「川のワイン」を訪ねて

左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

川はどのようにワインに恩恵をもたらすのか? その答えを求めてイタリア、スペイン、フランスのワイン産地を訪ねる旅。今回から3回にわたってフランス・ボルドーからのレポートです。
(文・写真:ワインジャーナリスト・浮田泰幸 トップ写真は「シャトー・ペデスクロー」の収穫風景。奥にジロンド川が見える)

三日月形をした“月の港”、ボルドー

ナポレオン・ボナパルトゆかりのピエール橋のたもと、ガロンヌ川岸にあるブルス広場の「水の鏡」は地元の家族連れやツーリストでにぎわっていた。石板の敷き詰められた一見何もない地面からやおら水や霧が出てくるこのアトラクションは2006年に設置されたもの。ボルドー市街地再開発のシンボル的な存在だ。

左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

「水の鏡」に興じる人々


左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

ピエール橋とガロンヌ川

川の流れの湾曲に沿って三日月形に形成されたボルドーは“月の港”と呼ばれ、古代ローマ時代から交通の要衝、交易の拠点として栄えた。重要な交易品の一つは言うまでもなくワインである。ブドウ畑を従えた幾千のシャトー(*1)はこの街の周辺に点在している。

ドローンにでも乗ったつもりで地上から離れ、ボルドーを俯瞰(ふかん)してみよう。
ガロンヌ川はボルドー市の北方、「シャトー・マルゴー」で知られるマルゴー地区のあたりでもう1本の川、ドルドーニュ川と合流し、ジロンド川となる。ジロンド川は100kmほど太くゆったりと流れ、やがて大西洋に注ぐ。さらに高度をうんと上げ、広く見下ろすと、ボルドーはフランス南西部の大西洋岸にほど近い、比較的平坦(へいたん)な土地に広がっていることがわかるだろう。ガロンヌ川の水源はピレネー山脈、一方ドルドーニュ川の水源は中央山地である。

左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

日本人にも人気の高い、格付け第三級の「シャトー・パルメ」


左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

収穫が迫ったカベルネ・ソーヴィニヨン


左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

「シャトー・パルメ」のエントランスホール


左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

「シャトー・パルメ」のラインナップ


左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

熟成を経てボルドーはガーネット色を帯びる

川の右岸と左岸で異なるワインのスタイル

川の左岸には“5大シャトー”(*2)を擁するメドック地区が広がる。一方右岸にはサンテミリオン、ポムロールといった銘醸地が屹立(きつりつ)している。左岸と右岸では、地勢も土壌も異なり、適したブドウ品種が異なる。つまりはワインのスタイルが異なる。

カベルネ・ソーヴィニヨン主体で造られる左岸のワインを端的に表す言葉が「フィネス(洗練)」だとすると、メルローの比率が高い右岸のそれは「エレガンス(優美)」ということになるだろうか。ガロンヌ川とドルドーニュ川に挟まれた一帯はアントル・ドゥー・メール(二つの海の間)と呼ばれ、比較的カジュアルなワインが造られている。ボルドー市街からガロンヌ川を20kmほどさかのぼった辺りは高級極甘口白ワイン、ソーテルヌで知られるエリアだ。貴腐菌の作用を生かして造られるその黄金の滴もまた川の恩恵を享受している。

空の高みから地上に降りて、再びピエール橋のたもとに立とう。人の顔を象ったマスカロンが壁面から通りを見下ろす川岸沿いの壮麗な建築群。その多くは18世紀にワイン商が建てたものだ。“月の港”で積み込まれたワインはジロンド川を下り、大西洋を渡ってイギリスやオランダへと輸出された。早くから海外に販路を持ったことがボルドーを世界有数のワイン産地に押し上げた大きな要因であった。

左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

ブルス広場


左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

再び、「水の鏡」

川エビ漁の小屋が並ぶ、素朴な河岸の風景

今回重点的に旅をするのは左岸のメドック地区である。ボルドー市街から北へ、「シャトー街道」の異名を持つ県道D2をジロンド川と並行して走ると、やがて車窓の両側はなだらかな起伏を持ったブドウ畑の連なりに変わる。木立に半ば隠れるようにして点々と城館が立つ。ワインをたしなむ者にとっては夢のようなドライブだ。ブドウ畑は川の流れのすぐ近くまで続いている。過去にはこの土地で何度も氾濫(はんらん)があったと聞いた。川は恩恵と損害の両方をもたらすのだ。

左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

収穫人たち


左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

収穫の間は経営者も収穫人も一緒にランチをとるのがボルドーの伝統

有名シャトーがひしめくポイヤックでD2は川岸と接する。この辺りから河口に向かっては、岸辺にたくさんの川エビ漁の小屋が並ぶ光景が眺められる。高床になった小屋から網を川面に下ろしてエビを捕る。なんとも原始的な漁法だ。朝市にいくと、それらの小屋で捕られた川エビを臭み消しのアニスと一緒に蒸したものが売られている。ワインの、というよりはウイスキーのつまみに良さそうだ。

左岸はフィネス、右岸はエレガンス (5) ジロンド川とボルドーのワイン

川エビ漁の小屋

(つづく)

■注釈■
*1 シャトー:ブドウ畑を所有し、醸造から瓶詰めまで一貫して行う生産者を指すボルドー独特の言葉。城館もシャトーと呼ぶが、城館がなくても「シャトー」となり得る。ブルゴーニュでは「ドメーヌ」と言う。

*2 “5大シャトー”:1855年のボルドー・メドック地区の格付けで“第一級”の称号を与えられた四つのシャトー、シャトー・ラフィット・ロートシルト、シャトー・ラトゥール、シャトー・マルゴー、シャトー・オー・ブリオンと、1973年に昇格になったシャトー・ムートン・ロートシルトを指す。

【取材協力】
メドックワイン委員会 (CONSEIL DES VINS DU MÉDOC)

PROFILE

浮田泰幸

ライター、ワイン・ジャーナリスト、編集者。青山学院大学文学部卒。月刊誌編集者を経てフリーに。広く海外・国内を旅し、取材・執筆・編集を行う。主な取材テーマは、ワイン、食文化、コーヒー、旅行、歴史、人物ルポ、アウトドアアクティビティ。独自の観点からひとつのディスティネーションを深く掘り下げる。
 ワイン・ジャーナリストとして、これまで取材したワイン産地は12カ国40地域以上、訪問したワイナリーは600軒を超える。産地・生産者紹介と「ワイン・ツーリズム」の紹介に重点を置き、世界各地のワイン産地から取材の招聘を受けている。
 主な寄稿媒体は、「スカイワード」(JAL機内誌)、「日経新聞 日曜版」「ハナコFOR MEN」「ダンチュウ」「マダム・フィガロ」「ワイン王国」など。

モダンな製法とテーラーメードと (4)スペイン、エブロ川とリオハ・アラベサのワイン

一覧へ戻る

世界的な銘醸地に押し上げた川由来の小石と砂 (6) ボルドーのオー・メドック

RECOMMENDおすすめの記事