永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶

(94) 余裕の心がもたらす決定的瞬間 永瀬正敏が撮った台北

国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。今回は渋滞する台北の道路でとらえた一コマ。余裕を持った心が生み出した瞬間でした。

(94) 余裕の心がもたらす決定的瞬間 永瀬正敏が撮った台北

©Masatoshi Nagase

決定的瞬間!

人それぞれ、その種類は違うだろう。

僕はよくスポーツの決定的瞬間をとらえた写真に驚嘆する。
よくこんな一瞬をピントもブレずに撮影できるもんだと。しかも長いレンズで。
写真のクオリティーの高さにも毎回驚きを覚える。

スポーツが醸し出す究極のスピードの世界を、
見事に切り取った作品が世界中にたくさんある。
また逆に“静”の瞬間を切り取って、それまでの死闘を表現した作品にも素晴らしいものが多々ある。
フィルム撮影しかないアナログの時代から、
それこそまだカメラが一般的ではない時から、
そういう決定的な瞬間をとらえた数々の名作が残されている。
いつか自分もスポーツの躍動感やその裏にあるものが伝わるような写真を撮ってみたい。

台北の主要道路。東京と同じで時間帯によってはものすごく渋滞する。
この日もそうだった。
なかなか車が進まない状況の中、隣のトラックの男性は、
「いつものことさ」と言わんばかりに余裕しゃくしゃくに見えた。
「そうだなぁ、イライラするよりこの状況を楽しむぐらいの心持ちじゃなきゃな」
そう思っていた時、この瞬間を迎えた。

何ともほほえましい瞬間だった。
そして、彼にレンズを向けていた幸運に感謝した。
その男性はこの後僕の方を見てニッコリ笑い、また余裕の顔で前方を見据えた。

僕がとらえた決定的瞬間は、この心に余裕を持つ男性からもたらされた。

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PROFILE

永瀬正敏

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(89年)、山田洋次監督「息子」(91年)など国内外の約100本の作品に出演し、数々の賞を受賞。カンヌ映画祭では、河瀬直美監督「あん」(2015年)、ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(16年)、河瀬直美監督「光」(17年)と、出演作が3年連続で出品された。近年の出演作にオダギリジョー監督「ある船頭の話」、周防正行監督「カツベン!」、甲斐さやか監督「赤い雪」 、大森立嗣監督「星の子」など。 写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2021年1月から3月まで、愛知県の「高浜市やきものの里かわら美術館」で写真展が開催された。2018年、芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞。

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