クリックディープ旅

粟国島で完結! 7カ月かかった「乗り尽くし」旅を振り返る 沖縄の離島路線バスの旅14

下川裕治さんが沖縄の離島の路線バスを乗り尽くす旅。前回は襲われた船酔いにも負けず、粟国島のバスに乗車。冬に取材がはじまり、秋までかかった路線バスの旅もとうとう最終回。粟国島の様子とこれまで訪れた離島の島々を振り返ります。

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと、相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。

(写真:中田浩資)

沖縄の離島旅・粟国島&ダイジェスト

沖縄県の地図

今回の路線バス旅で掲載した島名を示しています(カッコ内は橋で渡った島)

沖縄の離島を走る路線バスに乗り尽くす旅も最終回。最後に訪ねた粟国島と、離島バス旅ダイジェストを。

訪れる観光客の少ない粟国島には、沖縄の離島の空気が色濃く残っていた。沖縄ブームのきっかけにもなった映画「ナビィの恋」のロケ地でもある。

2月に久米島からはじまった沖縄離島のバス旅。途中、新型コロナウイルスの感染が広まり、緊急事態宣言や離島への渡航自粛要請のなかで何回も中断。7カ月かかり、ようやくすべての路線を乗り終えた。いや、厳密にいうと、未乗車の区間がひとつだけ残っているが。

長編動画

粟国島に渡るフェリーからの眺めを見ながら、長かった離島路線旅を中田浩資カメラマンとともに振り返ります。

今回の旅のデータ

沖縄の離島の路線バスは大きくわけると3種類。離島のバス会社が運行するスタイルと、町や村などの行政が運行会社に委託しているケース、そして町や村が運行させているタイプだ。運賃形態もまちまち。バス会社は乗車距離制で、宮古島、石垣島と西表島がこのスタイル。久米島は町営バスだが乗車距離制だ。それ以外はひと乗りいくらといったシステムが多い。与那国島のように無料という島もある。

沖縄の離島旅「旅のフォト物語」

Scene01

フクギ

粟国島のバスは乗り尽くした(前回)。島の集落は西、東、浜にわかれる。単純でわかりやすい。どの集落を歩いても、家々の周りにはフクギが植えられ、並木のようになっている道もある。そんな道を歩いていると、小学生とすれ違うが、必ず「こんにちは」と声をかけられる。それが離島の流儀。はじめは少し戸惑うが、すぐにほっこりした気持ちに変わる。

Scene02

遊歩道

沖縄ブームのきっかけは、映画「ナビィの恋」(1999年公開)、NHKの朝の連続ドラマ「ちゅらさん」(2001年放送)、活字の世界では、「沖縄オバァ烈伝」(双葉社、2000年発売)といわれる。しかし映画の公開から21年。粟国島のロケ地につくられた遊歩道も草に覆われはじめていた。「沖縄オバァ烈伝」の制作にかかわった身としては……考えてしまいます。

Scene03

門柱

粟国島の家の門柱にはシーサーとサンゴ。シーサーはわかるがサンゴは? 島の人に聞くと、「ウルっていいます。厄払いの意味があるんです」と教えてくれた。これは旧暦の3月3日の厄落とし行事「浜降り」のとき、海からもち帰って門柱の上に置くとか。島歩きはなかなか楽しい。

Scene04

店

那覇に戻るフェリーは午後2時10分発。昼食は港に近い「とび吉」で……と思っていると休業。近くに食堂はない。「大丈夫。那覇から着くフェリーが弁当をたっぷり運んでくるさー」。正午すぎ、集落の売店のスタッフが港に出向き、店に弁当が。ひとつ390円。那覇に戻る前に、那覇から届いた弁当の昼食。まあ、いいか。

Scene05

具志堅用高像

【コロナ禍の石垣島】ここからは沖縄離島のバス旅ダイジェスト。コロナ禍に揺れていた沖縄。石垣港離島ターミナルにある具志堅用高像もマスク姿。石垣島は独自の感染予防策をつくった。石垣島から帰った後、宿泊したホテルから体調への問い合わせもある。観光産業と島民の安全のせめぎあいの所産だった。

Scene06

竹富島

【観光客が消えた竹富島】渡航自粛要請が解除された直後の竹富島。こんな静かな竹富島は見たことがなかった。音がなにもない。風が静かに動いている。この日、竹富島では、民宿、食堂などの組合が集まり、受け入れオープン日を決めるという。石垣島の店はほとんど開いているのに。石垣島と竹富島の間には10日ぐらいの時差がある?

