クリックディープ旅

いよいよ最後の粟国島へ 沖縄の離島路線バスの旅13

下川裕治さんが沖縄の離島の路線バスを乗り尽くす旅。前回で伊平屋島を終え、今回は最後の島、粟国島へ向かいます。最後にして最悪の船酔いに襲われた下川さん。バスを乗り尽くすことはできるのでしょうか。粟国島を2回に分けてご紹介します。

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと、相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。

(写真:中田浩資)

沖縄の離島旅・粟国島

粟国島バス系統図

主に文章に登場する停留所名を記載するなど、簡略化しています

久米島(奥武島)からはじまった沖縄離島のバス旅。宮古島(池間島、来間島、伊良部島、下地島)、石垣島、竹富島、西表島、与那国島、座間味島、伊江島、伊平屋島(野甫島)のバスを乗り尽くしてきた。粟国島が最後になったのは理由がある。この旅は、新型コロナウイルスの感染拡大に振りまわされてきた。全国規模の緊急事態宣言に続き、沖縄県独自の緊急事態宣言。そして離島単位の渡航自粛要請……。それらは順次解除になっていったが、粟国島の来島中止の要請が解除されたのは、9月13日だった。離島のバスに乗りはじめて7カ月。ようやく最後の島までたどり着いた。

長編動画

粟国島を走るコミュニティーバスの始発から周辺まで。親切で話し好きの運転手さん。いつもはカメラマンとの旅話の音声を載せるが、今回は運転手さんとのやりとりを聞きながら車窓風景を眺めてください。

短編動画

粟国島の小さな港、人の少ない集落、サンゴ塀……。島の風景をコンパクトにまとめました。

今回の旅のデータ

粟国島に渡るには1日1往復のフェリーが基本になる。8月や9月など、時期によっては1日2便が就航することもあるが。所要約2時間10分。運賃は往復で6590円。粟国島に渡ったときは波が高く、往路、復路とも、船内を歩くことができないほど揺れた。酔い止め薬を飲んだほうがいいかもしれない。粟国島には空港があり、以前は飛行機も就航していた。しかし事故や補助金がなくなるなどの理由で運休が続き、就航のめどはたっていない。宿は9軒あるが、時期によっては工事関係の方で満室になることがある。

沖縄の離島旅「旅のフォト物語」

Scene01

切符

「とまりん」と呼ばれる那覇の泊ふ頭旅客ターミナル。以前、座間味島に渡ったとき、粟国島行きの切符売り場には、「来島中止のお願い」という貼り紙が見えた。診療所しかない粟国島の医療態勢を考えればしかたのないことだった。それもなくなり、やっと手にしたフェリーの切符。

Scene02

「ニューフェリーあぐに」

粟国島を結ぶフェリーは「ニューフェリーあぐに」。なかなか立派な船だった。天候は悪くなかったが風が強い。「これは揺れるかも……」。泊港を出港して10分ほどでその予感はみごとにあたってしまった。立つことも大変なうねり、慌てて横になる。その結末はScene04で。

Scene03

港

粟国島の港は小さい。これまで訪ねた沖縄の離島のなかでは、いちばん小さな港かも。700人ほどの人口である。しかし船窓から港が見えたときは、正直、ホッとした。もう揺れない。なんとか吐くこともなく……。収まらない胃のむかつきを抱えながら、粟国島が天国のように映った。

Scene04

休憩所

下船し、急ぎ足でターミナルの休憩所へ。この体勢で30分、いや40分。浮遊感はないのだが、胃がひっくり返ってしまったような感覚で、身を起こすことができない。こんな船酔いははじめてだった。やはり体力が落ちてきているんだろうか。目を閉じ、体内の嵐が静まるまでただじっとしていた。

Scene05

もちきびそば

船酔いというのは不思議なものだ。30分、40分とじっとしていると、むっくりと食欲がよみがえってくる。体はぎくしゃくとしているというのに、急に空腹感に襲われる。港のそばに食堂があった。そこで「もちきびそば」。もちきびというきびを練り込んだ麺。つるつるしている。やけにうまいのは船酔いの後だから? 600円。

Scene06

アニー号

粟国島の路線バスはコミュニティーバスと呼ばれる。「アニー号」という人も。始発は港に近い浜コミュニティー。そこを出発し、港を経由して島内をまわる。港からの坂道をのぼり、始発のバス停へ。ぼんやりとバスを待った。「静か……」。これが粟国島の第一印象。道を歩く人の姿はなく、通る車もごくわずか。小さな離島のバス旅がはじまる。

