「北の湘南」で見つけた肉薄する海と山 北海道の黄金駅と北舟岡駅
文: 村松拓

北海道に「北の湘南」と呼ばれる街がある。有珠山のふもとにある伊達市だ。市の南西に続くゆるやかな海岸には本家・神奈川県の湘南でも見られない、迫力ある二つの海の見える駅があった。
夕日にきらめく海と有珠山を望む、黄金駅
残雪が目につく、2013年3月。JR室蘭線の東室蘭駅から洞爺湖温泉行きのバスに乗り、揺られることおよそ40分。黄金(こがね)というバス停で降りると、すぐさま黄金駅の五角形の駅舎が、シルエットとなって浮かび上がった。この日ひとつ目の目的地、黄金駅だ。時刻は午後4時。背後では噴火湾(内浦湾)が西日を照り返して、きらきらと輝いている。
室蘭線は、札幌と函館を結ぶ特急「北斗」や貨物列車が行き交い、北海道の大動脈ともいえる路線。しかし、普通列車の本数は少なく、4時間以上間が空くこともある。このときバスで訪れたのも、列車の時間が合わなかったためだ。
駅舎を通り抜け、いざホームへ。駅と海との間はおよそ50メートル。数えるほどの民家があるくらいで、木が生えている様子もなく、海からの風が容赦なく体にぶつかる。北海道でも比較的暖かいという伊達市だが、3月の海風はさすがに痛いほど冷たい。
北を見れば、海岸に打ち付ける白波の向こうに、標高733mの有珠山がどっしりと構えていて、ひときわ存在感を放つ。一方、足元のホームはところどころ砂利敷き。遠景の壮大さと、近景の物寂しさの対比が印象的だ。
夕日を反射する海面はまさに、まぶしい「黄金」色。このまま日が沈むまで眺めていたかったが、今日はもうひとつ捨てきれない目的地がある。ちょっぴり名残惜しい気持ちで、次の長万部(おしゃまんべ)行き列車に乗り込んだ。

ちなみに駅名の由来は、かつての地名「黄金蘂(おこんしべ)」で、アイヌ語で「オコムプシペ」(河口に昆布のある所)という意味だそう。夕日の美しさとは関係がなかった
北海道で海を最も間近に感じる 北舟岡駅
列車は黄金駅を出てとなりの稀府(まれっぷ)駅を過ぎると、海岸にぴたりと沿うように走る。室蘭線のハイライトとも言える眺望だ。まぶしい噴火湾にうっとりしていると、列車は次の駅へ滑り込んだ。
ここがもうひとつの目的地、北舟岡(きたふなおか)駅。黄金駅も十分な迫力だったが、北舟岡駅では、ホームの目と鼻の先に砂浜がある。ここは北海道で海を最も間近に感じられる駅と言えるだろう。
北舟岡駅は待合室を除いて、屋根のないシンプルな造り。海側と陸側のホームを結ぶ跨線橋(こせんきょう)に上がれば、有珠山と昭和新山、そして弧を描く海岸線を一望できる。駅の陸側は高台になっており、その上には住宅街が広がっている。学生さんが列車からぱらぱらと降りる姿もあり、無人駅特有の寂しさはあまり感じられなかった。

奥に有珠山、左手に噴火湾。本家・神奈川県の湘南なら富士山と相模湾にあたるが、湘南でそれらがここまで間近に見える駅はない
午後5時過ぎ。太陽はさらに傾き、いよいよ夕焼けに。刻々と変わりゆく空の色、そして水平線に沈みゆく太陽。一日のクライマックスを迎えるには、この上ないロケーションだ。
噴火湾の対岸、およそ40km先は 森駅や渡島砂原駅 の周辺にあたり、標高1,131mの北海道駒ケ岳もある。しかし距離の遠さもあってか、この日は肉眼では見えず、ひたすらに水平線が続いていた。

駅前から見た北舟岡駅。学生を迎えに来る車がときたま行き交っていた。当時は未舗装だったが、2019年に駅前広場が造成され、待合室も別の場所に移設されている
有珠山と噴火湾が織りなす迫力ある眺望と、視界いっぱいの夕暮れ。ホームに降り立つだけで出会えた非日常的な情景を前に、寒さも忘れて、胸は熱くなるばかり。海の見える駅の魅力を、北の大地と海が改めて教えてくれた。
北海道新幹線新函館北斗駅から特急「北斗」で伊達紋別駅まで約1時間50分、伊達紋別駅から室蘭線で約4分(北舟岡駅)、約14分(黄金駅)。
■JR北海道
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