クリックディープ旅

歩いて歩いて、あの句が詠まれた平泉へ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅8

下川裕治さんが、松尾芭蕉の「奥の細道」の行程をたどる旅。前回は船で松島を巡りました。今回は、あの有名な句が詠まれた平泉へと向かいます。

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと、相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。

(写真:阿部稔哉)

奥の細道を歩く・一関から鳴子温泉へ

地図

今回の「奥の細道」は一関から平泉をめざす道からはじまる。芭蕉が、「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」を残した高館義経堂(たかだちぎけいどう)から眺める北上川。僕もゆっくりとその世界に浸りたかった。芭蕉はそこから一関に戻り、鳴子温泉方向に向かう。しかしいまはその道を走るバスがない。列車に乗ると、芭蕉が歩いた道からだいぶ離れてしまう。なんとか芭蕉の道に近づけないだろうか。そこで利用したのが栗原市の栗原市民バス。登米市市民バス(前号)に続いて運賃が100円のバスに揺られることになる。

「奥の細道」は、1689年、松尾芭蕉が約150日をかけ、東京(江戸)から東北、北陸などをまわった紀行文。馬や船も利用しているが、基本的には歩き旅である。発刊は芭蕉の死後の1702年。

短編動画

平泉の中尊寺に近い高館義経堂からの眺めをバックに、「夏草や兵どもが夢の跡」。解釈は、「生い茂る夏草。ここはかつて兵士が名をあげようと夢を抱いて戦った跡だ」という感じになるが、芭蕉はそこに自分の人生を重ね合わせていると読むとさらに深みが増す。僕は66歳。その深みにあやかりたいのだが。※2021年3月20日まで、高館義経堂は拝観休止になっています。

今回の旅のデータ

僕らは途中を歩いたが、一関と平泉の間には東北線の列車とバスの便がある。ただ列車が着く平泉駅から中尊寺までは少し距離がある。バスは中尊寺への参道入り口近くにバス停がある。平泉から一関に戻り、そこから鳴子温泉へは、列車が一般的。東北線で古川まで南下し、陸羽東線に乗り換える。芭蕉は一関から南西に進む道でショートカットした。その道を少しなぞっているのが栗原市民バス。バスの終点は古川になるが。

一関から鳴子温泉へ「旅のフォト物語」

Scene01

山ノ目駅

「奥の細道」をたどる旅のミッションは、芭蕉が歩いた道を1日1時間は歩くこと。今回は一関から列車に乗り、山ノ目駅で下車。そこから中尊寺まで歩くことに。山ノ目駅は小さなかわいい駅でした。もちろん無人駅。列車から降りたとき、車掌さんが僕らに気づき、慌てて駆けてきた。たぶん、この駅で乗り降りする人はめったにいないのだろう。

Scene02

田畑

芭蕉が歩いた道はトラックが我が物顔で通りすぎる道だった。もっと静かな道はない? 道路に並行した土手にあがってみるとこの眺め。思わず深呼吸。朝のウォーキングという老人と並んで土手を歩いた。近くの山の名前など、いろいろ教えてくれたが、やや方言がきつく、2割ぐらいしかわからなかった。

Scene03

道

土手の道が終わり、農家が点在する集落を抜ける。鳥の声がにぎやかだ。天気はいいが風は冷たい。小さな川を越えると正面の小山が一気に近づいてきた。中尊寺はあそこにある? もう1時間10分も歩いている。こういう期待はだいたいはずれるが、進歩しない性格なので、きっとあそこが中尊寺と思うことに。実際はもっと先でした。

Scene04

墓碑

中尊寺のバス停近くに道路に囲まれた三角の公園? 「やっと着いた。ここでひと休み……」。いえ、そういうことをしてはいけないエリアでした。ここが弁慶の墓といわれる場所。松の木の脇に武蔵坊弁慶墓碑がある。源義経の家来としての弁慶の活躍は、能や歌舞伎の世界ではあまりに有名。観光客はだいたい立ち寄る。

Scene05

月見坂

中尊寺の本堂へ続く並木道で迷っていた。「奥の細道」の世界では、動画で紹介した「夏草や~」の句があまりにも有名。掲載された句のなかではいちばんという評価も。芭蕉はここから近い高館義経堂でこの句を詠んだと書いている。一関に戻るバスの時間が気になり、まず高館に向かうことに。中尊寺の金色堂にある螺鈿(らでん)細工……見たかったなぁ。(写真は中尊寺の月見坂)

Scene06

道

中尊寺への参道から高館義経堂に向かう道。芭蕉の足元にも及ばない距離だが、旧街道を歩いてきた経験が反応する。この道幅と曲がり具合は旧街道……。芭蕉もこの道を歩いたのだろうか。芭蕉と曾良は一関に宿をとり、日帰りで平泉を訪ねた。往復で約16キロ。ふたりにとっては、どうってことはない距離である。

Scene07

北上川

高館義経堂にのぼった。眼下に北上川がゆっくりと流れている。芭蕉はこの風景を眺めながら、「夏草や~」の句を詠んだ。「奥の細道」には、「時の移るまで泪(なみだ)を落としはべりぬ」と書いている。江戸時代の表現だから、ややオーバー気味で、よく涙を流すが、現代風にいえば、「悲しみに暮れた」といった感じ?

