「川のワイン」を訪ねて

世界的な銘醸地に押し上げた川由来の小石と砂 (6) ボルドーのオー・メドック

川はどのようにワインに恩恵をもたらすのか? その答えを求めてイタリア、スペイン、フランスのワイン産地を訪ねる旅。フランス・ボルドーからのレポート2回目です。
(文・写真:ワインジャーナリスト・浮田泰幸 トップ写真はシャトー・パルメイの熟成庫)

小石と砂の土壌が水はけの良さを生む

オー・メドック地区はジロンド川左岸のメドック地区でも最南に位置している(正確にいうと、この辺りではまだガロンヌ川とドルドーニュ川は交わっておらず、オー・メドックは「ガロンヌ川の左岸」と言うべき)。シャトー・パルメイを訪ねてみよう。

「ここはクリュ・ブルジョワ(*1)のシャトーです」。案内してくれたのはピエール・カズヌーヴさん。数年前に母親から家業を受け継いだ。「1989年に母のマルティヌがこのエステートを買った時、土地は荒廃していました。この辺りで採れる砂や小石がモルタルやコンクリートの材料になるというので、ワイン造りから離れる人が多かったのです」

世界的な銘醸地に押し上げた川由来の小石と砂 (6) ボルドーのオー・メドック

(左)シャトー・パルメイ。その礎は18世紀に築かれた。パルメイとはこの辺りで見られる渡りをするハト
(右)この辺りの土壌で特徴的な小石を見せるピエールさん。かつて川の流れで研磨されて丸くなったことがうかがえる

マルティヌさんはブドウの木を新植しなければならなかった。周囲の人たちは「勇気がある」「無謀だ」と様々にうわさしたという。

シャトーを継ぐまではパリで土壌改良の仕事をしていたピエールさんは土壌のスペシャリストだ。畑のそばにある小さな崖に我々は導かれた。そこではオー・メドックの地層がむき出しになっていた。「ご覧のように、地表からゆうに人の背丈くらいまでの深さは小石と砂利と砂になっています。これをさらに掘り下げると基層の岩盤に行き当たります」

いかにも水はけの良さそうな土の中から、樹木の根の先がたくさん顔をのぞかせていた。ブドウ畑の地下でも同じような状態が見られるのだろう。カビ系の病害に弱いブドウはジメジメと湿った土地を嫌う。川の傍らの平地でありながらメドックがワインの銘醸地となり得たのは、この小石混じりの土壌のおかげだった。

世界的な銘醸地に押し上げた川由来の小石と砂 (6) ボルドーのオー・メドック

(左)収穫を待つカベルネ・ソーヴィニヨンの果実。小石の多い土壌に向くとされている
(右)セールス担当のマドリーヌさんが熟成中のワインを試飲させてくれた

参考までに言えば、フランスのもう一つの有名産地であるブルゴーニュ地方の土壌は主に石灰質を多く含む粘土である。どちらかと言えば排水性よりも保水性が高い。が、あちらは「コート・ドール(黄金の丘)」の名が示す通り、ブドウ畑が傾斜地に広がっていて、その勾配が水はけに寄与している。グラン・クリュ(特級)の畑は丘の上の方に広がり、並級の畑は丘のふもとの平地に広がる。極めて明快である。

出来の良いブドウをより多く

フラッグシップの「シャトー・パルメイ」をテイスティングしてみよう。ヴィンテージは2013年。カシスジャムとチェリーリキュールの香りに濡(ぬ)れ落ち葉のトーンが交じる。口の中では赤い果実の甘酸っぱさがチャーミングで、親しみやすい印象。

世界的な銘醸地に押し上げた川由来の小石と砂 (6) ボルドーのオー・メドック

フラッグシップの「シャトー・パルメイ」(左)とセカンド・ラベルの「エル・ド・パルメイ」。後者はメルローが主体で優しい飲み口

世界的な銘醸地に押し上げた川由来の小石と砂 (6) ボルドーのオー・メドック

発酵中のワインを適度に酸素に触れさせるデレスタージュ(液抜き静置)という工程を終えたワインをタンクに戻す

2013年は、開花期、成熟期共に天候不順で「やや難しい年」とされている。このワインのセパージュ(ブドウ品種)構成は、カベルネ・ソーヴィニヨン主体(55%)でメルローが42%、カベルネ・フランが3%だけブレンドされている。オー・メドックではこのくらいの品種構成がポピュラーだ。その年の気候によって、早熟のメルローが良い年もあれば、晩熟のカベルネ・ソーヴィニヨンが良い年もある。それによって微妙にブレンド比率を変えていく。同じ銘柄でもヴィンテージによって味わいが異なる理由の一つがここにある。

