京都ゆるり休日さんぽ

「永遠のモダン」を希求した重森三玲を知る手がかり「重森三玲庭園美術館」

知る人ぞ知る、ひっそりとした庭園や小美術館を訪ねることは、自分の内にある「何を美しいと感じるか」を知る鍵になります。今回訪ねたのは、左京区・吉田山のふもとにたたずむ「重森三玲(みれい)庭園美術館」。作庭家・重森三玲の終(つい)の住み家であり、彼の美学の集大成でもある庭園と建築は、見る人一人ひとりの美意識に語りかけてくるような場所です。

(トップ写真:重森三明撮影、重森三玲庭園美術館提供)

■暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。
(文:大橋知沙)

多才なアーティスト・重森三玲が後半生を過ごした場所

吉田神社の裏参道に通じる路地、つつましく開いた門扉の奥に「重森三玲庭園美術館」はあります。元は吉田神社の神官の邸宅を、1943(昭和18)年に譲り受けた三玲氏が、主屋を住居として、書院と茶室を客人をもてなす場として、後半生を過ごした自邸。現在、書院と庭園、茶室を、事前予約制の美術館として公開しています。

書院(撮影:重森三明、重森三玲庭園美術館提供)

書院は江戸期の建造物をそのまま譲り受けた。州浜模様の敷石に沿って歩くと、茶室「好刻庵(こうこくあん)」へと通じる(撮影:重森三明、重森三玲庭園美術館提供)

館長を務めるのは、三玲氏の孫であり美術家の重森三明(みつあき)さん。2005年、それまで非公開であった書院や庭園を三玲氏の作品として後世に残したいと、美術館として公開することになりました。三明さんにとっても、この場所は祖父との思い出の残る生家。記憶の中の三玲氏はただただ優しく、まだ小さな孫に対して、自身の仕事や芸術論を語ることはなかったと言います。

砂紋で波を表現(撮影:重森三明、重森三玲庭園美術館提供)

丹波鞍馬石の敷石を州浜模様にあしらい、砂紋で波を表現している(撮影:重森三明、重森三玲庭園美術館提供)

「作庭家としての祖父を知ったのは、ずっと後のことでした。知っていくと、彼は作庭家である前にアーティストだったとわかります。同時に、日本庭園の学者でもあり、いけばなや茶道にも造詣(ぞうけい)が深く、多くの著作を残した執筆家でもありました。さまざまな分野に精通していたので、異なる文化や芸術が“つながっている”ことが見えていたのでしょう」

普遍的な美を尊びつつ、そこから一歩はみ出す

書院からの庭園の眺め(撮影:重森三明、重森三玲庭園美術館提供)

書院からの庭園の眺め。障子と縁側が額縁のように庭園を切り取る(撮影:重森三明、重森三玲庭園美術館提供)

書院前の庭園が表現するのは、枯山水の定番「蓬萊神仙(ほうらいしんせん)」の世界。青碧(せいへき)の美しい石は三玲氏が終生愛した阿波産青石で、中心の三尊石組みの手前にある平らな石は、かつて吉田神社の神官や公家の来客者がこの上に立って礼拝を行った礼拝石をそのまま生かしています。敷石で表現された州浜模様も三玲氏が好んで用い、長野市の「北野美術館」庭園などにも見られるモチーフ。波は書院の縁側に沿って打ち寄せ、奥の茶室へと導きます。

「好刻庵」の襖(撮影:重森三明、重森三玲庭園美術館提供)

「好刻庵」の襖(ふすま)は、かつて日本画家を志していた三玲氏自身のデザイン(撮影:重森三明、重森三玲庭園美術館提供)

「好刻庵(こうこくあん)」と名付けられた茶室は、1969(昭和44)年、三玲氏が設計し新たに建てられたもの。三玲氏の元にはさまざまな客人が訪れていましたが、どんな立場の人でも席を同じくし、自らお茶をたててもてなしていました。青と銀の市松模様で大胆な波を描いた襖絵は、桂離宮の襖の意匠からインスピレーションを得たもの。代表作「東福寺」の「八相の庭」にも見られる市松模様は、形を変えてさまざまな作品に登場し、三玲氏の美学「永遠のモダン」を象徴するモチーフとなりました。

「三玲さんの作品は斬新に見えて、実は古典の本歌取りのように、着想の元になったデザインがあります。人が見て美しいと感じるユニバーサルな比率や定型を守り、理解した上で、くずす。三玲好みに“遊んで”いるんです」

茶室と水屋の間にある坪庭(撮影:重森三明、重森三玲庭園美術館提供)

茶室と水屋の間にある坪庭。板石と黒い立石で七五三に石組みされている。奥の水屋の窓や欄干のディテールも、さまざまな日本建築から着想を得たもの(撮影:重森三明、重森三玲庭園美術館提供)

作庭家として活躍する前、三玲氏は1934(昭和9)年の室戸台風による文化財被害を嘆き、約3年をかけて全国の日本庭園の実測調査を行います。約300庭にわたる調査は『日本庭園史図鑑』に編纂(さん)され、三玲氏の作庭の土台となりました。伝統を学び、尊び、膨大な知見の中から自身の美意識と共鳴するものを選び取り、自分らしくアウトプットする。謙虚ながら冒険心を忘れないその姿勢こそ、ものづくりや文化に携わる人々が重森三玲に憧れる理由です。

「美術や建築を学ぶ人の来訪も多いです。ここには、三玲さんのエネルギーが残っていて、それを消さないように、その場に行かないと見られないもの、感じられないものを受け取る場所でありたい。伝統を学びながらも斬新な表現を希求した三玲さんの作品が、表現しづらさ、生きづらさを抱えている人を勇気づけることができたらと思います」

書院では三明さんの作品も期間限定で展示(撮影:重森三明、重森三玲庭園美術館提供)

書院では三明さんの作品も期間限定で展示。時期により変わる。照明は三玲氏と親交のあったイサム・ノグチ氏の作品(撮影:重森三明、重森三玲庭園美術館提供)

そう話す三明さん自身も美術家であり、メディアにとらわれない現代美術に自身の表現を見いだす一人。書院では、水墨画と写真、掛け軸を組み合わせた連作のほか、時期によってさまざまな展示が展開されていきます。形を変え、素材を変え、作る人のまなざしを通してさまざまに表現される「美」。その根底に流れる普遍的なメッセージと、そこからはみ出す小さな勇気を、どうぞ受け取ってください。

重森三玲庭園美術館(予約観覧制)
http://www.est.hi-ho.ne.jp/shigemori/

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BOOK

「永遠のモダン」を希求した重森三玲を知る手がかり「重森三玲庭園美術館」

京都のいいとこ。

大橋知沙さんの著書「京都のいいとこ。」(朝日新聞出版)が2019年6月7日に出版されました。&TRAVELの人気連載「京都ゆるり休日さんぽ」で2016年11月~2019年4月まで掲載した記事の中から厳選、加筆修正、新たに取材した京都のスポット90軒を紹介しています。エリア別に記事を再編して、わかりやすい地図も付いています。この本が京都への旅の一助になれば幸いです。税別1200円。


PROFILE

大橋知沙

編集者・ライター。東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。

本屋と八百屋のハイブリッド。「食」と「知」の力で未来をつくる「本と野菜 OyOy」

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