あの街の素顔

もう、うっとりするおいしさ 佐賀の美食を訪ねて(上)

個性の強い九州各県の中で、地味で控え目な印象を持たれがちな佐賀県ですが、プロの料理人や食に詳しい友人知人が喜々として訪ね、こぞって「佐賀はいいよねぇ、おいしいよねぇ」とうっとりした様子で口にするのです。玄界灘と有明海に囲まれ魚の種類が豊富。佐賀平野は日本屈指の米どころ。温暖だから野菜も果物もいっぱい。高級ブランドの佐賀牛。シュガーロードが県内を横断し、お菓子に歴史あり。有田焼、唐津焼など器も有名……。

そんな美食の国に新風を吹き込み、これからを担う頼もしい作り手たちが頑張っていることを2020年3月に訪ねて実感しました。通販できる店も多くありますので、旅気分を味わいながら、おうちでの食卓の充実にもお役立てください。
(文・写真:江澤香織)

世界が認めた、長時間煮詰めて完成する日本初のチーズ

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「ナカシマファーム」のブラウンチーズ。キャラメルのように香ばしく余韻の深いコクが特徴。牛の模様を思わせるユニークなパッケージデザインも素敵

ほっぺたの奥にじわりとしみ渡るような、濃厚で複雑なうまみ。パクッと口に入れて、思わず目を見開いてしまったほど、初めて食べるチーズの味でした。ブラウンチーズとは、ノルウェーでは日常的に食べられる国民食だそうですが、日本で製品化したのは「ナカシマファーム」が初! チーズの製造工程で出るホエイと搾りたてのミルクを、銅釜で6時間、じっくり煮詰めて作ります。長時間煮詰めることでメイラード反応が起こり、それが複雑なうまみとコクを引き出すそうです。2018年の「ジャパンチーズアワード」ではリコッタバラエティ部門金賞を受賞、そして2019年にイタリアで開催された「World Cheese Awards 2019」ではいきなり銅賞を受賞したというすごいチーズ!

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店の前に青々と茂るのは、牛たちのごはん・飼料稲。「Grass to cheese」をコンセプトに牧草の栽培から自社で手がけています。農薬や化学肥料は極力使わず環境を維持し、田んぼから牛乳を生み出すことで農地活用に役立てています


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もりもり草を食べる牛たち。牧場には嫌な匂いがありません。ナカシマファームでは、牛の排泄物を「土の素」と呼び、微生物の力で発酵させ、堆肥(たいひ)として循環させています


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代表の中島大貴さん。廃棄されることも多いホエイ(乳清)を活用し、フードロス削減に貢献したいという思いから、ブラウンチーズが生まれました

中島さんは酪農家の三代目。子供の頃は建築家を目指してデザインなどの勉強をしていたそうですが、酪農家はなりたくてもなかなかなれない職業であり、また建築やデザインは街づくりでもあるから、地元で酪農を営む方が、より高いレベルで自分のやりたいことを実現できるのでは、とある時気付いたのだそうです。酪農業界を盛り上げようと、新しい試みにも積極的にチャレンジ。最近は、福岡の「MANLY COFFEE」と一緒に、コーヒーをミルク出しする「MILK BREW(ミルクブリュー)」を共同開発。ミルクに着目した新しいコーヒーの飲み方を提案しています。

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ナカシマファームで作られる様々なチーズ。現地で買うなら出来立てモッツァレラも人気(販売日と時間はHPをチェック)。8カ月熟成のセミハードや白カビのチーズなどもおいしかった!

