クリックディープ旅

同じ名の道はどこに? 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅6

下川裕治さんが、松尾芭蕉の「奥の細道」の行程をたどる旅。前回から東北へ入りました。今回は多賀城から塩釜へ。あちらこちらに「芭蕉」の文字が現れます。まずは「奥の細道」という道を探しますが……。

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと、相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。

(写真:阿部稔哉)

奥の細道を歩く・仙台から松島へ

地図

「奥の細道」をたどる旅は、仙台から松島に向かう。松島は芭蕉にしても、楽しみにしていた場所だ。前回は仙台まで進んだ。多賀城に寄ったあと、日程の関係でいったん帰京。再度、仙台から松島をめざした。東日本大震災で大きな被害に遭ったエリアに分け入っていくことになる。しかし松島への基点になる塩釜周辺は壊滅的な被害を免れた。芭蕉がたどった道や船に乗った地点の古い家屋などは残っていた。まずは、本のタイトルではなく、「奥の細道」と名づけられた道筋探しから旅ははじまった。

「奥の細道」は、1689年、松尾芭蕉が約150日をかけ、東京(江戸)から東北、北陸などをまわった紀行文。馬や船も利用しているが、基本的には歩き旅である。発刊は芭蕉の死後の1702年。

短編動画

多賀城市内にある壺碑(つぼのいしぶみ)。平安時代のはじめ、東北に遠征した坂上田村麻呂が書き記したものといわれている。本物かどうか諸説あるが、芭蕉が訪ねた頃は誰も疑っていなかった。で、「奥の細道」に、「壺碑 市川村多賀城にあり」と書き記している。ようやく目にした感動を伝えたかったのだろうか。

今回の旅のデータ

仙台駅から塩釜方面への列車は、東北線と仙石線がある。東北線は仙石東北ラインと呼ばれ、陸前山王駅、国府多賀城駅を経て塩釜駅へ。仙石線は多賀城駅を経て本塩釜駅へ。芭蕉が歩いた道筋に近いのは仙石東北ライン。壺碑、多賀城跡などを訪ねるなら、仙石東北ラインを利用したほうが効率的だ。

仙台から松島へ「旅のフォト物語」

Scene01

陸前山王駅

仙石東北ラインで仙台から陸前山王駅へ。12分ほど。ここで降りたのは書名ではなく、「奥の細道」という名前がついた道がこのあたりを通っていたからだ。本の「奥の細道」に記されている。小さな駅舎を出て、周囲を見まわす。それらしき道筋はみつからない。旧街道は曲がり具合と幅でなんとなくわかるようにはなってきていたが。

Scene02

道

資料や地名から調べていくと、どうもこのあたり……。しかしこんな風景が続くばかりで、旧街道のにおいが伝わってこない。芭蕉は「奥の細道」という道の名前をヒントに書名を決めたのかどうかもわからない。この道とは無縁か……。そんな思いが歩道を進む足を重くしてしまう。

Scene03

碑

しばらく進むとこの碑が。「奥の細道」という道の案内か……と色めきたったが、大正時代に建てられた新道の記念碑でした。左が旧道、右が新道。旧道を進むのが筋だろうが、新道のほうがきっと近いよなぁ。う~ん。悩んで右に。今日は中将藤原朝臣実方(ちゅうじょうふじわらあそんさねかた)の墓往復で8キロ近く歩いているし(前号)……と自分にいいわけ。

Scene04

壺碑

多賀城碑に出た。これが壺碑。坂上田村麻呂が書いたといわれる。いまは諸説あるが、芭蕉の時代は本物とされ、「奥の細道」に「壺碑 市川村多賀城にあり」と記し、「泪(なみだ)も落つるばかりなり」とつづっている。芭蕉はいったん塩釜まで行き、多賀城まで戻っている。往復6キロ超をものともしない健脚。新道を選んだ僕はちょっと反省。

Scene05

多賀城跡

壺碑の周囲は多賀城跡。そう聞くと、戦国時代や江戸時代の城跡と思いがちだが、時代は奈良時代。陸奥国の国府がここに置かれ、いまも発掘中。観光パンフレットによると、奈良の平城宮跡と福岡の大宰府跡と並ぶ日本三大史跡とか。平城宮跡や大宰府跡に比べると知名度が……。犬の散歩公園になっていました。

Scene06

陸奥総社宮

近くに陸奥総社宮があった。これも多賀城跡と無縁ではない。平安時代、周辺の神社を束ねる総社を国府近くにつくった。それがこことか。芭蕉もきっと参詣(さんけい)しているはず。境内には俳人・金子兜太の句碑があり、句会も行われていた。これから先、芭蕉ゆかりの場所で行われた句会の記録を何回も見る。「奥の細道」はいまや句会街道ですな?

