唯一無二の旅情、果てなき落日のグラデーション 青森県・驫木駅
文: 村松拓

秋田県から青森県にかけて、日本海の険しい海岸線にへばりつくように走る、JR五能線。車窓からの眺望は日本でも屈指で、海の見える駅も数多い。その中でも、ひときわ旅情を感じられるのが、青森県の驫木(とどろき)駅だ。
列車は1日5往復、駅前には民家1軒
私が最初に訪れたのは、2012年11月下旬。午前7時、からっぽの始発列車でやってきた。
五能線はとかく本数が少ない。驫木駅にとまる定期列車は、1日に5往復(2020年11月現在)。次の列車まで5時間以上待つこともあるため、行きと帰りの列車の時刻を調べてから訪れるのは必須だ。
ドアが開くと、轟々(ごうごう)という波音と、冷たい海風に包まれた。車窓だけでは感じられない迫力に、思わず目が覚める。
驫木駅は無人駅。年季の入った木造駅舎を通り抜けると、そのまま駅前に出る。だが、周りを見回しても、人の気配を感じない。そばにある建物も、たった1軒の民家のみ。商店や郵便局がある集落までは、1kmほど離れている。
それゆえ、駅前から海のほうを振り返ると、「荒々しい日本海を背景に、木造駅舎がぽつりとたたずむ」というごくシンプルな絵が広がる。余計なものは一切写り込まない。まるで映画のセットを見ているかのようだ。
絵に描いたようなこの風景を、たったひとりで楽しんでいるという興奮。そしてこのまま誰にも出会えず、世界から取り残されてしまうのではないかという不安。駅に降り立っただけなのに、非日常的な感情で胸がいっぱいになった。
そんな中、私はあるものをホームで発見する。丸太の上に板が置かれた、一見ベンチのようなもの。よく見ると「驫木駅 夕焼け暦」と書かれている。どうやら、驫木駅からは海に向かって夕焼けが見えるらしい。

「驫木駅 夕焼け暦」。月ごとに、夕日がどの方向に沈むかを示しているようだ
無人駅にこんな銘板があるくらいだ。ここから見る、日本海に沈む夕日は美しいに違いない――。とはいえ、今は早朝。再訪を胸に誓って、この日は次の列車で駅を後にした。
空いっぱいの夕焼けが待っていた
再訪が決まったのは、4年半後の2017年5月のこと。天気が快晴であることも確かめ、満を持して驫木駅へと向かった。道中、ところどころで満開の桜が目に入る。青森では春まっ盛りの時期なのだ。
驫木駅に列車が着いたのは、午後3時半。近くの国道を通る車がまだ多かったり、ときおり観光列車「リゾートしらかみ」が通過したりと、前回よりは人の気配を感じる機会が多い。ただ、ホームには相変わらず自分ひとりだけだ。

驫木駅を通過する「リゾートしらかみ」
このまま日の入りまで、また誰とも会わないのだろうかと案じていると、次にやってきた列車で数人が下車。さらに日の入りが近づくにつれ、駅の外からも人がやってきた。みんな地元の方ではなく、旅人のようだ。
お互い、こんな辺鄙(へんぴ)な場所で誰かと会うのも珍しいのか、すぐに立ち話になった。関東から車で来たというカップル、驫木駅が好きで列車で何度も訪れているという男性、そして五能線沿いを歩いて旅しているという学生……。いろいろな旅人が集まったが、全員に共通するのは、驫木駅の夕焼けを見に来たということ。空が赤くなり始めると、三々五々に自分なりの観賞スポットを探しに行った。
そして午後6時半、念願の日の入り。
雲ひとつないまっ赤な空の中を、静かに沈んでいく太陽。日本海の水平線と、少し穏やかな波の模様。そして、木造駅舎のシルエット。春だというのに、それらすべてがかすむことなく、くっきりと目に届いた。
太陽が沈んでもなお、空は刻々と色を変え続けるものだから、目が離せない。同じような構図でも、10分後にはまったく異なる絵ができあがる。
今まで海の見える駅を旅する中で、こんなにも澄んでいて、果てしないグラデーションを見たのは初めてのこと。再訪してよかった、と心から思えた瞬間だった。
驫木駅を訪れるのには、少しの勇気と時間が必要かもしれない。しかし、ここには足を運んだ旅人だけが味わえる、唯一無二の旅情が待っている。

いよいよ夜になると、駅の明かりだけが辺りを照らす。暗闇に波音が響く中、帰りの列車を待った
東北・北海道新幹線新青森駅からJR奥羽線で川部駅まで約30分、川部駅でJR五能線に乗り換え約2時間。
■JR東日本
https://www.jreast.co.jp/estation/station/info.aspx?StationCd=1058