永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶

(87) 市場の写真とキャンディーズ 永瀬正敏が撮ったカタール

国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。カタールの市場を撮ったこの写真から連想したのは、往年のアイドルグループ「キャンディーズ」の曲だったとか。なぜ?

(87) 市場の写真とキャンディーズ 永瀬正敏が撮ったカタール

©Masatoshi Nagase

カタールの市場。
この場所でたくさんの微笑(ほほえ)みに出会った。
野菜や果物があふれんばかりに置いてある屋台で、
お客さんと店員さんが雑談しながら微笑んでいる。
商品のカラフルな色彩より、そこにいる人々の微笑みの方がはるかに輝いて見えた。

人の微笑みは、こちらにも微笑みをもたらし、
シャッターを切る自分もいつの間にか幸せな気分になる。
それは世界中どの場所でも変わらない。
ファインダーの中の被写体の微笑みは、こちらの心も和ませてくれる。

ただ、微笑みは屈託のない笑顔ばかりではない。
僕が幼い頃、アイドルグループ「キャンディーズ」の「微笑がえし」という楽曲があった。
歌詞は阿木耀子さんが書かれ、キャンディーズが解散する頃のシングルだった。
それまでのシングル曲のタイトルをちりばめた阿木さんの歌詞には、
解散していくグループへの賛美とともに、切なさがあった。
「微笑がえし」の微笑みは、
去り行く切なさを笑顔でカバーし未来へ歩いていくこと、
今まで受け取ったたくさんの微笑みに感謝しながら……。
大人になって聴き直した僕はそう感じた。
幼かった頃の僕がそこまで理解できていたかは疑問だが、
歌詞に漂う“何か”を感じていたのは確かだ。

音楽の偉大さを痛感する。
人を演じることを生業にしている自分も、
ただ「笑う」「泣く」「悲しむ」「楽しむ」だけではなく、
その奥にあるものをなんとか表現できないか?といつも苦悩する。
音楽はたった4分余りの時間の中でも、それを軽々とやってのけてしまう。
イントロが聴こえてきただけで、その曲を聴いていた当時の感情が一瞬でよみがえる。

微笑み、それにはたくさんの種類がある。
しかしそのすべての微笑みには、何かを変えられるすさまじいパワーがあると、
僕は信じている。

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PROFILE

永瀬正敏

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(89年)、山田洋次監督「息子」(91年)など国内外の約100本の作品に出演し、数々の賞を受賞。カンヌ映画祭では、河瀬直美監督「あん」(2015年)、ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(16年)、河瀬直美監督「光」(17年)と、出演作が3年連続で出品された。近年の出演作にオダギリジョー監督「ある船頭の話」、周防正行監督「カツベン!」、甲斐さやか監督「赤い雪」 、大森立嗣監督「星の子」など。 写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2021年1月16日から3月21日まで、愛知県の「高浜市やきものの里かわら美術館」で写真展が開催される。2018年、芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞。

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