Scene07

又吉康雄さん

コミュニティーバスがやってきた。運転手は又吉康雄さん(58)。島には連絡すればやってきてくれる乗り合いタクシーもある。翌日はタクシー担当とか。つまりふたりの運転手さんが交代で、島の公共交通のすべてを担っているわけだ。きっとこれで十分なのだろう。バスに乗り込んだのは僕らだけだった。

Scene08

車窓の風景

運転手の又吉さんは、ガイドというより、島の現実をなにげなく話してくれる。バスは島内の集落を丁寧にまわっていく。道は広くない。コロナ禍で止まっていた工事が一気にはじまり、臨時のルートを走ることもある。又吉さんが話してくれる粟国島の「いま」は長編動画でお聞きください。

Scene09

看板

以前、粟国島にはハブがいなかった。ところがフェリーが運ぶ貨物に紛れていたのか、最近、島ではハブがみつかっている。そこで又吉さんが指さしてくれたのが、「ハブの注意」の看板。彼の家はすぐ近くだという。人に被害は出ていないが、ひょっとしたら……と島でうわさされる動物が。それは次のSceneで。

Scene10

ヤギ

粟国島に限らず、沖縄の離島にはヤギが多い。飢饉(ききん)のときの食糧として飼われはじめたという。いまは草刈り要員? 「10匹のヤギが死んだけど、そのうち5匹はハブにやられたといううわさです」と又吉さん。ヤギは綱でつながれているが、夜も草原で寝る。その間にやられてしまったのか。

Scene11

信号

粟国小中学校の前にある島唯一の信号。通る車は少ないが、島の人はちゃんと信号を守っている。粟国島にあるのは中学校まで。多くの子供が沖縄本島の高校に進学する。沖縄本島には信号が多い。そこで戸惑うことがないようにという配慮という話も聞いた。この信号は学習用?

Scene12

月

粟国島を訪ねたのは9月29日。今年の「中秋の名月」は10月1日。数少ない居酒屋で夕食をすませ、宿への帰り道。満月間近の月がくっきりと見えた。粟国島は家が少ない。夜が暗い。それにしても月がよく見える。その理由は、20メートルほど坂道をくだるとわかりました。次のSceneで。

Scene13

フットライト

電柱に設置された街灯ではなく、道の脇にフットライト。月や星がよく見えるようにというアイデアだ。ラオスのルアンパバーンを思い出した。この街も、フットライトが旧市街に続いていた。夜の空の暗さを大切にする……。粟国島のそんな発想、いい島だと思った。夜の静けさと一緒に。

Scene14

民宿

粟国島では民宿「伊舎(いなか)」に泊まった。1泊素泊まりでひとり3000円。ほかの宿は工事関係の人で埋まっていた。気軽な宿だった。部屋は2階。共同だが、広いキッチンも。気温もさがり、窓を開けると、心地いい風が吹き抜ける。夜中、寒さで目が覚め、急いで窓を閉めるほどだったが。

Scene15

伊良皆信英さん

民宿「伊舎」のご主人、伊良皆信英さん(73)。話し好きで、ときどき僕らの部屋にやってきて、島の話を面白おかしく聞かせてくれた。宿の向かいには、本土から移住した方が開いたパン屋さんがあった。時計が止まったような島だが、時間は島タイムでゆっくり、ゆっくり進んでいる。

※取材期間:2020年9月29日~30日
※価格等はすべて取材時のものです。

【次号予告】次回は粟国島のバス旅後編。そして沖縄バス旅ダイジェストを。

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いよいよ最後の粟国島へ 沖縄の離島路線バスの旅13
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BOOK

いよいよ最後の粟国島へ 沖縄の離島路線バスの旅13
世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ (朝日文庫)
時速35キロの遅すぎる列車に耐え、中国では切符獲得戦争に奮闘。紛争地帯であわや列車爆破テロ、ビザ切れピンチ……そして潜伏。言葉を失う数々のトラブルに遭遇する列車旅。
シベリアからポルトガルまで26夜も寝台列車に揺られた、旅を超えた「冒険」物語。変化する旅事情をコラムに収録。

定価:990円(税込み)

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「一両列車のゆるり旅」(双葉社)、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)など。最新刊は、「世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ」 (朝日文庫)。

  • 中田浩資

    1975年、徳島県徳島市生まれ。フォトグラファー。大学休学中の1997年に渡中。1999年までの北京滞在中、通信社にて報道写真に携わる。帰国後、会社員を経て2004年よりフリー。旅写真を中心に雑誌、書籍等で活動中。

残り2島! バスを求めて伊平屋島へ 沖縄の離島路線バスの旅12

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