CHÂTEAU PALOUMEY
50, rue Pouge de Beau – 33290 LUDON MEDOC – FRANCE
https://www.chateaupaloumey.com/fr/

世界的な銘醸地に押し上げた川由来の小石と砂 (6) ボルドーのオー・メドック

マルゴー村付近のジロンド川。カフェオレ色の水が流れる土砂の多さを物語る

進む有機農法への切り替え

土壌の水はけが良いと言っても、大河と海に挟まれたメドックが多湿であることは間違いない。それが障壁となって、かつてはブドウ畑での有機栽培の導入が遅れていた。しかし、近年世界的なビオワインブーム、サステナブル志向の流れもあって、メドックでも減農薬から無農薬へとかじを切るシャトーが増えてきた。マルゴーのシャトー・フェリエール(格付け第三級)は、この地におけるビオディナミ(*2)実践のリーダー的存在である。

30年以上もこのシャトーでディレクターを務めるジェラール・フェノイユ氏によると、有機農法への取り組みは2012年にスタートしたとのこと。15年に有機認証を取得すると、さらにビオディナミを導入した。

世界的な銘醸地に押し上げた川由来の小石と砂 (6) ボルドーのオー・メドック

ビオディナミによって栽培されたブドウ

ブドウ畑の傍らにはチェリーの木が植えられアヒルが放たれた一画がある。そこはビオディナミ農法で用いる「調合剤」を作る場所でもあるという。「ビオディナミにしてから、ワインの果実味が増し、生き生き感が出てきました」とフェノイユ氏。

世界的な銘醸地に押し上げた川由来の小石と砂 (6) ボルドーのオー・メドック

フェノイユ氏。近年ステンレス製醸造タンクからコンクリート製への回帰が広く見られるという

世界的な銘醸地に押し上げた川由来の小石と砂 (6) ボルドーのオー・メドック

こちらは最新型のコンクリートタンク。卵形のものと同様の自発的な対流による効果が得られるという

「シャトー・フェリエール2015」をテイスティングしてみよう。ハーブとオリエンタルスパイスの複雑精妙な香りの奥から静かにカシスが立ち上がる。強さや濃さは全く感じられない。だからと言って決してもろくはない。口の中ではジューシーで、スルスルと、のどに入っていくようなスムーズさがある。「果実をかじったようなワインを目指しています」とフェノイユ氏は言うが、もっと広く、ブドウ畑を取り囲む風土や気候までをも訥々(とつとつ)とワインが語っているように感じた。

世界的な銘醸地に押し上げた川由来の小石と砂 (6) ボルドーのオー・メドック

2015年物の「シャトー・フェリエール」

世界的な銘醸地に押し上げた川由来の小石と砂 (6) ボルドーのオー・メドック

グラスの中では粘性が見られるが、のど越しは驚くほどにスムーズ

Château Ferrière
33 bis rue de la Trémoille Margaux FRANCE
http://www.ferriere.com/

(つづく)

■注釈■
(*1)クリュ・ブルジョワ:1855年のボルドー・メドック地区格付けに選ばれなかったシャトーが集まって作った新たな格付けをもとにした認証制度。「クリュ・ブルジョワ・エクセプショネル」「クリュ・ブルジョワ・シュペリウール」「クリュ・ブルジョワ」の三つのカテゴリーがあり、2020年は249のシャトーが選ばれている。定期的に見直しが行われる。比較的求めやすい価格のメドックらしいワインが多い。
(*2)ビオディナミ:ルドルフ・シュタイナーの思想に基づき、天体の運行に合わせて作業を行う、独自の調合剤を用いるなどの特徴がある有機農法。バイオダイナミック。

【取材協力】
メドックワイン委員会 (CONSEIL DES VINS DU MÉDOC)

PROFILE

浮田泰幸

ライター、ワイン・ジャーナリスト、編集者。青山学院大学文学部卒。月刊誌編集者を経てフリーに。広く海外・国内を旅し、取材・執筆・編集を行う。主な取材テーマは、ワイン、食文化、コーヒー、旅行、歴史、人物ルポ、アウトドアアクティビティ。独自の観点からひとつのディスティネーションを深く掘り下げる。
 ワイン・ジャーナリストとして、これまで取材したワイン産地は12カ国40地域以上、訪問したワイナリーは600軒を超える。産地・生産者紹介と「ワイン・ツーリズム」の紹介に重点を置き、世界各地のワイン産地から取材の招聘を受けている。
 主な寄稿媒体は、「スカイワード」(JAL機内誌)、「日経新聞 日曜版」「ハナコFOR MEN」「ダンチュウ」「マダム・フィガロ」「ワイン王国」など。

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