永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶

(77) 椅子の声が聞こえた! 永瀬正敏が撮った台湾

国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。今回は、台湾の街中でよく見かけた椅子のカット。永瀬さんは、椅子に語りかけられた気がしたそうです。

(77) 椅子の声が聞こえた! 永瀬正敏が撮った台湾

©Masatoshi Nagase

台湾では、なぜかよく目にする椅子。

商店街の店の前にも、何もない空き地にも、川の堤防にも、道路の脇にも。
いたる所に椅子がポツンと置いてある。
僕が気にしすぎなのかもしれないが、しょっちゅう目にするのは確かだ。
しかも1脚だけ、ポツンと。

この写真の椅子は台北から嘉義へ移動する途中で見つけた。
道路沿いの廃墟のような場所で、何かの台に乗せられていた。
移動中、車内から見つけて、いつものように車を止めてもらい撮影した。

さまざまなものが高速化された現代。生活速度も昔より随分速くなった気がする。
何かに追われているような、決して具体的に追われているわけではないのだけれど、
焦って急ぎ足で過ごしているような、そんな感覚が時々する。
時間という概念に追われているのか? 何なのか?
便利な世の中になったのは有難いことなのだけれど。

そんな中で見かける椅子たちに、
「そんなに急ぎなさんな。たまには立ち止まって。ここに座って一息ついていけば?」と、
言われているような気がして、ハッとする。

ある日同じように1脚の椅子を見かけた。
翌日その場所に行ってみると、おじいさんが1人で座っていた。
何をするでもなく、ただそこに座り続けていた。
するとスクーターに乗った男性が通りかかり、スクーターを止めておじいさんと話し始めた。
そこに小さな子供の手を引いたお母さんが通りかかり、2人と話を始めた。
スクーターの男性はしばらくして、にこやかに話しながらその場を去った。
お母さんは子供を遊ばせながら、時折おじいさんと話し続けた。

全員知り合いかもしれないし、通りすがりの人たちかもしれない。
いずれにせよ、そこで会話が生まれ、ゆったりとした素敵な時間が生まれていた。

「ここに座って一息ついていけば?」

どこからともなく誰かにまたそう言われた気がした。

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PROFILE

永瀬正敏

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(89年)、山田洋次監督「息子」(91年)など国内外の約100本の作品に出演し、数々の賞を受賞。カンヌ映画祭では、河瀬直美監督「あん」(2015年)、ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(16年)、河瀬直美監督「光」(17年)と、出演作が3年連続で出品された。近年の出演作に常盤司郎監督「最初の晩餐」、オダギリジョー監督「ある船頭の話」、周防正行監督「カツベン!」、甲斐さやか監督「赤い雪」など。写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2018年、芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞。

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