海の見える駅 徒歩0分の絶景

旅人たちと分かち合う、瀬戸内海の夕暮れ 愛媛県・下灘駅

300カ所以上の海の見える駅を訪れてきたが、下灘駅ほど人の絶えない無人駅を見たことがない。特に、眼前の海に太陽が沈む夕暮れ時は、旅人たちによるラッシュアワー。ひとりでたそがれ、なんてことはできない。しかし、人が集うからこそ、ほかの無人駅にはない、数々の心温まる場面に出会えた。

■連載「海の見える駅 徒歩0分の絶景」は、アマチュア写真家の村松拓さんが、海のそばにある駅で撮った写真を紹介しながら、そこで出会ったこと、感じたことをつづります。

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旅人をひきつけてやまない、絵になる無人駅

下灘駅は、松山駅からJR予讃線でおよそ1時間の場所にある、小さな無人駅。近くに目立った観光地もなく、住宅や商店もまばらな立地だ。

ただ、ほかの駅にはない、フォトジェニック極まりない情景がある。ホームにぽつりとたたずむ、古びた上屋とベンチ。何ひとつ遮るものがない、瀬戸内海の大パノラマ。さらに、春は菜の花、夏はひまわり、秋はコスモス、冬は椿といった、地元住民が植えた四季折々の花々が、彩りを添える。

旅人たちと分かち合う、瀬戸内海の夕暮れ 愛媛県・下灘駅

過去には映画「男はつらいよ 寅次郎と殿様」、テレビドラマ「HERO」や、青春18きっぷのポスターなどにも登場。今はSNSでも話題になっており、毎日のように誰かが訪れては写真を投稿している。

特に、北西を向いたホームから望む夕日は、息をのむほど美しい。2017年2月、私も下灘駅からの夕日をこの目で見るため、現地に降り立った。

「伊予灘ものがたり」との出会いと別れ

午後5時すぎ。日が傾き、すっかり長い影が伸びたころ。下灘駅のホームを見渡すと、なんと40人以上が集まっていた。

旅人たちと分かち合う、瀬戸内海の夕暮れ 愛媛県・下灘駅

下を通る国道378号から下灘駅を見上げてみた。海を望むベンチは大盛況

ほどなくして、遠くから派手な2両編成の列車が滑り込んできた。2014年にデビューした観光列車「伊予灘ものがたり」だ。下灘駅にも見学のために停車する。ドアが開くと、ホームはさらに人でごった返した。予想外のにぎわいに、正直うろたえそうになった。

ところが、見学時間を終え、列車がまたゆっくりと動き出すと、雰囲気は一変。ホームにいた人たちが一斉に手を振り始めた。乗客たちも笑顔で手を振り返す。列車も応えるかのように、警笛代わりのミュージックホーンを響かせた。

旅人たちと分かち合う、瀬戸内海の夕暮れ 愛媛県・下灘駅

下灘駅をたつ、松山行きの「伊予灘ものがたり」

ホームの人々と、列車の乗客と乗務員、合わせておよそ100人。瀬戸内海に照り返す温かな夕日の色、そしてミュージックホーンの美しい旋律に包まれながら、小さな無人駅で、みんなが心を通わせ合った瞬間だった。

私も思わず、カメラを降ろして大きく手を振った。

特等席のベンチで過ごす、それぞれの時間

日が傾き始めると、空の色はあっという間に変わっていく。

午後5時30分、さっきまでまぶしくて直視できなかった黄金色の空は、いつしか濃いだいだい色に。はるか頭上まで、深く鮮やかなグラデーションが続いている。下灘駅から見る念願の夕焼けだ。

旅人たちと分かち合う、瀬戸内海の夕暮れ 愛媛県・下灘駅

海を望む「特等席」のベンチも、隙間がないほど混み合っている。いまシャッターを切れば、必ず誰かの姿が映り込む。しかし、ファインダー越しに見れば、そこは逆光の世界。シルエットとなって、すべてがドラマチックに見えた。

旅人たちと分かち合う、瀬戸内海の夕暮れ 愛媛県・下灘駅

ベンチをよく見ると、誰かが占領するわけでもなく、みんなが少しずつ場所を分け合いながら、かわりばんこに座っている。思い思いの時間を過ごしている様子がシルエットからも伝わってきて、思わずほっこりした。

日没の瞬間に生まれた一体感

そんなそれぞれの時間も、日の入りを前にすると、ひとつになる。

午後6時8分、太陽がくっきりとした円を描きながら、西の空に掛かる雲の中に消えていく。このときばかりはみな同じ方角を向いて、太陽が沈む瞬間を見届ける。その一体感はまるで、初日の出を迎えているかのようだった。

旅人たちと分かち合う、瀬戸内海の夕暮れ 愛媛県・下灘駅

ホームから影が消えると、旅人たちは三々五々帰路につく。

午後6時45分、帰りの列車が到着する頃には、いよいよ自分ひとりだけに。普段はひとりが当たり前なのに、このときは少しだけ寂しささえ感じた。

旅人たちと分かち合う、瀬戸内海の夕暮れ 愛媛県・下灘駅

私が海の見える駅の旅を始めたとき、求めていたのはひとりの時間。名もなき小さな駅のホームで、ありのままの絶景を、自分のペースで満喫することが心地よかった。しかし、夕暮れの下灘駅では、ひとりでは決して味わえない、数々の心温まるシーンに出会った。

以前、下灘駅を訪れたとき、駅前に長年住むという女性が話してくれた。「こんどは秋においで。うろこ雲と一緒に見た『だるま夕日』は、いまだに目に焼き付いて忘れられないよ」

いつか、そんな絶景をまた誰かと一緒に分かち合ってみたい。

JR松山駅から予讃線普通列車(伊予長浜経由)で約1時間。

JR四国
https://www.jr-shikoku.co.jp/

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BOOK

旅人たちと分かち合う、瀬戸内海の夕暮れ 愛媛県・下灘駅
海の見える駅
海の見える駅を巡る村松拓さんの旅をまとめたガイドブックです。これまでに訪問した約300駅の中から70カ所を選び、駅の写真、簡単な説明とともに紹介しています。
雷鳥社
定価:1500円(税別)

PROFILE

村松拓

アマチュア写真家
1991年1月生まれ。川崎市出身。
2004年の夏休み、初めての一人旅で見た常磐線の車窓が忘れられず、2005年に末続駅(福島県いわき市)を訪問。それから海の見える駅の旅を始め、これまでに約300駅を取材。2006年にWebサイト「海の見える駅」を開設。現在は東京・新橋で会社員として働く傍ら、余暇で旅を続ける。著書に『海の見える駅』(雷鳥社・2017年)。

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