楽園ビーチ探訪

ハンマーヘッドが来る海を見守る、伊豆・神子元島の歴史的灯台

東京から3~4時間で行ける、伊豆半島の突端、弓ケ浜。そこから約8キロの沖合にぽつんと浮かぶ静岡県下田市の神子元島(みこもとじま)は、黒潮の影響を大きく受け、潮に乗ってやってくるワラサやカンパチなどの大型回遊魚が見られるダイビングスポットとして、ベテランダイバーの間で有名な存在です。
(トップ写真は空から見た神子元島 ©海遊社)

連載「楽園ビーチ探訪」は、リゾートやカルチャー、エコなどを切り口に、国内外の海にフォーカスした読み物や情報を発信するビーチライターの古関千恵子さんが訪れた、世界各地の美しいビーチや、海のある街や島を紹介いたします。

一生ものの体験ができる小さな島

つわものダイバーたちが神子元島の名前を、熱を込めて語るのは、特に6~10月に出没するハンマーヘッドシャーク(シュモクザメ)に関する時。巨大な単体や時に100匹単位の群れが出没。はるか南方を目指さなくても、この海で一生ものの体験ができるのです。私自身も、島の南側の「カメ根」と呼ばれるダイビングポイントで、数十匹の群れと遭遇したことがあります。

ハンマーヘッドが来る海を見守る、伊豆・神子元島の歴史的灯台

ハンマーヘッドシャークの群れ ©海遊社

その日の潮流は激烈でした。がっしりと岩をつかんでいないと流されてしまいそうで、顔を横に向けたら口にくわえたレギュレーターを持っていかれそうなほど。インストラクターの指示で岩陰に潜んでいると、岩根の上にハンマーヘッドの群れが登場。青黒い海流の中で、巨体がぼんやりと白く輝き、筋肉を隆起させながら尾ビレを大きく振り、潮に逆らって泳ぐ姿が、実に優雅でした。

ハンマーヘッドが来る海を見守る、伊豆・神子元島の歴史的灯台

ハンマーヘッドシャークは単体でいるほうが、威風堂々とした貫禄を感じます ©海遊社

地元のダイビングサービスショップ「海遊社」の土屋英二さんの話によると、ここ数年は海水温が上昇し、神子元島の夏の風物詩だったハンマーヘッドが冬にも出没しているとか。2020年1月にも群れを確認したそうです。ダイバーにとってはうれしい話ですが、漁業への影響や気候変動も気になります……。

ハンマーヘッドが来る海を見守る、伊豆・神子元島の歴史的灯台

魚影が濃く、小魚たちで目の前がびっしり ©海遊社

ダイバーを見守る歴史的な灯台

さて、そんな神子元島のダイビングの象徴的存在が、潜る前後に見る神子元島灯台です。ダイビング前は、船が島に近寄るにつれて大きく見えてくる灯台の姿に緊張が高まります。ダイビング後は、海面から顔を出して最初に目に入る灯台に安心すると同時に、見てきた水中風景で興奮状態のダイバーを、泰然自若として見守ってくれる存在に思えます。

ハンマーヘッドが来る海を見守る、伊豆・神子元島の歴史的灯台

「日本の灯台の父」も建設に苦労した神子元島灯台 ©一般社団法人 下田市観光協会

周囲2キロ、荒々しい赤銅色の岩肌を露出した神子元島。その最高地点、海抜約30メートルの場所に、白地に2本の黒帯という神子元島灯台が、堂々とそびえています。

1871年に初点灯したこの灯台は、幕末に欧米列強と交わされた改税約書によって建設されることになった八つの洋式灯台の一つで、現存する日本最古の官設洋式石造り灯台で、国の史跡です。

もともと、本州からこの島にかけての海域には海底が隆起した海嶺(かいれい)があり、水面下に岩礁や暗礁が多いうえ、潮流も激しく、航行の難所でした。東京へ向かう西からの船がここで向きを変える場所でもあり、昔から危険かつ重要な海域だったのです。

ハンマーヘッドが来る海を見守る、伊豆・神子元島の歴史的灯台

1匹でも大喜びしたいワラサが群れで登場 ©海遊社

建設を担当したのは「日本の灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントン。下田から切り出した伊豆石を運んだものの、クレーンはない。セメントも当時の日本にはない。そこでブラントンは火山灰と石灰岩で速成のセメントを作ったそうです。工事にあたったのは、近隣の石工や職人たち、のべ数千人。犠牲者も出たそうで、ブラントンの手がけた灯台工事の中で、最も困難だったとされています。

初点灯には、三条実美、大久保利通、大隈重信ら明治初期の政府首脳のほか、英国公使ハリー・パークスらも出席したそう。この灯台の光は、近代日本の黎明(れいめい)でもあったのです。

歌人・若山牧水も来訪

今は無人の神子元島灯台ですが、完成してから戦後間もない頃まで、灯台守は島に住んでいました。その過酷さ、寂しさはかなりのもの。そんな灯台守の友人を訪ねて、歌人の若山牧水が、滞在したことがありました。そのときに詠んだ短歌に、こんなものがあります。

友が守る灯台はあはれわだなかの蟹めく岩に白く立ち居り

牧水の1週間の滞在は、80首もの短歌や、随筆になりました。それだけ印象深く濃密な時間が、神子元島には流れていたようです。

ハンマーヘッドが来る海を見守る、伊豆・神子元島の歴史的灯台

緩やかな弧を描く弓ケ浜のビーチ。ダイビング後はここでのんびり

【取材協力】
一般社団法人 下田市観光協会
http://www.shimoda-city.info/

海遊社
https://www.290.jp/

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PROFILE

古関千恵子

ビーチライター。リゾートやカルチャー、エコなどを切り口に、国内外の海にフォーカスした読み物や情報を発信する。ダイビング雑誌の編集者を経てフリーとなり、“仕事でビーチへ、締め切り明けもビーチへ”を繰り返すこと四半世紀以上。『世界のビーチ BEST100』(ダイヤモンド・ビッグ社)の企画・執筆、『奇跡のリゾート 星のや 竹富島』(河出書房新社)の共著のほか、ファッション誌(『Safari』『ELLE Japon』など)やウェブサイトに寄稿。ブログも配信中。

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