永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶

(90) たった一言が、光に温もりを添えた 永瀬正敏が撮った台湾

国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。台湾で撮った、新しい年の最初を飾るこの一枚は、温かな思い出に彩られていました。

(90) たった一言が、光に温もりを添えた 永瀬正敏が撮った台湾

©Masatoshi Nagase

ここは台北の、あるホテルのエントランス。
このホテルには長い期間滞在し、大変お世話になった。
この写真はもう何年も前に撮影したものだ。

明け方前、なかなか寝付かれずホテルの外に出た。
新鮮な空気を吸い込みながら、ぼーっと光のイルミネーションを見ていた。
そうしているうちに、なんだかこの光のイルミネーションが、
年をつなぐ門、新しい年へ誘うトンネルのように見えてきた。

いったん部屋に戻り、カメラを持って再び外に出てシャッターを切った。

そして、しばらくその光を見つめていると、
「キレイネ」
と、背後から突然声が聞こえた。
振り返ると、ホテルの夜間警備員さんだろうか、
1人の男性が優しい瞳でこちらを見つめていた。
「きれいですね」
そう答えて改めてイルミネーションを見た。
すると、さっきとは少し、光のイルミネーションが違って見えた。
警備員さんの方を振り返ると、彼はもうその場を後にして、
はるか向こうを歩いていた。

きっと、知っている数少ない日本語の中から選んで話しかけてくれたんだろう。
決して発音のうまくないその一言に、僕は穏やかな温(ぬく)もりを感じた。
そして、再度この光のイルミネーションを撮影した。

今年は皆さんにとって、たくさんの温もりがある素晴らしい年になりますように。

明けましておめでとうございます。

バックナンバー

>>連載一覧へ

PROFILE

永瀬正敏

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(89年)、山田洋次監督「息子」(91年)など国内外の約100本の作品に出演し、数々の賞を受賞。カンヌ映画祭では、河瀬直美監督「あん」(2015年)、ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(16年)、河瀬直美監督「光」(17年)と、出演作が3年連続で出品された。近年の出演作にオダギリジョー監督「ある船頭の話」、周防正行監督「カツベン!」、甲斐さやか監督「赤い雪」 、大森立嗣監督「星の子」など。 写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2021年1月16日から3月21日まで、愛知県の「高浜市やきものの里かわら美術館」で写真展が開催される。2018年、芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞。

(89) 誰に捧げた花束か 永瀬正敏が撮った台湾

一覧へ戻る

(91) 人間の可能性と歴史に脱帽 永瀬正敏が撮ったトルコ

RECOMMENDおすすめの記事