ナカシマファーム
※通販あり
佐賀県嬉野市塩田町大字真崎1488
https://www.nakashima-farm.com

牧場直営のスタイリッシュな精肉店&カフェ

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精肉店というよりは、アメリカ西海岸のカフェのよう。店のすぐ近くには道の駅もあって便利

さて、次に向かうのは、佐賀市内から車で約30分。玉ねぎやレンコンで評判の高い白石町にある店「TOMMY BEEF(トミービーフ)」です。広々とどこまでも続くのどかな田園風景の中に、突如キリリと黒い建物が出現。扉を開けるとおしゃれ空間に目を見張りました。ここは正真正銘の精肉店であり、料理を楽しめてしまうカフェでもあります。自家製マスタードや地元で育ったレンコンのフライ、オーガニックな調味料など、素材には大いにこだわっています。

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白富牛と季節野菜のバーガーセット。ハンバーグの味付けは塩だけで、肉そのものの旨味がみっしり。食べ応えあり! 白富牛とはTOMMY BEEFだけのオリジナルブランド牛

オーナーの吉原龍樹さんの実家は牧場。古着や雑貨、アンティーク家具などが好きだった吉原さんは、大学を卒業後は雑貨店で働いていましたが、商いの面白さを知るようになり、自分が一番楽しくできて、やりたいことをやるなら、と考え、故郷で牧場直営の精肉店を立ち上げることに大きな魅力を感じたそうです。その後5年間精肉店で修業し、この地で店を構えました。

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全て自家牧場で育てた牛を扱っています。肉のことを熟知し、お客様にも自信を持って提供。しろいし牛は白石町の地域ブランド牛で、有明海のミネラル豊富な牧草を食べ、海風を受けて育った健康な牛


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オーナーの吉原龍樹さん。カウンターと肉のショーケースを同じ高さにそろえていることもこだわりの一つだとか

この場所は、両親が最初に建てた牛舎があったというゆかりの地だそうで、建物の前には広い庭スペースがあり、BBQが楽しめます。また、ファーマーズマーケットも開催しており、志の高い若手の生産者を中心に声を掛け、農産物はもちろん、器、花、加工品など、様々な品物が並びます。前述の「ナカシマファーム」も参加。地域のコミュニケーションやビジネスマッチングなど、街の活性化にも役立っているそうです。

TOMMY BEEF
※通販あり
佐賀県白石町3806
https://tommybeef.thebase.in

茶室のもてなしで佐賀を丸ごと味わうレストラン

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目印は、住宅街に潜む「5」のマークのみ。見逃さないように!

JR佐賀駅より繁華街方面とは逆の北口を出て、徒歩約15分。知らなければ見つけられない、住宅街の中にひっそりとたたずむ小さなレストラン「Restaurant 5(いつつ)」へやって来ました。

席について待っていると、最初にサーブされたのは、水。と言っても、この水は週に2回、無津呂という山深い地域の岩間から湧き出る貴重な水をわざわざくみに行っているそうで、無津呂はシェフの橘兆堂(たちばな・ときたか)さんの生まれ故郷でもあります。まるで茶の湯のようなおもてなし。清らかな無垢の水を最初に口にすることで、身体が清められたような気持ちになり、自然への感謝の思いが湧き上がります。

橘さんは、京都で茶懐石料理を10年修業した後、東京のフレンチ「オテル・ドゥ・ミクニ」、シンガポールの「はし田寿司」など、ジャンルや国境を超えて、幅広く料理の腕を磨いてきました。

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前半の料理4品(季節によって変わります)。左上:唐津産エビとアマダイのしんじょう、右上:鍋島産無農薬の黒豆とあさりのフラン(洋風茶碗蒸し)、左下:様々な野菜と呼子のイカをワタごとあえ温かな塩辛風に、右下:唐津産ムラサキウニと無農薬野菜のパスタ

店名の「5」とは、茶の湯とも深いつながりのある陰陽五行の思想から名付けたそうです。自然界のあらゆるものは互いにバランスを保って成り立つ、というような考え方で(だいぶ要約していますが)、橘さんの料理の根底にもこの思想があります。素材の力を存分に生かし、お互いが良いあんばいで絶妙なハーモニーを奏でる、五感をピンと研ぎ澄ませて、ずっとかみ締めていたい料理でした。