Scene07

児玉清光さん

【西表島の路線バス運転手さんは移住組】数えきれないほどのバスの運転手さんのお世話になった。どの路線も乗客は多くない。始発から終点まで僕らだけということも珍しくない。まさに貸し切りの離島バス旅も。運転手さんは島の人が多いが、なかには本土からの移住組も。西表島のバス運転手、児玉清光さんもそのひとり。

Scene08

座間味島

【座間味島の路線バスは今日も律義に走っている】新型コロナウイルスの感染を心配する離島感情を気遣い、島の滞在時間はできるだけ短縮。で、座間味島での滞在時間は2時間。その間に島の路線バスを乗り尽くさないと……。運転手さん、親切でした。短い時間のなかでなんとか島のよさを伝えてあげようと奮闘。翡翠(ひすい)色の海、ちゃんと見ました。

Scene09

橋

【伊良部大橋で離島はつながったが】宮古島と伊良部島は橋でつながった。便利になったのだが、伊良部島の高校生は宮古島の高校に。その結果、伊良部高校は廃校が決まり募集が止まってしまった。訪ねた当時の在校生徒数は20人。高校生がいないと路線バスは伊良部高校まで行かない。結局、幹線から伊良部高校までの1区間に乗ることができなかった。

Scene10

久米島の港

【久米島の港は寂しかった】久米島に渡るには飛行機とフェリーがある。飛行機は片道1万円強と高いが、わずか35分。欠航もフェリーよりは少ない。フェリーは片道3450円と安いが約3時間……。島の人はどうしても飛行機になびいていってしまう。そして寂れていく港。離島の現実。

Scene11

バス停

【盲腸路線の多い宮古島の路線バス】朝6時10分。バスを待つ。なぜ早朝に? 宮古島の路線バスには、高校生や住民へ配慮した盲腸路線が。限られた便だけが、1区間の盲腸路線を走るのだ。全路線走破のもくろみをあざ笑うかのように。で、この時刻に。これに乗らないと未乗車区間が生まれてしまう。つらいバス旅です。

Scene12

標語

【伊平屋島の小学生標語】離島といってもそこに流れる空気はさまざま。宮古島や石垣島はリトル那覇のよう。離島らしさを色濃く残しているのは、伊平屋島、粟国島、多良間島あたり? どこもアクセスに難があり、観光客も少ない。もうひとつの離島らしさを測る基準は、島のなかに掲げられた小学生の標語。これがあったら正真正銘の離島です。

Scene13

団結道場

【米軍基地を抱える伊江島】離島はさまざまな問題を抱えている。伊江島にあるのは米軍基地。僕ら以外、乗客のいない路線バスで伊江島を走る。「ここに戻ってくる路線なので、見学したら?」「すいません。バス路線を乗り尽くす旅なんで」。米軍基地に反対する団結道場。運転手さんはじっくり見てほしかったのに違いない。

Scene14

石垣牛のすし

【石垣島の地産地消】石垣島はかつて、牧場で子牛を育てるだけの島だった。成長すると牛は本土に送られ、本土のブランド牛に。なんとか島のブランドをつくりたい。ようやく石垣牛の知名度があがりつつある。石垣島の繁華街には焼き肉屋がずらり。この石垣牛のすしは1貫250円。地産地消の安さです。

Scene15

夕日

【与那国島から日本最後の夕日】与那国島は日本最西端。ここにも路線バスが走っていた。島は最西端だらけ。タクシー会社は最西端観光。最西端の売店、汚水桝(ます)のふたにも最西端の刻印。で、当然、夕日も最西端。日本最後の夕日です。正面には台湾。じっと眺め続けたが、見えませんでした。

※取材期間:粟国島:2020年9月29日~30日。離島バス旅:2020年2月11日~9月30日
※価格等はすべて取材時のものです。

【次号予告】次回から現代版「奥の細道」がはじまります。

■「沖縄の離島路線バス旅」バックナンバーはこちら
■「台湾の超秘湯旅」バックナンバーはこちら
■「玄奘三蔵の旅」バックナンバーはこちら
■ 再び「12万円で世界を歩く」バックナンバーはこちら

粟国島で完結! 7カ月かかった「乗り尽くし」旅を振り返る 沖縄の離島路線バスの旅14
下川さんによるクラウドファンディング 
【コロナ禍】国からの援助がないバングラデシュの小学校で働く先生たちを応援したい~休校中の生活支援プロジェクト~
くわしくはこちら
下川さんのブログ
12万円で世界を歩くバングラデシュ編はこちら

BOOK

粟国島で完結! 7カ月かかった「乗り尽くし」旅を振り返る 沖縄の離島路線バスの旅14
世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ (朝日文庫)
時速35キロの遅すぎる列車に耐え、中国では切符獲得戦争に奮闘。紛争地帯であわや列車爆破テロ、ビザ切れピンチ……そして潜伏。言葉を失う数々のトラブルに遭遇する列車旅。
シベリアからポルトガルまで26夜も寝台列車に揺られた、旅を超えた「冒険」物語。変化する旅事情をコラムに収録。

定価:990円(税込み)

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「一両列車のゆるり旅」(双葉社)、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)など。最新刊は、「世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ」 (朝日文庫)。

  • 中田浩資

    1975年、徳島県徳島市生まれ。フォトグラファー。大学休学中の1997年に渡中。1999年までの北京滞在中、通信社にて報道写真に携わる。帰国後、会社員を経て2004年よりフリー。旅写真を中心に雑誌、書籍等で活動中。

いよいよ最後の粟国島へ 沖縄の離島路線バスの旅13

一覧へ戻る

芭蕉が暮らした深川から千住へ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅1

RECOMMENDおすすめの記事