楽園ビーチ探訪

東京湾に浮かぶ唯一の無人島「猿島」 要塞の歴史を訪ねて

神奈川県・横須賀港から船で約10分、東京湾で唯一の無人島の猿島(横須賀市)。手ぶらでビーチバーベキューや釣り、磯遊びなど、一日中楽しめる上、なんといっても「無人島」という非日常の響きが魅力的です。そして、アニメ映画『天空の城ラピュタ』のようだとSNSで話題のスポットにもなっています。
(トップ写真:東京湾を守る要塞だった猿島)

連載「楽園ビーチ探訪」は、リゾートやカルチャー、エコなどを切り口に、国内外の海にフォーカスした読み物や情報を発信するビーチライターの古関千恵子さんが訪れた、世界各地の美しいビーチや、海のある街や島を紹介いたします。

SNSで話題のスポット、幕末に大砲設置され要塞に

一周約1.6キロ。1時間あれば、島をぐるりと回ることができます。うっそうと茂る竹林や樹木、れんがを積み上げた切り通しの道やトンネルなど、豊かな自然とノスタルジックな情景は、ここが東京湾であることを忘れてしまいそう。

けれど、島に残された遺構の意味を知り、先人たちの苦労を思えば、猿島の見方に奥行きが加わることでしょう。ガイドの竹崎正一さんによる探検ツアーに参加してみました。

東京湾に浮かぶ唯一の無人島「猿島」 要塞の歴史を訪ねて

外壁はモルタルながら、総れんが造りの発電所。今も島の電力はここでまかなっています

猿島の要塞(ようさい)としての役目は、幕末の頃から。島で最高地点の標高約40メートルの現展望台に大砲を設置し、日本初の台場が築かれました。そして東京湾要塞のひとつとして、第1期工事が行われたのは1881年~84年。フランスやオランダなど西洋の技術を取り入れた、当時としては画期的なものでした。

ガイドツアーは集合場所であるウェルカムセンター近くの発電所(電気灯機関舎)から始まります。

この発電所が建造されたのは1893~95年。夜間、東京湾へ侵入しようとする敵軍を見張るためのサーチライトの電源が必要だったのです。外から見破られないよう、煙突の高さは通常よりも低めの約10メートル。この発電所は今も機能し、島内の電力は自給しています。

壁の一部に今も残る銃弾の跡

木漏れ日が揺れる「塁道」を進むと、突き当たりの壁の一部に銃弾の跡が残っています。これは1945年8月30日、終戦後に進駐軍が上陸した際、この道を登り、塁道の影に日本軍が隠れているかもしれないと、壁を威嚇射撃した弾痕だそう。それから75年経っても、コケも付いていません。

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落差約9.5メートルの幹道は、つるはしで掘り進められました

右折すると、両脇をれんがの壁が続く切り通しの道へ。高さ9.5メートルの壁をつるはしで掘り進めていったそうです。その労力を思うと、気が遠くなりそうです。施工の時期によって道の左右でれんがの積み方も異なっています。右がフランス積み、左がイギリス積み、両方が見られるのは珍しいことだそうです。

れんが造りの「愛のトンネル」

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全長90メートルの「愛のトンネル」。2階建てになっていて、このトンネル内にも兵舎が

兵舎や弾薬庫の前を通りすぎ、約90メートル続くトンネルへ。暗がりの中、カップルが寄り添って歩くことから別名「愛のトンネル」と呼ばれています。島内にはトンネルが3カ所あり、いずれもれんが造りのものとしては日本最古級。焼く温度によってれんがの色に赤や黒などの違いが出てくるそう。

東京湾に浮かぶ唯一の無人島「猿島」 要塞の歴史を訪ねて

二つめのトンネル内の揚弾井(ようだんせい)。弾丸を高い位置にある砲台へ、ここから引き揚げたそうです

東京湾要塞としての工事は大砲の性能が向上するたびに、計4回行われました。現在、見学できるのは8センチ高角砲が4門、12.7センチ高角砲2基4門。ただし、太平洋戦争に備えた8センチ高角砲の射程は7000メートル、米軍の飛行機が飛ぶのはそれより上空の1万メートルで、届かなかった。12.7センチ高角砲は終戦間際の7月に完成したものの、電源のスイッチを入れても動かなかったのだそうです。

砲台跡に続き、横浜や房総半島望む展望台へ

砲台跡を通り過ぎ、108段を上って見晴らしのいい展望台へ。八景島や横浜みなとみらい21、横浜ベイブリッジ、東京スカイツリー、そして房総半島もかすかに望みます。

東京湾に浮かぶ唯一の無人島「猿島」 要塞の歴史を訪ねて

展望台へ向かう階段。外からは島の内部がうかがい知れないよう、緑で目隠ししたのだそうです

東京湾に浮かぶ唯一の無人島「猿島」 要塞の歴史を訪ねて

展望台近くにある、特撮ヒーロー番組『仮面ライダー』に登場する組織「ゲルショッカー」のアジトとして使われた建物

展望台から階段を下りると、道路脇に巨岩が不自然に積み上げられているのに気が付きました。聞くと、これは1945年8月30日、米軍が猿島に上陸時、大砲を展望台に集めて爆破した際の残骸の一部だそう。戦後、米軍の占領下となった猿島。立ち入りが許されるようになって調査に入った時、展望台の周辺はがれきの山だったそうです。

こうしてウェルカムセンターに戻り、約30分間のガイドツアーは終了します。

自然・歴史守りながら観光・学びを

東京湾に浮かぶ唯一の無人島「猿島」 要塞の歴史を訪ねて

戦跡から動植物、地質に関することまで、猿島のことを熟知しているガイドの竹崎正一さん

このガイドツアーは『つづく みんなの猿島プロジェクト』の一環。豊かな自然環境や歴史遺産を守りながら、観光と学びを結び付け、未来へとつなげるアクション。環境×観光×学びのプロジェクトが今、少しずつ動き出しています。

【取材協力】 株式会社トライアングル https://www.tryangle-web.com/sarushima/

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PROFILE

古関千恵子

ビーチライター。リゾートやカルチャー、エコなどを切り口に、国内外の海にフォーカスした読み物や情報を発信する。ダイビング雑誌の編集者を経てフリーとなり、“仕事でビーチへ、締め切り明けもビーチへ”を繰り返すこと四半世紀以上。『世界のビーチ BEST100』(ダイヤモンド・ビッグ社)の企画・執筆、『奇跡のリゾート 星のや 竹富島』(河出書房新社)の共著のほか、ファッション誌(『Safari』『ELLE Japon』など)やウェブサイトに寄稿。ブログも配信中。

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