使う素材は、ほとんどが佐賀県産のオーガニック。魚は唐津のものが中心で、肉はジビエのみ。野菜でも動物でも、自然の中でストレスなく自由に生きてきたものを使いたい、といいます。器も佐賀の作り手のものが多く、9割が唐津焼だそうです。橘さんは「佐賀には志高く研究熱心な生産者が多くいることをもっと知って欲しいです。ここへ来たら佐賀を丸ごと味わえる。素材の品質の高さを料理で伝えたい」と語ります。

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左上:無農薬橙(だいだい)ジュレをあえた天然ヒラマサのカルパッチョ風、右上:鰆(さわら)と大根の葛餅に春菊の餡(あん)をかけて、左下:ソテーした穴子とサザエ、高菜を混ぜて土鍋で炊いたご飯。食べる直前に佐賀海苔(のり)で包む、右下:塩のアイスとパンナコッタ、ラベンダーとスミレのリキュールで香り付け

空間を茶室に見立て、厨房(ちゅうぼう)は水屋のイメージ。ちなみにトイレは枯山水。扉を開けてびっくりなのでぜひのぞいてみてください。茶道の言葉「一座建立」の精神を常に心得て、主人であるシェフが、おもてなしに最善を尽くしています。
「同じ時を共有して同じ料理を召し上がって頂き、みんながお互いに喜びを分かち合える。そんな時間をつくれたらうれしく思います」

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シェフの橘さん。料理人を目指したきっかけを聞いてみると「高校生の時にテレビで『料理の鉄人』を見て、かっこいいなあと興味を持ちました」とのこと

Restaurant 5
※コース料理のみ、完全予約制
佐賀市神野西4-21-5
https://www.facebook.com/Restaurant5555/

古民家で味わう、滋味深くて辛くない?!カレーのフルコース

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「ちいさいおうち」という絵本を思い出すような、のんびりした風情の古民家。かなりよーく探さないと看板は見つかりません

JR佐賀駅から車で約15分。ひょっこり現れる古民家にはなんの目印もなく、油断するとうっかり通り過ぎてしまいそうですが、こちらはかつて東京・錦糸町でカレー好きをうならせていた名店。「アキンボ」という名前を聞けば、ご存知の方も多いかもしれません。

中に入ると席数はかなり少なく、ゆったりした心地良い空間。内装は佐賀出身の店主、川岸真人さんがほぼ自分でリメイクしたそうです。完全予約制で、カレーをコースで提供しています。

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左上:菜の花とヤーコン、白石レンコンのインド風漬物、右上:シナモン香る揚げたて里芋に「ナカシマファーム」の8カ月熟成ゴーダチーズをたっぷり、左下:ヨーグルトとスパイスに漬けた古処鶏(こしょどり)のもも肉のロースト、サラダ仕立て、右下:鰤(ぶり)のグリルに、エノキ、しめじ、アスパラのクリーミーなカレースープを合わせて※料理は季節で変わります

お皿が出てきて驚きました。これは本当にカレーですか?! ふんわり程よくスパイスは香るものの、それほど辛くはありません。素材の持つ自然のふくよかなうまみがスパイスでくっきり縁取られるようなイメージ。「最近は唐辛子もほとんど使っていません。だんだん歳を取るにつれて、辛いものがそんなに食べられなくなっちゃって。おなか痛くなっちゃうんですよね」ととぼけたような返事の川岸さん。しかし、食べれば食べるほど胃袋はもっとよこせと渇望するので、カレーか否か、そんなことはもうどうでもよくなってきました。

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東京・錦糸町で店を開いていた時から出していたという人気メニュー「ラムキーマ」


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10種類以上の野菜を存分に味わえるスペシャリテ。佐賀の野菜のおいしさにほれて誕生したカレー

東京で店をやっていた頃はストレスも多く、スピード重視でお客様と話す時間もなければ、自分が本当に出したい料理もできなかった、と川岸さん。この店で大切にしていることは、素材の味をダイレクトに出すこと。
「カレーにハマったきっかけは多様なスパイスの面白さだったんですが、ともすると素材が消えてスパイスの味になってしまう。佐賀では身近に面白い農作物を作っている人がいっぱいいて、そのままで食べたときのインパクトが衝撃的だったんです。良質でフレッシュなものがすぐ手に入り、素材がもうスパイスの役目を果たしているなら、それで十分なんじゃないかと」

