あの街の素顔

ロックダウン解除、パリからマントンへ コートダジュールは海より山

新型コロナウイルス感染症の拡大で、日常ばかりではなく、旅のあり方も変わりました。それは日本に限らず、海外でも同じ。フランス・パリ在住のジャーナリスト藤原かすみさんは、フランス国内での移動が解禁となった6月、南仏コートダジュールのマントンへ出かけ、人混みの多いパリを避けて滞在を続けています。現地の様子を伝えてくれました。

パリ市民大移動の前に、南仏マントンへ

フランスでは3月17日に始まった厳しい外出制限ののち、5月11日には100km以内の移動が認められるようになり、さらに6月2日、EU内外の国境は閉鎖されたままだが、フランス全土で国内移動が解禁となった。

移動解禁とはいえ、満員の長距離電車に乗るのは不安だ。パリ市民が高速列車TGVで大挙して南仏に行く前に行っておくべし、と6月6日、パリ・リヨン駅からニース行きのTGVに乗った。

駅や車内はマスク着用が義務づけられ、安心なことに、TGVではソーシャルディスタンスが取れるよう、2シートが並んだ席に1人しか乗せなかった。車内は消毒済みだからご安心を、という車内放送が流れたが、私は一応、テーブルなどをアルコール除菌し、座席には敷物を置いて着席した。同じころ友人がパリからニースまで飛行機に乗ったが、ほぼ満席で、ソーシャルディスタンスへの配慮はなかったという(欧州内での移動が解禁になった6月15日から、電車もそうなってしまったが)。

カフェにもレストランにもコンサートにも映画にも行けず、庭もないアパルトマンで3カ月近く巣ごもりした後だから、列車から見る田園や森の緑が目にしみた。ニースからマントンまで、海沿いを走る普通列車に乗り換えると、よく知っている光景なのに、次から次へ現れる海や半島や湾の景色に心が浮きたった。

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マントン旧市街


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17世紀のサン・ミシェル教会。マントンのランドマークとなっている

コートダジュールといえばビーチだが、すぐ後ろに山があって、私は海が見える山を歩きにここへ来る。6月のビーチはそれほど人出もなかったが、バカンスたけなわの7月になるともう真夏のにぎわいで、すごい数の人だ。人を避けたいこのご時世に、なんで大勢が押し寄せるビーチに来たがるのか、私には理解できない。

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山の村は静かだが、下のビーチは人でいっぱい。マントン旧市街の方向を望む。撮影は7月16日

マントンには山歩き仲間がいて、1時間ほど山の方まで車を転がし(今や、車内ではマスクが必須)、そこから山道を歩くが、山仲間がいない時は、1人で海沿いの道を歩く。海と山に囲まれたこの地はまさにハイキング天国なのだ。やがて日本から来る人も、ニースとエズとモナコだけ見て帰らないで、ぜひ山や海沿いを歩く時間をとって欲しいと思う。

海辺の「ル・コルビュジエの散歩道」へ

ここへ来てまず歩くのは、「ル・コルビュジエの散歩道」(Promenade le Corbusier)だ。3カ月も運動をしていなかったので、山に行く前にこの散歩道で足慣らしをした。今回の滞在中、何度も訪れている。

マントンからビーチを左手に見て歩いていくと、隣のロクブリュヌ・カップ・マルタンに入る。

海沿いにデザイン化された黒い彫刻が立っていて、タイトルは「ジョセフィン・ベーカー(1906−1975)」。12人の養子を抱え、破産して城を手放したアメリカのエンターテイナーだ。友情を育んでいたモナコのグレース妃がこの地に家を見つけて住まわせてあげた、という。1861年まで、ここもマントンもモナコの領地だったので、今でも深い関係がある。

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ロクブリュヌ・ビーチに立つジョセフィン・ベーカーと子供の像

カップ・マルタン(マルタン岬)に入ってしばらく歩くと、ここに休暇小屋を建てて住み、小屋の前の海で亡くなった建築家ル・コルビュジエの黒光りする胸像があった。 これで、「ル・コルビュジエの散歩道」に入ったことがわかる。

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(左)ル・コルビュジエの胸像、(右)カップ・マルタンを巡る「ル・コルビュジエの散歩道」

カップ・マルタンの豪華な館の所有者はかつて、海のきわまで土地を所有していたが、ミッテラン大統領時代の1986年、「沿岸までの土地を所有する者は、海沿いの3m幅の土地を公共のものとしなければならない」と定めた沿岸法ができ、誰もが歩ける散歩道が作られた。散歩道の山側は高いフェンスで仕切られていて、向こうに広大な庭が広がり、上に建つ豪華な館はチラとも姿を見せない。館の多くが、私有する岩浜や小さな波止場まで降りる階段を作っていたおかげで、私たちも先客のいない岩場に下りて、足を海水に浸したりピクニックしたりできる。これも、この散歩道の醍醐味(だいごみ)だ。

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「ル・コルビュジエの散歩道」には海に降りる階段がたくさんある

趣ある建物と、歴史に名を残す人々の足跡

胸像から30分ほど歩くと、散歩道の海側の岩礁に、円柱が並ぶなんとも美しいビザンティン風の建物がある。


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「ル・コルビュジエの散歩道」中ほどにあるヴィラ・シプリスの離れの柱廊

