美しきインドの日常

インド人の暮らしに欠かせない「水瓶」<9>

水瓶(みずがめ)はインド人の暮らしに欠かせない日用品だ。特に上下水道の整備が遅れている農村では、生活に必要な水は共同の井戸で水瓶にくんで、それを女たちが頭に載せて家まで運んでいる。

数百年ものあいだインド女性の頭上にあったのは、素焼きの水瓶だった。ろくろやヘラを使って粘土を成型し、天日で乾かしたあとに薪(まき)で焼き固める。極めてシンプルな製法なので、値段も安く、今でもひとつ100ルピー(150円)程度で売られている。

インド人の暮らしに欠かせない「水瓶」<9>

南東部オリッサ州の山間の村で、手回し式のろくろを使って素焼きの水瓶を作る男性(撮影:三井昌志)

表面に細かい穴が開いている素焼きの水瓶には、染み出した水が蒸発する際の気化熱によって、中の水が少し冷たくなるという性質がある。自然の力を利用した冷水機というわけだ。これは酷暑に見舞われるインドで、少しでも涼しく過ごすための知恵なのだろう。

もっとも、最近では「衛生的ではない」という理由から、水瓶の水ではなく、浄化された飲用水を買う人も増えている。確かに、免疫のない旅行者が飲んだら一発でおなかを壊しそうな水ではあった。

インド人の暮らしに欠かせない「水瓶」<9>

共同の井戸で水をくみ、それを頭に載せて運ぶ女性。インドでは伝統的に、水運びは女性たちの仕事だ(撮影:三井昌志)

金属製の水瓶も昔から作られてきた。インド西部グジャラート州には、伝統的な製法で真鍮(しんちゅう)や銅の水瓶を作る工房が集まる街がある。このかいわいを歩くと、職人たちが金属をたたく「トンテンカン、トンテンカン」というリズミカルな音が途切れることなく響いていた。

真鍮の板を石炭の熱で柔らかくして、ハンマーでたたいて曲げていく。底と胴体と口は別々に作って、あとで溶接し、最後に表面を磨いて完成である。

「これは100年前から私の家族が受け継いでいる仕事なんだ」と教えてくれたのは、この道25年のベテラン職人バベーシュさんだった。

「叩くのがポイントなんだ。真鍮も銅もたたくと強くなる。丈夫で耐久性のある水瓶を作るには、何百回、何千回とハンマーでたたき続けなければいけない。その力加減がわかるのに10年はかかるね」

彼の手には、長年ハンマーを握りしめてできたタコがいくつもあった。武骨で誇り高き職人の手だった。

インド人の暮らしに欠かせない「水瓶」<9>

真鍮の水瓶を作る工房。大きな木づちで叩いて形を整えている(撮影:三井昌志)

最近では、真鍮の水瓶に代わってプラスチック製の水瓶が一般的になりつつある。プラスチックの水瓶は軽量で安価なのが特長だが、耐久性で劣るのが問題だという。

「プラスチックに比べると真鍮の水瓶は高価だけど、何度でも修理して使い続けることができるんだよ」とバベーシュさんは言う。「昨日は50年以上使われている水瓶を修理したよ。おばあさんが花嫁道具として持ってきたものを、娘と孫娘が受け継いでいるんだ。『壊れたら新品を買えばいい』という人も多いけど、私はそうは思わないね。インド人はまだ使えるものを捨てたりはしない。何でも直して使い続けるんだよ」

実際、インドの街には修理屋が多い。バイク、テレビ、ミシン、扇風機などの機械類にはそれぞれの専門の修理屋があるし、着ている服が破れたり、サイズが合わなくなったりしても、お直し専門店に持っていけば、安い値段で簡単に直してくれるのだ。

インド人は古いものを大切にする。「もったいない」の精神を日本人よりも強く持っているのが、インドの人々なのかもしれない。

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インドに魅せられ、バイクで8周してきた写真家の三井昌志さんが、文と写真でつづる連載コラム「美しきインドの日常」。隔週木曜更新です。

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PROFILE

三井昌志

1974年生まれ。京都府出身。神戸大学工学部卒業後、機械メーカーに就職。エンジニアとして2年働き、退職。2000年12月から10カ月にわたってユーラシア大陸を一周したことをきっかけに、写真家としての道を歩むことに。「日経ナショナル ジオグラフィック写真賞2018年グランプリ」を受賞。おもな著作に『アジアの瞳』(スリーエーネットワーク)、『子供たちの笑顔』(グラフィック社)、『スマイルプラネット』(パロル舎)、『写真を撮るって、誰かに小さく恋することだと思う。』『渋イケメンの国』『渋イケメンの旅』(雷鳥社)などがある。公式サイト「たびそら」:https://tabisora.com/

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