美しきインドの日常

たくましく生き残る、インド・コルカタの人力車<6>

西ベンガル州の州都であるコルカタは、人口450万を擁するインド有数の大都市だ。かつては英国領インドの中心都市として栄えていたこともあって、コルカタの市街地には、植民地時代を彷彿(ほうふつ)とさせる歴史ある建造物が数多く残されている。

「リキシャ」と呼ばれる人力車も、コルカタに残された歴史的な遺物のひとつだ。ペダルを踏んで客を運ぶサイクル・リキシャなら他の街でもよく見かけるのだが、車夫が歩いて引っ張るスタイルの人力車が現役で稼働しているのは、インドでもコルカタだけなのだ。

たくましく生き残る、インド・コルカタの人力車<6>

段ボールに入った荷物を載せて、狭い路地を進むリキシャ(撮影:三井昌志)

インドでリキシャが走り始めたのは、100年以上も前のこと。最初は明治時代の日本から輸入されたものだったという。最盛期には年間1万台ものリキシャが日本からインドに輸出されていたようだ。構造が単純なリキシャは、やがてインド国内でも大量生産されるようになり、インド全土に普及していったのだが、日本製のリキシャが消えた後も、「人力車」を短縮した「リキシャ」という言葉だけは固有名詞としてそのまま定着したのである。

公共交通機関が乏しかった100年前ならともかく、自家用車やオート三輪や路線バスが行き交う今のコルカタで、昔ながらの人力車が活躍できる余地はあまり大きくはない。便利な乗り物でもない。リキシャに乗る客は排気ガスや直射日光をダイレクトに浴びることになるし、どんなに頑張っても時速10キロが限界というスローペースなので、渋滞の原因にもなってしまう。そんなわけで、リキシャが走れる区域は年々狭められている。今ではお客ではなく、荷物を運ぶ仕事の方が多いようだ。

たくましく生き残る、インド・コルカタの人力車<6>

道路脇で客待ちするリキシャ引きたち。仲間との語らいが息抜きになる(撮影:三井昌志)

「この街でリキシャが見られるのも、あと10年ぐらいだよ」

そんな話は20年前から何度となく地元の人に聞かされていた。コルカタでリキシャ引きとして働くために必要な州政府発行のライセンスは、もう何十年も前に発行が停止されているから、今現役で働いている老リキシャ引きたちが引退すれば、コルカタの街からリキシャの姿が一掃されることになるはずだ、と。

しかし実際には、そうならなかった。リキシャは絶滅することなく、しぶとく生き残っているのだ。新規のライセンスは発行されていないのだが、裏でライセンスの譲渡(あるいは売買)が行われているらしく、若い(といっても40代ぐらいだが)リキシャ引きの姿も決して珍しくはなかった。

たくましく生き残る、インド・コルカタの人力車<6>

道路に敷かれたレールの側を進むリキシャ。コルカタには古めかしい路面電車も現役で走っている(撮影:三井昌志)

「コルカタからリキシャが消えれば、大量の失業者が生まれることになる」と教えてくれたのは、長年この街を見続けてきた安宿の主だった。「だから政府がリキシャを排除しようとすると、必ず大規模な反対運動が起きるんだよ。リキシャ引きは長年あの仕事しかしてこなかったからね。『他の仕事を探せ』と言われても、簡単に見つかるはずがない」

「つまりリキシャがなくならないのは、失業対策ってことですか?」

「まぁ、そういうことだ」

彼はうなずいて、皮肉っぽく笑った。

「インドは労働者に優しい国だからな」

リキシャ引きはハードワークだ。毎日長い距離を歩き回っているので、みんなよく日に焼け、とても痩せている。彼らは生きるために働いている。家族を養うために歩き続けている。

いつかはなくなってしまう仕事なのだろう。それは避けがたい運命のようなものだ。それでも、彼らの働く姿をできるだけ長く見ていたいとも思う。

リキシャ以上にコルカタの街に似合う乗り物なんてないのだから。

    ◇

インドに魅せられ、バイクで8周してきた写真家の三井昌志さんが、文と写真でつづる連載コラム「美しきインドの日常」。隔週木曜更新です。

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PROFILE

三井昌志

1974年生まれ。京都府出身。神戸大学工学部卒業後、機械メーカーに就職。エンジニアとして2年働き、退職。2000年12月から10カ月にわたってユーラシア大陸を一周したことをきっかけに、写真家としての道を歩むことに。「日経ナショナル ジオグラフィック写真賞2018年グランプリ」を受賞。おもな著作に『アジアの瞳』(スリーエーネットワーク)、『子供たちの笑顔』(グラフィック社)、『スマイルプラネット』(パロル舎)、『写真を撮るって、誰かに小さく恋することだと思う。』『渋イケメンの国』『渋イケメンの旅』(雷鳥社)などがある。公式サイト「たびそら」:https://tabisora.com/

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