グーグルアースで見ると、ずっと上の方に建っている館とつながっている。この館は1904年にパリのデパートの経営者夫人が建てたヴィラ・シプリスで、その隣(と言っても100メートル以上は離れているが)に、ナポレオン3世の皇后ウジェニーが晩年を過ごしたヴィラ・シルノスが建っている。シルノスとはナポレオンの出身地コルシカの古語だ。皇后ウジェニーは、「これほど美しいところはかつてみたことがない」、とこの地にほれ込んで館を建てたという。ヴィラ・シルノスにはオーストリア皇后エリーザベト、通称シシーがしばしば訪れたほか、イギリスのビクトリア女王やロシア皇帝ニコライ2世夫妻も足を運んだという。コートダジュールには、歴史を彩る多くの人たちが足跡を残しているが、カップ・マルタンはまた格別である。

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「ル・コルビュジエの散歩道」の一部は海に張り出した金属の通路だ


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「ル・コルビュジエの散歩道」から見たモナコ。1960年ごろまで高層ビルは皆無だった

ここに、ユネスコ世界遺産となっているル・コルビュジエの休暇小屋(カバノン)やル・コルビュジエの描いた壁画が残る建築家アイリーン・グレイの家「E1027」などがある。この現代建築群は「カップ・モデルン」と呼ばれ、改修工事中のE1027を除いて、ル・コルビュジエ関係の建物だけ8月末まで予約制で見学できる。全部が公開されるのは2021年の予定だ。

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ロクブリュヌ・カップ・マルタン駅の近く。高い場所にある村と結ぶ階段のそばを電車が走る

山上の「鷲の巣村」ロクブリュヌへ

ここから「税関吏の道」と呼ばれる海沿いの散歩道がモナコまで続くが、私はモナコ方面には行かず、険しい崖や岩山の上に作られた「鷲(わし)の巣村」の一つ、山上にあるロクブリュヌ村まで階段を上っていった。足慣らしにはちょうどいい上りで、途中、人とすれ違うことはほとんどない。いくつか道路を渡るが、筋向かいには必ず階段が続いていて、迷うことはない。

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(左)ロクブリュヌ村に至る階段、(右)ロクブリュヌ村に入る階段

高級ホテルが眺望の良い場所を占領するエズ村と違って、村のてっぺんにある城砦(じょうさい)の下には、巨大なオリーヴの木を中心とする広場があり、紺碧(こんぺき)の海に浮かんで見えるカップ・マルタン、ル・コルビュジエがおぼれたビューズ浜、高層ビルが林立するモナコの景観を楽しめる。

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岩の上にある10世紀の城砦は入場可能


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ロクブリュヌ村からの眺め


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標高257メートルのロクブリュヌ村からビューズ浜、モナコを望む

この村は、ツーリストがそれほど多くなく、土産物屋も少ないが、観光化の具合がちょうどよい感じで、手入れが行き届いている。説明パネルを見るまで知らなかったが、フランスの権威ある文学賞「ゴンクール賞」を受けた作家ロマン・ガリーが、俳優ジーン・セバーグと結婚する前、イギリス人作家とここで暮らしていたという。パネルのある壁から階段をおりると、行き止まりに古びた緑のドアがあった。家の中から海が見えるのでなければ、まるで洞窟だ。

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この階段下にゴンクール賞作家ロマン・ガリーが住んでいた

パネルを過ぎて、海を右手に見ながらマントン山道を歩いていくと、もう一つの山の村ゴルビオに登る山道がある。出発が遅かったので、そこまで行く時間はなかったが、途中にあるロクブリュヌ墓地まで登ってみた。

晴れた日にはコルシカ島まで見えそうな海を背景に、ル・コルビュジエと夫人のカラフルな墓がある。マントン山道に戻り、千年オリーブと呼ばれるオリーブの巨木を過ぎて緩やかな下り道や階段をおりてマントン市内まで戻るのは半日しかかからないが、散歩道で海に下りたり、村でカフェにはいったり、猫と遊んだりと道草ばかりするので、マントンの中心街から歩き始めマントンの中心街に歩いて戻るまで、だいたい丸一日の行程となる。

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ル・コルビュジエと夫人の墓


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千年オリーブの木

コロナ禍はフランスでも収束にはほど遠い。実効再生産数(1人の感染者が何人に感染させるかの数値)は今やほぼフランス全土で1以上となっているが、7月中頃は、海を求めて多くの人がやって来る北西部ブルターニュと南部コートダジュールで顕著な上昇を見せていた。コロナ禍のもとで、旅はどうあるべきか、なぜ、どのような旅をするか、どのように旅の仕方を変えていくべきか、を考える良い機会ではないだろうか。

当面は、何かを見る観光より、気持ちの良い、人の少ない空間でゆったりと過ごしたいと思う。

PROFILE

  • 「あの街の素顔」ライター陣

    こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、江澤香織、高松平藏、松田朝子、宮﨑健二、井川洋一、草深早希

  • 藤原かすみ

    元編集者、今は国境なき旅びと。1990年にオランダ・アムステルダムに転居、政治経済ニュースを発行する傍ら、フリーライターとして『週刊朝日』『アエラ』や様々な機内誌に寄稿。2002年ごろから少しずつ仕事を減らし旅に出始め、フランス語、登山、スノーボードを開始。「新しいことへの挑戦に年齢は関係ない、ただ健康でありさえすれば良い」がモットー。2006年、フランス・パリに転居。以後は辺鄙(へんぴ)なところ、知られない地を徘徊(はいかい)するトレッカーとなる。

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