温泉+心休み 寝台列車でゆくスローな旅 島根「さぎの湯荘」
文: 石井宏子

昨年末、寝台列車に乗って、心を休めるスローな島根の温泉旅へでかけました。「サンライズ出雲」は東京駅を22時ちょうどに出発する夜行寝台特急で、国内唯一の定期(毎日運転)夜行寝台列車です。夜景きらめく都会を抜け出すように走り出すスローな鉄道の旅から始まり、日本の文化にふれて、心も保養する温泉旅になりました。(トップ写真:安来駅では「盛り上げ隊」のどじょうすくい踊りのサプライズに出会えることも)
「サンライズ出雲」シングルデラックスはぜいたくな船旅のよう

サンライズ出雲のシングルデラックスの個室
サンライズ出雲の一番人気はシングルデラックス。ぜひ乗ってみたいと思っていました。通路から階段を上った2階部分の個室です。ゆったり横になれるベッドと羽毛布団、大きな鏡の洗面台、デスクと椅子もあり、まるで船旅の個室のような雰囲気です。浴衣、タオル、せっけんやスキンケアのアメニティー、列車内のシャワーチケットもついているので旅行バッグを開かずとも不自由なく過ごせます。

各部屋へ車掌さんが「切符拝見」にやってくる
車掌さんが部屋へやってきて切符の確認。気さくに笑顔で記念撮影に応じてくださいました。楽しい旅になりそう。
【動画】「サンライズ出雲」の車窓(伯備線)
夜景の街を過ぎると星空、いつしか眠りに落ちて、朝6時すぎの岡山駅到着のアナウンスで目覚めました。中国山地を越える伯備線。渓流沿いで夜が明けて、雪の里山風景に心が和みます。およそ11時間のゆったり鉄道旅で、朝9時すぎに安来駅へ到着すると、あれ? ホームに誰かいる……。「あ~ら、エッサッサ~」と、安来節に乗って踊るどじょうすくいのお出迎えです。
伝統の藍染めで自分だけのストールを作る

天野紺屋で藍の糸染めを見学
宿へ荷物を預けて、さっそく向かったのは「天野紺屋(こうや)」の藍染め工房です。安来市広瀬町は古くから広瀬絣(がすり)の里として栄え、糸の藍染めを行う多くの紺屋があったそうです。5代目の天野尚さんは「青蛙」の名前で藍型染めの作家としても活躍している方です。体験の前に藍とは何か、他の染め物とどう違うのかを教えていただきました。藍は植物で、収穫して発酵させたものを、程よい温かさの水の中に浸しておくと独特の菌が育ち美しい藍色に染めるインディゴ色素をもたらしてくれるそうです。菌が好きな食べ物、よく働いてくれる温度は、工房それぞれに異なるそうで、天野紺屋の藍は、水あめを好むそうです。なんだか可愛いですね。

藍染め教室で自分だけのストールを作る
藍染め体験で自分だけのストール作りです。元となるストールの種類もたくさんあって、綿、麻、シルク、レーヨン、ウールなど天然素材の組み合わせや織りの違いによっても染め上がりの雰囲気が変わります。天野尚さんの指導で、藍液の中へ思い切ってどぼーんと浸し、しっかりもみ込みます。30秒もんだら、引き揚げて絞り、空気をたくさん入れ込むようにすると鮮やかな藍色に変わっていきます。染めの濃さは藍液につける回数で変わります。

染めた作品を干して記念撮影
完成した作品を天日で乾かしているところ。右から2番目がわたしの作品です。同じ染め体験をしても、全く個性の違うストールができました。当日持ち帰って宿で一晩乾かせば、翌日から旅で使えるのもうれしい。
創建1430余年とされる安来清水寺で精進ランチ

風格ある安来清水寺の参道の石段
安来清水寺の参道へ進むと、すーっと澄んだ空気が漂いすがすがしい気持ちになります。山の清水が流れる音に癒やされながらゆっくりと石段をのぼり、境内の宿「紅葉館」へ。お目当ては清水精進料理のランチ、日本の伝統的ビーガン料理として海外からのゲストにも注目されています。

