永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶

(74) 演じた役の、グッときたセリフを思い出す 永瀬正敏が撮った台湾

国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。今回は、台湾で長期滞在したホテルの内観。見慣れた風景を永瀬さんがカメラに収めた、そのココロは?

(74) 演じた役の、グッときたセリフを思い出す 永瀬正敏が撮った台湾

©Masatoshi Nagase

随分前に僕が出演させていただいた、
ジム・ジャームッシュ監督の映画「ミステリー・トレイン」。
その中で僕が演じたジュンという男のセリフでこういうのがある。

「ホテルの部屋とか空港とか意外に忘れちゃうだろ」

彼はせっかくカメラを持ち歩いているのに、風景や観光スポットの写真をほとんど撮らない。
ホテルの部屋の中ばかりを撮影している彼に、
ガールフレンドが「何でいつも泊まった部屋ばっかり撮ってるの?」と質問してくる。
その答えがこのセリフだ。

もともと僕はジムの世界観、作り出す作品が大好きだ。
このセリフも胸にグッときた。
あまり多くを語らないジュンという男の何かが、この一言で表現されていると思う。
ジムは、気づいてもすぐ忘れてしまうようなささいなことを丁寧にくみ取り、
作品の中にちりばめ世界観を構築する。素晴らしい監督だ。
監督としてだけでなく、人としても僕は彼が大好きだし、尊敬している。

確かにそうだ、案外ホテルの部屋など忘れてしまうものだ。
ジュンはそこを大事にしたい男なのだ。

この映画の影響だろうか、僕はホテルの部屋などの写真もよく撮るようになった。
部屋全体だけでなく、ベッド、洗面台、クローゼット、ソファ、トイレまで。

この写真は台北市内のあるホテル。
筒状に部屋が配置されたこのホテルの、
僕の部屋を出てすぐの廊下から、コンパクトカメラで撮影した。
人もまばらな1階のレストラン。
7年前、毎日見ていたこの光景も、
この写真がなければ忘れてしまったかもしれない。

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PROFILE

永瀬正敏

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(89年)、山田洋次監督「息子」(91年)など国内外の約100本の作品に出演し、数々の賞を受賞。カンヌ映画祭では、河瀬直美監督「あん」(2015年)、ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(16年)、河瀬直美監督「光」(17年)と、出演作が3年連続で出品された。近年の出演作に常盤司郎監督「最初の晩餐」、オダギリジョー監督「ある船頭の話」、周防正行監督「カツベン!」、甲斐さやか監督「赤い雪」など。写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2018年、芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞。

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