Scene08

義経堂

高館義経堂は丘陵の尾根道をのぼったところにあった。なかには源義経の木像がある。ここからの北上川の眺めもいいが、前の木々が邪魔をしてしまう。少し尾根をくだったところがベストポイント。僕らは拝観できたが、その後、2021年3月20日まで拝観休止になってしまった。運がよかった?

Scene09

バス停

中尊寺を見学できなかったが、高館義経堂でゆっくりできてちょっと満足。ここからはバス旅が待っていた。高館義経堂から走って中尊寺バス停へ。そこから一ノ関駅前のバスターミナルに着いた。栗原市民バスのバス停がみつからない。バスセンターの案内所で聞くと、教えてはくれたのだが……。

Scene10

車窓

バス停に栗原市民バスの表示はなく、築館一関線という路線名だけが書かれていた。一見、通常の路線バス。でも、運賃は登米市同様、一律100円でした。このバスに乗った理由? 一部の区間だけ、芭蕉が歩いた道を走っていたのだ。栗原市民でもないのに安いバスに乗ってすいません。これが申し訳ないという表情です。

Scene11

山

栗原市民バスの窓から雪をかぶった奥羽山脈が見えた。もう、そういう時期なのか。この日の夜、奥羽山脈を越える予定でいた。いま着ているコートで大丈夫なのか不安になる。しかしバスが走る一帯は秋一色。ちょっとうっとりしてしまうような田園風景が30分以上続いた。

Scene12

バス停

栗原中央病院で下車。栗原市街にある立派な病院で、その前がバスターミナルの役割を果たしていた。ここで古川駅行きのバスに乗り換えることになる。病院と市民バス……。考えてみれば、住民にとってはありがたいサービス。高齢化が進むエリアでは、こんなバス運行システムが広がっていくかも。

Scene13

古川駅

栗原中央病院から再び、運賃100円の市民バスで古川駅へ。この駅は新幹線も停車する立派な駅だが、そこから僕らが乗るのは、山形県の新庄市に向かって進む陸羽東線。「奥の細道湯けむりライン」という愛称がつけられ、僕らの旅向き路線だが、はっきりいってローカル線。乗客もまばらです。

Scene14

列車

陸羽東線に1時間10分ほど揺られて鳴子温泉駅に着いた。両側から山が迫り、温泉郷にやってきた気分が盛りあがる。ホームに降りると、どこからともなく漂う硫黄のにおい。温泉である。しかし「奥の細道」は、「鳴子(なるご)の湯より尿前(しとまえ)の関にかかりて……」とあっさり通過。なんてストイックなのだろう。

Scene15

足湯

芭蕉のストイックな旅につきあうつもりはないが、この日は新庄まで行くことにしていた。鳴子温泉駅から中山平温泉まで歩く予定だった。奥の細道らしい道だという。駅前の足湯に後ろ髪を引かれつつ、尿前の関跡、そして中山平温泉駅へと歩きはじめる。芭蕉の旅が乗りうつっています。なんとかしなくては。

※取材期間:11月5日
※価格等はすべて取材時のものです。
※「奥の細道」に登場する俳句の表記は、山本健吉著『奥の細道』(講談社)を参考にしています。

【次号予告】次回は鳴子温泉から立石寺、そして新庄へ。

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BOOK

歩いて歩いて、あの句が詠まれた平泉へ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅8

2019年に連載された台湾の秘境温泉の旅が本になりました。

台湾の秘湯迷走旅(双葉文庫)
温泉大国の台湾。日本人観光客にも人気が高い有名温泉のほか、地元の人でにぎわうローカル温泉、河原の野渓温泉、冷泉など種類も豊か。さらに超のつくような秘湯が谷底や山奥に隠れるようにある。著者は、水先案内人である台湾在住の温泉通と、日本から同行したカメラマンとともに、車で超秘湯をめざすことに。ところがそれは想像以上に過酷な温泉旅だった……。台湾の秘湯を巡る男三人の迷走旅、果たしてどうなるのか。体験紀行とともに、温泉案内「台湾百迷湯」収録。

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日文庫)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)、「世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ」(朝日文庫)など。最新刊は、「台湾の秘湯迷走旅」(双葉文庫)。

  • 阿部稔哉

    1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

松島を訪れた芭蕉の心に思いめぐらせ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅7

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