クリックディープ旅

迫る夕闇、関所を越えて山形へ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅9

下川裕治さんが、松尾芭蕉の「奥の細道」の行程をたどる旅。前回は岩手県の平泉で北上川の流れを目にし、宮城県の鳴子温泉へ向かいました。今回は山形県へ入ります。11月初旬の夕暮れ。歩いてへとへとになった下川さんが、納得したこととは。

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと、相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。

(写真:阿部稔哉)

奥の細道を歩く・鳴子温泉から新庄へ

地図

「奥の細道」は奥羽山脈を越えて日本海側の山形県に入る。芭蕉はいまの山形県から秋田県に広がるエリアに40日ほど滞在している。その間に立石寺(りっしゃくじ)、月山、最上川、象潟(きさかた)などを訪ねている。その紀行は、「奥の細道」の中心を構成している。僕らも宮城県の鳴子温泉から山形県の新庄へと進んでいった。芭蕉が旅をした時代、東北地方の日本海側は北前船によって京都と通じていた。太平洋側とは違う文化圏。芭蕉はここで、有名ないくつかの句を残している。今回は新庄を基点に立石寺などを訪ねていく。

「奥の細道」は、1689年、松尾芭蕉が約150日をかけ、東京(江戸)から東北、北陸などをまわった紀行文。馬や船も利用しているが、基本的には歩き旅である。発刊は芭蕉の死後の1702年。

短編動画

立石寺。「閑(しずか)さや岩にしみ入る蟬(せみ)の声」は、有名な芭蕉の句。その意味をあえて説明することもないだろう。芭蕉が訪ねたのは陽暦の7月13日。夏も盛りの時期だった。僕らは紅葉の時期。たまたま子供たちの遠足に遭遇。響くのはセミの声ではなく、子供たちの「ヤッホー」という声。「閑さや岩にしみ入る子らの声」。季語もない駄句ですいません。

今回の旅のデータ

芭蕉は鳴子温泉から新庄には出ず、途中から山刀伐(なたぎり)峠を通って尾花沢に出ている。ショートカットしたわけだ。そのルートを走るバスはなく、僕らは陸羽東線で新庄へ。芭蕉が訪ねたポイントは、奥羽線の周辺に点在しているが、その都度、奥羽線の駅から列車やバスに乗り換えなくてはならない。そこで新庄からレンタカーを利用した。レンタカー代はガソリン代などを加えて5060円だった。

鳴子温泉から新庄へ「旅のフォト物語」

Scene01

こけし

温泉への誘惑を振り切って中山平温泉駅まで歩くことにした。約6キロの道のり。途中、当時の雰囲気を残す道が整備されていると聞いたからだ。そのルートには、芭蕉も通った尿前(しとまえ)の関跡もある。歩きはじめたのは午後4時すぎ。急がないと日が暮れてしまう。そんな僕らを、鳴子温泉の大きなこけしがお見送り。

Scene02

尿前の関跡

トラックが行き交う道を20分ほど進み、そこから脇道に入ると小さな集落。尿前の関跡があった。芭蕉と曾良はこの関を通過するのに苦労している。「奥の細道」にも、「関守(せきもり)に怪しめられて、やうやうとして関を越す」と記されている。なにかのトラブルがあったらしい。僕らは遊歩道の途中からその跡地を眺めるだけですが。

Scene03

山道

当時の関所は、いまでいえば、海外に出向いたときのイミグレーションに似ている。なんとかそこを越えた芭蕉と曾良の前にはこの山道? 当時の雰囲気を残す道とはこのあたりをいうのだろうか。峠越えの道はかなりつらかったはず。僕らもその急坂に息を切らす。のぼりきったところを走っていたのは国道でしたが。

Scene04

道

鳴子温泉郷観光協会がホームページに掲載している案内図では、旧道は国道を横切り、さらに山のなかに向かってのびていた。しかし空は刻々と暗さを増し、その道の入り口がみつからない。しかたなくとぼとぼ進む。走るトラックからの風圧と排ガスにさらされながら歩く。荷物が肩にずっしり重い。

Scene05

SL

すっかり暗くなってしまった。鳴子温泉駅を出てから1時間ほど歩いたところで、温泉旅館らしい建物の灯が見えてきた。中山平温泉? 阿部稔哉カメラマンと話をする元気もなく、無言で歩き続ける。そこからさらに30分。SLが展示されている中山平温泉駅前に出た。ふーッと肩の力を抜く。

Scene06

中山平温泉駅

中山平温泉駅は、駅前に雑貨屋風の店が1軒あるだけの小さな無人駅だった。僕らはここから列車で新庄に向かう。しかし芭蕉の時代は、暗くなっても歩かなくては宿にたどり着くことができなかった。芭蕉が初夏から初秋にかけて旅をしたわけがやっとわかった。日が長かったのだ。そこまで考えての旅だったわけだ。

