永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶

(82) 蛍光灯が照らす熟練のハサミ 永瀬正敏が撮った台湾

国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。今回は台湾・台北の路地で偶然見かけた理髪店。永瀬さんが強くひかれ、心に残ったものとは。

(82) 蛍光灯が照らす熟練のハサミ 永瀬正敏が撮った台湾

©Masatoshi Nagase

旅に出かけるとその土地に根付いたものを体感したくなり、
よくあてもなくカメラ片手にただ歩く。
普段はそこまで活動的な方ではないのだが、カメラを手にするとなぜか歩が進む。

「こう行けばこう出るのかな?」「この路地を曲がるとどうなってるんだろう?」
好奇心がムクムクと湧き上がる。
もちろん事前にあたりの治安は確認しておくが、
観光地だけでなく、何も知らない予備知識もない場所で、
思わぬ発見や出会いがあったりするものだ。
それは決してドラマチックなものばかりではなく、
ごくごく普通の出来事だったりするのだが、
それが胸にジワッと染みてきたりする。

台北の路地裏を歩いていると一つの理髪店を見つけた。
店内にはお客さん1人と店主だけ。
白髪のおじいさんがケープをかけ椅子にゆったりと座っている。
店主のハサミさばきは熟練の技を感じさせる。
蛍光灯の光に浮かび上がる2人の姿が、なぜか印象に残った。
ごく普通の風景なのに。

僕の存在に気づいてくれた店主に、撮影していいかジェスチャーで伝えた。
彼は無言でうなずいてくれ、僕はそれからカメラを構え撮影させてもらった。

何げない日常、その一コマ。
予想もしないことが、どうしようもないことが起きた時、
当たり前であったことの大切さに改めて気づかされる。

これからも僕は、何げない日常の一コマを撮り続けていきたいと思う。

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PROFILE

永瀬正敏

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(89年)、山田洋次監督「息子」(91年)など国内外の約100本の作品に出演し、数々の賞を受賞。カンヌ映画祭では、河瀬直美監督「あん」(2015年)、ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(16年)、河瀬直美監督「光」(17年)と、出演作が3年連続で出品された。近年の出演作にオダギリジョー監督「ある船頭の話」、周防正行監督「カツベン!」、甲斐さやか監督「赤い雪」 、大森立嗣監督「星の子」など。 写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2021年1月16日から3月21日まで、愛知県の「高浜市やきものの里かわら美術館」で写真展が開催される。2018年、芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞。

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