旅空子の日本列島「味」な旅

カラマツ林に漂う歴史と文学の爽涼な香り 長野県・軽井沢

軽井沢は長野県北東部、浅間山の南側の標高1000~1200mあたりにひらけた高原リゾート。盆明けの8月下旬、久しぶりに訪ねてみると、人気の観光地もコロナ禍でさすがに人がまばらだった。

旧軽銀座

宿場時代からにぎわいの中心の旧軽井沢銀座

江戸時代の軽井沢は難所の碓氷(うすい)峠を控えてにぎわった中山道の宿場町だが、明治になって国道が離れた所にできたことから、みるみる寂れた。

宿場が元気をなくした頃の1886(明治19)年、宣教師のA.C.ショーが、この地を大いに気に入り、民家を借りて一夏を過ごし、2年後に別荘を建てる。

ショーが“屋根のない病院”と称賛したことから、日本の夏の蒸し暑さに閉口していた仲間や在留外国人が多数押し寄せ、明治後期には多くの外国人が夏を過ごしたという。

ショー記念礼拝堂

避暑地発祥を伝えるショー記念礼拝堂

旧軽井沢銀座外れにある宿場の名残「つるや旅館」に近い、軽井沢ショー記念礼拝堂のあたり。爽やかな木々に包まれて「避暑地軽井沢発祥の地」の看板がそれを伝えている。

外国人の居住に欠かせない大きなものに教会があるが、そのシンボル的存在が丸太の三角屋根が目に付く聖パウロカトリック教会。世界的な建築家の設計で85年前に建てられたもので、軽井沢の風景に溶け込んで、シンボル的存在になっている。

聖パウロカトリック教会

聖パウロカトリック教会

軽井沢には教会をはじめ早くから欧米文化が伝わった。建築の分野では1894(明治27)年に開業の亀屋ホテル(万平ホテル)が洋風建築として登場する。

クラシックな建物とエレガントな雰囲気は、軽井沢の迎賓館として今も不変の人気を保っている。せめてカフェでもと立ち寄る人が少なくない。

万平ホテル

白壁と木骨のデザインが典雅な万平ホテル

1905(明治38)年には“軽井沢の鹿鳴館”と呼ばれる典雅な純西洋式の三笠ホテルが日本人の手で建造される。旧三笠ホテルの名で国の重要文化財として保存展示されているが、2024(令和6)年まで長い修復工事のため見られない。

三笠通り

カラマツ並木が美しい三笠通り

これらの建物をはじめ旧軽井沢の別荘地はどこもカラマツやモミの木の林や並木に囲まれている。巡っていると清涼な風や澄明な大気、すがすがしい香りに包まれて癒やされる。

菓子

粋なホテルでカフェタイム(音羽ノ森)

ホテルに入る前にレンタサイクルでモミの並木道をたどって寄ったのは、細長く青く澄んだ水をたたえる雲場(くもば)池。秋の色はまだだが、湖畔のレストランで、カラマツの黄葉やモミジの赤など10月半ばは絶景を極めると教えられた。

軽井沢タルト

土産に人気の軽井沢タルト(白樺堂)

初秋の軽井沢、今年はいっそう静謐(せいひつ)で、いちだんと美しいかもしれない。

〈交通〉
・JR北陸新幹線軽井沢駅下車
〈問い合わせ〉
・軽井沢観光協会0267-41-3850

※都道府県アンテナショップサイト「風土47」より転載。

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PROFILE

中尾隆之

中尾隆之(なかお・たかゆき)ライター
高校教師、出版社を経てフリーの紀行文筆業。町並み、鉄道、温泉、味のコラム、エッセイ、ガイド文を新聞、雑誌等に執筆。著作は「町並み細見」「全国和菓子風土記」「日本の旅情60選」など多数。07年に全国銘菓「通」選手権・初代TVチャンピオン(テレビ東京系)。日本旅のペンクラブ代表・理事、北海道生まれ、早大卒。「風土47」でコラムを連載中。

海と山と湯に恵まれた伊豆有数の温泉町 静岡県・伊東温泉

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