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オンラインで「地上戦の爪痕」巡り サイパン戦跡ツアーに参加してみた

「サイパン島」と聞いて、何を思い浮かべますか? 南洋の青い空と透き通った海や、スキューバダイビングやゴルフが有名ですね。実はサイパン島にはもう一つの顔があります。日本が治めていた1944年、日本軍と米軍との地上戦で民間人を含む約6万人が戦没した島なのです。コロナ禍で海外渡航がままならぬ中、そんなサイパンの戦跡巡りができるオンラインツアーがあると聞き、ハードなテーマにひかれて参加してみました。
(&TRAVEL副編集長・星野学)

約30年間、「日本」だったサイパン

「彩帆(サイパン)歴史探訪シリーズ」と題したこのオンラインツアーは、エイチ・アイ・エス(HIS)のサイパン支店と、サイパン島の旅行会社「PACIFIC DEVELOPMENT INC.」(PDI)が共同で企画。2020年8月限定で開催したところ好評だったため、9月以降も継続されることになりました。ツアーは無料アプリ「ZOOM」経由で視聴、チャット機能を使って質問ができ、双方向性が確保されています。

サイパン島は現在、アメリカの自治領ですが、ドイツ領だった第一次世界大戦中の1914年に日本が占領、1920年からは日本の委任統治領となり、1944年にアメリカが占領するまでは日本の統治下にありました。1回約1時間、2回シリーズのツアー初日となった9月26日は、「日本時代に想(おも)いを寄せて 繁栄の足跡」。日本統治下の生活をたどる旅です。

開始10分ほど前から、画面に島の地理や歴史、気候などの基礎データが表示されます。しっかり予習しなきゃ。定刻の午後1時、HISサイパン支店の岩井美紀江さんが画面に登場し、この日巡る場所を説明します。島の中心地ガラパンにあるホテル「フィエスタリゾート&スパ」から車に乗り込み、砂糖王公園、彩帆香取神社、北マリアナ諸島歴史博物館の3カ所をめぐる、という趣向です。1時間の映像ツアーにしては、立ち寄り先が少ない気が。何か狙いがありそうです。

オンラインで「地上戦の爪痕」巡り サイパン戦跡ツアーに参加してみた

参加者はあらかじめ作成された映像をこんなふうに見ながら、高橋香織さん(右上)の生案内を聞きます(写真は2日目のツアー=PDI提供)

砂糖王の足跡と、日本統治下の暮らし

岩井さんが「行ってらっしゃいませ」と参加者を送り出すと、PDIのマリアナ政府公認ガイド、高橋香織(かおる)さんの案内で出発です。あらかじめ撮影された動画を見ながら、高橋さんの生ナレーションを聞くスタイル。手作り感あふれる動画のモーションが、時々微妙にぎこちなくなるのは、現地の通信環境が影響しているようです。目抜き通りを抜け、まもなく砂糖王公園に着きました。

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日本統治時代に使われていた、サトウキビ運搬用の蒸気機関車=PDI提供

まずはこちら。日本統治時代のサトウキビ運搬用蒸気機関車です。現在サイパン島にない鉄道が当時は約80キロにわたって敷設されていたと、高橋さんが説明してくれます。汽車は28両編成でノロノロ走るため、カーブのところでちゃっかり飛び乗る人がいたことや、子供たちが通り過ぎる汽車から積み荷のサトウキビを失敬して長さを競ったことなど、当時を知る人に取材した生々しいエピソードも紹介。機関車先端の煙突は2年前の大型台風でもげてしまったのですが、「つい先日見たら、修復されていてびっくりしました」と、最新情報も盛り込まれます。

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(右)南洋興発の初代社長で、「砂糖王」こと松江春次氏の像、(左)サイパン実業学校の記念碑も=いずれもPDI提供

そして「砂糖王」こと、松江春次氏の像へ。国策会社「南洋興発」を創業してサイパンの製糖業を確立させた立役者です。この像は1934年に、本人立ち会いのもと除幕されたそうで、影響力がうかがい知れます。松江氏は公園に隣接する彩帆香取神社(当時は彩帆神社)の新社殿建設にも尽力しました。

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隣接する彩帆香取神社。この場所に社殿ができたのは1931年。戦火で焼失したが、1985年に再建された=PDI提供

最後の訪問先、北マリアナ諸島歴史博物館は、日本統治時代の情報の宝庫でした。当時病院だった建物を博物館にリニューアルしたもので、内部はアーチで仕切られた建物も風格ある近代建築です。館内は撮影禁止ですが、特別に許可を得て撮影したそうです。当時の町割を示す地図と、それを取り囲む昔の写真に、「南洋の東京」と呼ばれた往時の暮らしぶりが浮かび、街の喧騒(けんそう)まで聞こえてきそうです。

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ガラパンの街の地図と当時の写真を組み合わせた展示=PDI提供

現在の映像と往時の写真を見比べつつ、足で稼いだ情報満載のナレーションを聞いていると、往時にタイムスリップしたかのよう。行き先を絞った分、内容を深掘りしてあったので、そんな気分になれたのでしょう。

地上戦の爪痕をたどる

ツアー初回が平時の足跡なら、2回目は戦時の爪痕。翌27日は、「第二次世界大戦 民間人を巻き込んだ悲劇」をテーマに、戦跡「バンザイクリフ」など島北部の6カ所を巡りました。

冒頭、ガイドの高橋さんの声は聞こえるのに映像が表示されないハプニングが。回復を待つ5分ほどの間、不思議と気分が高揚してきました。何で? ……あ、これって、出発時に忘れ物を取りに行った人を待ってる感じに近い。予定通りには進まないのが旅。オンラインならではの番狂わせが、リアルな旅の感覚をかえって呼び起こします。

