った海。その海を視界いっぱいに見下ろすホーム。車窓からこの二つが見えた瞬間、旅程を捨ててでも降りようと決めた。

後に知ったが、和深駅から見える海が青いのには、実は太平洋を流れる黒潮とも関係がある。黒潮は、栄養分であるプランクトンが少なく、ゆえに透明度も高い。紀伊半島南端にある枯木灘は、そんな黒潮が列島に沿って北上する中で、本州に最も近づく海域。地形や海流、そして天気という自然の条件が運良く重なり、この絶景に出会えたのだ。

本州最南端の町で出会った、真夏の青い太平洋 和歌山県・和深駅

透き通った枯木灘の海。手前の階段は跨線橋(こせんきょう)の跡。跨線橋がないために、後で苦労をすることに

和深駅は枯木灘を見下ろす、いわば絶好の展望台。それにもかかわらず、人の姿がまったくない。せっかくなので、次の列車までの1時間、駅のいたるところから、夏の爽やかな枯木灘を堪能することにした。

向かいのホームまで、坂道、トンネル、長い階段……

和深駅には、新宮・名古屋方面に向かう山側のホームと、和歌山・大阪方面に向かう海側のホームがある。

まずは、山側のホームに隣接した駅舎に入ってみる。年季の入った白い木造駅舎だ(現在はコンクリート製のものに建て替えられている)。内部の明かりは消えており、外の明るさに慣れた目では暗く感じる。ただ、振り返ると大きな窓や入口から、海と空のまぶしい青が目に飛び込んできた。

本州最南端の町で出会った、真夏の青い太平洋 和歌山県・和深駅

待合室からのこのオーシャンビューは、ぜいたく極まりない。木造駅舎では珍しく入口の扉も外されており、駅の外からも、白い駅舎越しに海面が顔をのぞかせた。

本州最南端の町で出会った、真夏の青い太平洋 和歌山県・和深駅

木造駅舎越しに見た「海チラ」。現在はコンクリート製の駅舎に建て替えられているが、同様に入口を通して海を見ることができる

こんどは、海側のホームへと渡ってみる。以前訪れたときには跨線橋が存在していたが、老朽化のためか取り壊されていた。駅舎内の案内を読むと、外の道を140mほど歩いて迂回(うかい)する必要があるという。

案内に従い、駅前の急な坂道を下り、小さなトンネルで線路を横切る。新設された入口から数十段におよぶ階段を上り、ようやく海側のホームに到着。想定外の激しいアップダウンに、忘れていた暑さをようやく思い出した。

本州最南端の町で出会った、真夏の青い太平洋 和歌山県・和深駅

道端にのりば案内が突如として出現する

降りたときから気になっていたが、海側のホームには、卵の形をした丸い石のオブジェがある。これは、和深駅で撮影された自主制作映画「たまご」にちなんだもの。このオブジェの横から見える景色は特に開放的で、枯木灘の荒々しい岩肌も、そこに打ち付ける白波も、水平線も、まるで独り占めしたような気分になれる。

本州最南端の町で出会った、真夏の青い太平洋 和歌山県・和深駅

足元の緑と、柵のない開放感がたまらない

ちなみに、駅の下にあるトンネルを抜けて、ホームに上らずにまっすぐ進むと、100mほどで和深海岸にたどり着く。砂利浜や岩場の続くこぢんまりとした海岸で、この日は浅瀬で遊ぶ親子の様子がホームからも見えた。

本州最南端の町で出会った、真夏の青い太平洋 和歌山県・和深駅

和深海岸まで歩けば、波とたわむれることもできる(2012年9月撮影)

いろいろな角度から枯木灘の表情を楽しんでいると、あっという間に帰りの列車がやってきた。枯木灘にも負けないくらい、鮮やかなオーシャンブルーの車体だ。心にはまだ物足りなさもあったが、そろそろ冷房を欲する体を案じ、列車に乗り込んだ。

8月の炎天下、感情の赴くままに降り立った和深駅。その後の旅程で予定していたほかの駅には結局行けなかったが、ここで出会った青い光景の数々は、旅のハイライトとして、今でも目に焼き付いている。

東海道・山陽新幹線新大阪駅から特急「くろしお」でJR紀勢線白浜駅まで約2時間30分、普通列車に乗り換え約50分。

JR西日本(JRおでかけネット)
https://www.jr-odekake.net/eki/top?id=0622057

BOOK

本州最南端の町で出会った、真夏の青い太平洋 和歌山県・和深駅
海の見える駅
海の見える駅を巡る村松拓さんの旅をまとめたガイドブックです。これまでに訪問した約300駅の中から70カ所を選び、駅の写真、簡単な説明とともに紹介しています。
雷鳥社 
定価:1500円(税別)

PROFILE

村松拓

アマチュア写真家
1991年1月生まれ。川崎市出身。
2004年の夏休み、初めての一人旅で見た常磐線の車窓が忘れられず、2005年に末続駅(福島県いわき市)を訪問。それから海の見える駅の旅を始め、これまでに約300駅を取材。2006年にWebサイト「海の見える駅」を開設。現在は東京・新橋で会社員として働く傍ら、余暇で旅を続ける。著書に『海の見える駅』(雷鳥社・2017年)。

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