Scene07

養泉寺

新庄で1泊。翌朝、レンタカーで尾花沢の養泉寺へ。芭蕉はこの寺に7泊。芭蕉は句会の礼金や餞別(せんべつ)を足しに旅を続けた。曾良の日記には意味不明の□(四角)のマークが記されている。芭蕉の研究者たちは、これが受けとった金では……という。尾花沢を発つ日の日記にも□マーク。地元名士からの餞別だったらしい。資金的には綱渡り旅。芭蕉がちょっと好きになる。

Scene08

リンゴ畑

行く先々で路銀を調達していく旅。それを担ったのは曾良だった。芭蕉と曾良は尾花沢から立石寺へ。途中まで馬に乗ったというが。僕らはレンタカーでその道をたどる。前日、歩いた足をいたわりながら。リンゴ畑に囲まれた道を進むと旧道を示す碑。芭蕉もここを歩いた? 背後の月山の頂はすでに雪に覆われていた。

Scene09

せみ塚

立石寺は石段の寺。登山口から奥の院まで1000段を超える。その途中にあるのが「せみ塚」。案内板には、「句を書いた短冊を芭蕉がここに埋めた」と記されているが。塚があるのは、長い石段のなかほど。ここで休む人が多い。年配ツアー客のなかには、ここで断念する人も。セミの声がしみ入る岩はここからも見えますから。

Scene10

仁王門

「せみ塚」からしばらく石段をのぼると仁王門。青空、紅葉……。パンフレットに使えそうな写真が撮れた。芭蕉が巡拝したのは遅い午後。季節は夏。そして当時はこの仁王門もなかった。観光客も多く、「閑さ」とはほど遠い。およそすべてが違いますが。でも、これだけ参拝客が多いのは芭蕉のおかげです。

Scene11

郵便局員

ときに参拝客で「密」になる石段を眺めていると、しっかりした足どりで、観光客を次々に追い越す男性の姿が。僕の前を通り過ぎ、その背中を見るとこのマーク。立石寺の住職によると、「雪が降っても毎日来る」とのこと。ポストは1000段を超える石段をのぼりきったところにある。日本の郵便局員には頭がさがる。

Scene12

紅花

この一帯で見てみたい花があった。紅花だ。河北町の紅花資料館に向かった。ありました。紅花が咲くのは7月だが、館内には温室があり、そこに……。ほぼ黄色に見えるが、このなかに2%ほど紅の色素があるとか。紅は貴重品。京都に運ばれた。芭蕉をもてなしたのも、紅で財をつくった豪商だった。

Scene13

料理

新庄に戻った。駅周辺はチェーン店が多い。なんとか地元の味をと、「赤べこ」という店に入ってみた。「まだ脂がのっていないけど……」と出してくれたのは寒ダラ汁(手前)。酒を飲む前にこれを食べるのが新庄スタイルとか。山形牛を使った煮込み、天ぷらなどいろいろ出てきてひとり2000円。安ッ。

Scene14

「赤べこ」

芭蕉の句に関する資料を読んでいると、しばしば登場するのが、歌人で精神科医だった斎藤茂吉。山形県の出身だ。「閑さや~」の句も、そのセミはアブラゼミかニイニイゼミかで、立石寺での実地調査まで行っている。「『赤べこ』のご主人(写真前列右)、斎藤茂吉に似てませんか」と阿部カメラマン。僕らにも芭蕉がかなり入ってきています。

Scene15

霧

ほろ酔いで店を出ると、新庄の街は濃い霧に包まれていた。「赤べこ」のご主人が、土産に「ぺそら漬け」をくれた。色を抜いたナスを塩と唐辛子で漬けた山形県の名物だ。それを手に宿に戻る。「これ、どうしようか。明日の最上川下りの船のなかで食べることにしようか……」

※取材期間:11月5日~11月6日
※価格等はすべて取材時のものです。
※「奥の細道」に登場する俳句の表記は、山本健吉著『奥の細道』(講談社)を参考にしています。

【次号予告】次回は新庄から鶴岡へ。

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BOOK

迫る夕闇、関所を越えて山形へ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅9

2019年に連載された台湾の秘境温泉の旅が本になりました。

台湾の秘湯迷走旅(双葉文庫)
温泉大国の台湾。日本人観光客にも人気が高い有名温泉のほか、地元の人でにぎわうローカル温泉、河原の野渓温泉、冷泉など種類も豊か。さらに超のつくような秘湯が谷底や山奥に隠れるようにある。著者は、水先案内人である台湾在住の温泉通と、日本から同行したカメラマンとともに、車で超秘湯をめざすことに。ところがそれは想像以上に過酷な温泉旅だった……。台湾の秘湯を巡る男三人の迷走旅、果たしてどうなるのか。体験紀行とともに、温泉案内「台湾百迷湯」収録。

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日文庫)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)、「世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ」(朝日文庫)など。最新刊は、「台湾の秘湯迷走旅」(双葉文庫)。

  • 阿部稔哉

    1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

歩いて歩いて、あの句が詠まれた平泉へ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅8

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