私たちが車に乗り込んだという想定の映像は、島の北端にあるバンザイクリフを目指します。途中、車のスピードが落ち、高橋さんが「山肌に残る傷痕を見ていただけますでしょうか」とうながします。巨大な穴が開いたり、えぐれたり削れたりしています。米軍艦による艦砲射撃の跡です。撃ち込まれている間は島全体が揺れるかのような地響きが続いたと、体験者の話が紹介されます。

サイパン島へ押し寄せた米軍は船上の兵力も含めて12万人以上、島を守る日本軍は約4万4千人。1944年6月15日に島南部に上陸した米軍は圧倒的な兵力差で北上しました。日本軍や民間人は北へ北へ退き、7月7日に約3千人で最後の総攻撃をかけてほぼ全滅。島の北端に追い詰められた人々は、岬の崖から「天皇陛下万歳」と叫んで次々に身を投げたと伝わります。ここがその、「バンザイクリフ」と名付けられた岬です。崖の高さは水面から約60メートル、水深は約20メートルだそうです。

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バンザイクリフ=PDI提供

崖下の波打ち際を岬を目指して歩いていった大勢の人がいたという、生存者から聞いた話を高橋さんが紹介します。映像を見る限り切り立った岩で、こんな歩けそうもない場所を歩いていったのか……。そもそもこの崖、どうやって降りたんだ? 今でこそ真っ青な海ですが、逃げる人々が崖下を歩いていた時、打ち寄せる海の色は赤かった、という話も。

極限の状況に思いを巡らせながら、自分の心のあちこちに、ぴきっ、ぴきっと、ひびが入っていく。行かなくちゃ、どうしてもここに行かなくちゃ、近くで見たい、風や匂いを感じたい、という思いが、どんどん強くなっていきます。

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日本政府が1974年に建立した「中部太平洋戦没者の碑」(奥)=PDI提供

周辺に建てられた慰霊碑や、「ラスト・コマンド・ポスト」(最後の司令部跡)をめぐった後、マリンスポーツで人気のパウパウビーチのリアルタイム映像を見て気分が現代に戻り、旅は終了です。

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ラスト・コマンド・ポストにある日本軍の戦車の残骸=PDI提供

初回は軽快だった高橋さんのガイドが、今回は慎重に言葉を選んでいたのが印象的でした。戦没者、証言者、ツアー参加者のそれぞれに配慮しながら、悲惨な史実を伝えていく、という思いが、ひしひしと伝わってきました。そんな作り手の思いは、旅行会社のスタッフだけで仕上げたという手作り感あふれる映像からも伝わってきました。

まるで自分が現地にいるかのような高精度のライブ映像や、演出し尽くされた映画作品のような映像であったとしても、きっと楽しめたでしょう。ただ、その場合、「あー面白かった」と見ただけで満足してしまい、「そこに行かなきゃ」という強い衝動に駆られることはなかったと思います。完成度を追求し尽くした映像でなかったからこそ、匂いや風のような映像が伝えられないもの、つまり、「次の旅」へ意識が向いた、という気がするのです。

作り手の思い、聞いてみた

後日、サイパンにおられるHISとPDIの方々に、オンラインでお話をうかがいました。

今回のオンラインツアーはコロナ禍の中、サイパンの両社がご当地ならではのプログラムとして、多くの日本人が戦争に思いをはせる8月を念頭に企画したそうです。もともと戦跡巡りはリアルな観光ツアーのプログラムとしてありましたが、「近年、区切りをつけて慰霊の旅を終えられた帰還者の団体もあり、次の世代に戦争や歴史をどう伝えていこうか考えていました。オンラインツアーならアーカイブとしても残せます」と、PDIの高橋成典社長は説明します。

オンラインで「地上戦の爪痕」巡り サイパン戦跡ツアーに参加してみた

サイパン島のみなさんにオンライン取材した際の様子。左から、HISサイパン支店長の荒井亮磨さん、PDI社長の高橋成典さん、HISサイパン支店アシスタント・ゼネラル・マネジャー岩井美紀江さん、PDIのマリアナ政府公認ガイド高橋香織さん

戦跡の集中する島北部でWi-Fiが使えない場所があるなど通信環境が芳しくないこと、荒天で景観がよく見えない日があることを想定して、映像は好天の日にスタッフがあらかじめ撮影したものを用意し、ガイドのアナウンスをライブで加える、という形に落ち着いたといいます。

参加費は1コース1650円。これまでに約60人が参加し、40代~50代のサイパン島リピーターが中心だそうです。ツアーのホームページには「ここまでのお話は聞いたことがありません」(50代女性)、「リアル観光だと暑さや体力の消耗でガイドさんのお話に集中できないのでオンラインで良かったです」(40代女性)といった趣旨の口コミが寄せられていました。

「教育の現場で、中学生や高校生にもぜひご覧いただきたいですね」と、HISサイパン支店の荒井亮磨支店長は語ります。サイパンでの修学旅行ではたいてい戦跡巡りが組み込まれるそうで、コロナ禍の時期だけに、平和学習のコンテンツとしても活用してほしいそうです。現在2回シリーズですが、今秋には米軍上陸地や空港など島南部をめぐる新コースを加えた「3部作」にする予定とのことでした。

オンラインで完結せず、次なる訪問へ背中を押される。これも、新しい旅のカタチかもしれません。

マリアナ政府観光局
https://japan.mymarianas.com/

オンラインツアー「彩帆歴史探訪シリーズ」
https://activities.his-j.com/TourLeaf/SPN0354/
(日本時代に想いを寄せて 繁栄の足跡)
https://activities.his-j.com/TourLeaf/SPN0347/
(第二次世界大戦 民間人を巻き込んだ悲劇 玉砕の島)

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