紅葉館の精進料理、3,300円コースの前菜
ひとつひとつの味わいや食感のおいしさに驚きました。前菜のひし形の小皿はくわいを素揚げにしたチップスに香茸(コウタケ)を調理した粉末がかかっています。ポルチーニによく似たコウタケの芳醇(ほうじゅん)な香りがぱっと広がり、ほろ苦のくわいの風味とあいまって、目を見張るおいしさ。なんだか白ワインが飲みたくなってしまいます。名物のひとつでもある精進いか刺しは、わらび粉で作ったイカもどきのお造り、かんきつをきゅっと絞ってワサビじょうゆでいただくと、弾力といいねばりといい、まるでイカの食感。

このごま豆腐を食べに再訪したくなるおいしさ
ごま豆腐は熱々で運ばれてきます。白ごまに昆布だしをあわせて吉野の本葛で練り上げ、もっちりとろとろ。香り豊かなごま豆腐にほんのり甘辛のあんがからんで体の中がぽかぽかと温まってきます。
田園にたたずむ蔵造りの離れ 部屋で湯を満喫

さぎの湯荘の蔵造りの離れ
1300年ほど前に発見された歴史あるさぎの湯温泉。今回はお部屋で温泉を満喫したいと思い、さぎの湯荘の蔵造りの離れに泊まることにしました。田園風景の中に白壁の蔵が2棟、中はメゾネットスタイルに改装され、庭を眺める美しい露天風呂があるのです。
【動画】「さぎの湯荘」露天ぶろ付きの室内
部屋の2階がベッドルームで、1階にリビングと温泉。源泉かけ流しの温泉を独り占めです。到着してすぐ温泉につかり、夕食の後少し休んでまた温泉、ひと寝入りして夜中に月を眺めてちょっと温泉、朝目覚めたらまた温泉と、あまりの気持ち良さにひたすら温泉に浸っていました。泉質は含弱放射能-ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉。50度ほどの源泉をそのままかけ流しにしていて、やわらかな温泉にうっとり。体の芯まで温まり、肌をしっとり保湿する成分もたっぷり。美しい庭と月山富田城(がっさんとだじょう)へと続く山並みの借景をぼんやり眺めて心の中までほっと温まるような露天風呂です。
山陰の冬の味覚・生け松葉ガニの夕食

冬の味覚・松葉ガニを味わい尽くす
漁港が近い安来ならではの活カニ料理。ゆでガニは、そのままの身の甘さを味わったり、カニみそをからめて濃厚さを楽しんだり。カニ鍋は、うまみたっぷりのだしをしめの雑炊に仕上げます。

焼きガニは絶妙のタイミングで焼いてくれる
甘さ引き立つ炭火焼き。足は最もおいしい焼き加減を見て皿へ移してくれます。芳しい香りとカニ肉の甘味が日本酒とあう。甲羅には、身のおいしいところをカニみそと絡めたものがのせてあって至れり尽くせり。
足立美術館まで宿から徒歩1分

絵画のように庭を楽しめる場所も
宿から徒歩1分で行ける足立美術館は何度訪れても楽しい。美しい庭の風景も季節が違えば、全く異なる風景になるし、季節ごとにテーマを変えて展示が入れ替わるコレクションも楽しみなのです。朝食後のコーヒーを足立美術館の喫茶室で庭を眺めて味わいます。

足立美術館に新設された「魯山人館」
新しくできた魯山人館は、「明るい曇り空の光」を追求した照明デザイン。均一な拡散光が室内にいきわたり、強い陰影が生じないように設計されているのだそうです。味わい深い書や絵画などもあり、若い頃から晩年のものまで、北大路魯山人の世界に魅了されました。
安来清水寺 紅葉館
https://www.kouyoukan.co.jp/
天野紺屋
https://www.amanokouya.com/
*藍染め体験は要予約
さぎの湯温泉 さぎの湯荘
https://www.saginoyusou.com/
*松葉ガニ会席のおひとり利用は電話で予約
足立美術館
https://www.adachi-museum.or.jp/
■「楽しいひとり温泉」ポイント
1. 寝台列車で行くスローな旅
2.日本文化体験で心にも栄養
3.自分だけの温泉を満喫