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店主の川岸真人さん。カレーは独学。作ることが好き。大学は芸術学部でかつては絵描きになりたいと思っていたそう

カレーと銘打っているけれどスパイスに頼らない、辛くないカレー!! どんな素材もカレーにしちゃえばどうにかなると思いがちだけれど、川岸さんはその逆で、素材の良さを前面に押し出して、いかにカレーが裏方に徹するかを究めようとしています。こんなカレーはここでなければ食べられないかもしれません。

カレーのアキンボ
※コース料理のみ(完全予約制)
佐賀市大和町大字川上475
https://www.facebook.com/カレーのアキンボ-要予約-581742741900758/

老舗イタリアンのシェフが開いたデリカテッセン&ゲストハウス

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シンプルですが、良質な食材が集まり、洗練された雰囲気のデリカテッセン

オープンから20年を超えて佐賀っ子に愛されるイタリアンレストラン「IL SORRISO(イル・ソリッソ)」。そのオーナーシェフである富永茂樹さんが2019年10月、同じビル内にゲストハウスとデリカテッセン「cosa(コサ)」をオープンしました。地元のこだわりの生産者が育てた季節の新鮮野菜やチーズなどの加工品(「ナカシマファーム」の製品もありました)、シェフお手製のキッシュ、サラダなどのお惣菜やお菓子もあります。イル・ソリッソの味を持ち帰って家庭でも楽しめるのです。

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1Fがデリカテッセン、2Fはゲストハウス、3Fはレストラン「イル・ソリッソ」です。佐賀市中心部にあり、アクセスも便利

モダンでスタイリッシュな空間は、食材屋さんというよりギャラリーのよう。ショーケースの前に広がる白い箱のようなオープンスペースは、アーティストの作品展示やイベントなどにも使えるようになっています。訪問した時は、富永さんの撮った写真パネルがディスプレイされており、実はシェフ自身、写真家としても活動する多彩な才能の持ち主だったのでした。

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シェフがオススメする厳選されたイタリア食材やワイン、日本酒などもあります

「cosa」というネーミングには「交差」する場、という思いが込められており、イタリア語では「事」を意味します。食の生産者やイベントを行うアーティスト、旅行者、地元の人など、「cosa」を拠点に多様な人やものが「交差」し、そこから様々な「事」を発信していくスペースとして、佐賀の魅力を広く伝えていけたらうれしい、と富永さん。

ゲストハウスは自然光の入る明るい雰囲気の空間で、木のぬくもりを感じる気持ち良いお部屋でした。暗証番号で入室し、セキュリティーも万全! 入り口で靴を脱ぐので清潔感があります。そしてマストは朝ご飯。みそ汁、卵、ご飯、焼き魚、という本当にシンプルな日本の朝ご飯ですが、それぞれの素材が丁寧に吟味されており、身体がきれいに整ったような、満たされた気持ちになりました。

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ゲストハウス利用者が食べられる朝ご飯は、シェフお手製の和食。これは期待を裏切りません

cosa
※通販あり
佐賀市中央本町2-22
https://cosa-inn.jp

(下)では、お菓子やパン、お茶の店をご紹介します。

PROFILE

  • 「あの街の素顔」ライター陣

    こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、江澤香織、高松平藏、松田朝子、宮﨑健二、井川洋一、草深早希

  • 江澤香織

    ライター。旅、食、クラフトなどを中心に執筆。
    著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)。全国各地の酒蔵(ワイナリーやブルワリー含む)・酒場・酒文化をめぐるツアー「だめにんげん祭り」主宰。旅先での町歩きとハシゴ酒、珍スポット探し、ものづくりの現場探訪がライフワーク。チョコレート、お茶、発酵食品にのめり込む傾向あり。

ついにあこがれの地・小樽に立つ 北海道の旅

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