Scene07

夕焼け

仙石東北ラインの国府多賀城駅に出ることにした。もう日暮れ。いったん東京に戻ることにしていた。ふと見あげるとみごとな夕焼け。しかし疲れでその色を眺める余裕もない。今日は13キロ近く歩いた。陸奥総社宮から国府多賀城駅まで約30分。駅に着いたときは、ベンチにへたり込んでしまいました。

Scene08

塩釜駅

約3週間後、再び仙石東北ラインに乗って塩釜へ。ここから歩いて鹽竈(しおがま)神社を経て、松島湾をめぐる船が出るマリンゲート塩釜へ向かう。早朝に東京を発ち、朝から歩き旅がはじまる。できるだけ芭蕉の旅に寄り添おうと、歩くことをミッションにしたことを朝から後悔……。

Scene09

鹽竈神社

鹽竈神社へ。はじめこの漢字が読めなかった。いまはネットの表記からコピーペーストすればいいが、書けといわれると手が動かなくなる。いったい何画あるのだ。塩竈市のホームページでは、竈の字の正しい書き方を伝えている。そこへのアクセスが急増とか。理由は「鬼滅の刃」。主人公が竈門炭治郎(かまどたんじろう)なのだ。

Scene10

家族

神社は鹽竈、駅名は塩釜、市の名前は塩竈。すべて「しおがま」と読む。誰にいったらいいのかわからないが、できれば統一してほしい。原稿を書く身にもなってほしい。塩竈市民は皆、塩釜と書いているらしいが。鹽竈神社の境内では七五三詣での家族が。聞くと多賀城市で書店を営む一家でした。

Scene11

案内板

鹽竈神社からマリンゲート塩釜へ向かおうと東参道をおりていくと、住宅街に出る手前にこの案内板。このあたりに芭蕉と曾良が泊まった宿があったようだ。曾良の記録にも書かれている。塩釜に入ると、芭蕉カラーが一気に強くなる。芭蕉の文字が記された看板も増える。芭蕉タウンの趣だ。

Scene12

道

市街地を進んでいくとまた芭蕉案内板。そこに「芭蕉船出の地」と記されていた。このあたりが当時は海岸線。芭蕉はここから松島をめぐる船に乗ったようだ。旅に出る前、芭蕉はこの松島を「奥の細道」の山場にもってこようと考えていた節がある。はたして名句ができた? その話は次回に。

Scene13

マリンゲート塩釜

マリンゲート塩釜に着いた。このあたりは東日本大震災の津波が押し寄せた。その高さは4.8メートル。マリンゲート塩釜への通路は歩道橋のようになっていて、高さは6メートル。津波がきた際、ここに逃げる役割で震災後につくられた。約500人が避難できるという。天気はよかったが、やや風が強い。この前の沖縄離島旅の揺れるフェリーが脳裏をかすめる。

Scene14

芭蕉像

歩道橋のような避難デッキを歩いてマリンゲート塩釜の建物に入った。すると、発券所脇でやや小さい芭蕉像がお出迎え。この程度ならと思ったが、周囲を見まわす、そこかしこに芭蕉の文字。松島観光を一躍、有名にさせたのは芭蕉では……と思えてくる。もちろん芭蕉はそんなことは知らない。

Scene15

船

そして乗った船は「芭蕉コース巡り」。どこまでいっても芭蕉です。修学旅行の学生と一緒に検温を受け、アルコール消毒をして乗船。「奥の細道」のメインは松島から秋田県の象潟(きさかた)までのルートだと思うが、その道筋は東北の観光地めぐりでもあることを知らされる。そんな旅がはじまる。

※取材期間:10月17日、11月4日
※価格等はすべて取材時のものです。
※「奥の細道」に登場する俳句の表記は、山本健吉著『奥の細道』(講談社)を参考にしています。

【次号予告】次回はマリンゲート塩釜から一関までの旅を。

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BOOK

同じ名の道はどこに? 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅6

2019年に連載された台湾の秘境温泉の旅が本になりました。

台湾の秘湯迷走旅(双葉文庫)
温泉大国の台湾。日本人観光客にも人気が高い有名温泉のほか、地元の人でにぎわうローカル温泉、河原の野渓温泉、冷泉など種類も豊か。さらに超のつくような秘湯が谷底や山奥に隠れるようにある。著者は、水先案内人である台湾在住の温泉通と、日本から同行したカメラマンとともに、車で超秘湯をめざすことに。ところがそれは想像以上に過酷な温泉旅だった……。台湾の秘湯を巡る男三人の迷走旅、果たしてどうなるのか。体験紀行とともに、温泉案内「台湾百迷湯」収録。

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日文庫)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)、「世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ」(朝日文庫)など。最新刊は、「台湾の秘湯迷走旅」(双葉文庫)。

  • 阿部稔哉

    1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

白河関を越え東北へ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅5

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松島を訪れた芭蕉の心に思いめぐらせ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅7

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