楽園ビーチ探訪

カツオ・寿司・海底ワイン…… 絶景西伊豆・田子の味めぐり

とある日、東京・六本木にあるこだわりの調理器具のショップで、木製の箱のような「鰹節(かつおぶし)削り器」を見かけました。「わぁ、なつかしい」と手に取ると、一緒にいた後輩が「それ、なんですか?」。今は主にパックでしか見かけなくなった鰹節。子どものころ、木片のような鰹節を手に、大工さんのカンナのごとく、シャカシャカとひたすら削った台所のお手伝いは、今や忘れ去られた習慣なのかもしれません。でも、ごはんの上に削りたての鰹節をのせて、しょうゆをたらり。これだけでごちそうなのに、知らないのはもったいない。そんな鰹節の名産地のひとつが、昨夏訪れた静岡県西伊豆町の田子(たご)です。(トップ写真:「日本の夕陽百選」に選ばれた大田子〈おおたご〉海岸のサンセット。水面から顔を出す手前の岩が通称メガネッチョ〈ゴジラ岩〉)

連載「楽園ビーチ探訪」は、リゾートやカルチャー、エコなどを切り口に、国内外の海にフォーカスした読み物や情報を発信するビーチライターの古関千恵子さんが訪れた、世界各地の美しいビーチや、海のある街や島を紹介いたします。

素朴なうまさ、伝統製法守る鰹節・シオカツオ

国道136号線からぽつんと立つ信号を目印に脇道を下りていくと、集落へ入る手前に、鮮やかな看板の「カネサ鰹節商店」があります。昔ながらの手火山’てびやま)式焙乾(ばいかん)法を守る、今では数少ない鰹節店です。この製法は薪で燻(いぶ)す鰹節の熱量が均等になるよう、素手で調整していきます。一番火の鰹節の温度は実に130度。高温の鰹節を焦がさないぎりぎりのところで燻し乾燥させることで、鰹のうまみを閉じ込められるのだそうです。

背後に緑深い山が迫る「カネサ鰹節商店」

背後に緑深い山が迫る「カネサ鰹節商店」

また、田子の名物といえば、「シオカツオ」。内臓を取り除いたカツオを一本丸ごと塩に漬け込み、つるして乾燥させた江戸時代から続く乾干し塩蔵品です。「シオカツオ」は「ショウガツ」と響きが似ていることから、お正月に欠かせない贈答品だったそう。豊漁豊作・子孫繁栄を願ってワラで包んだシオカツオを飾り、神棚に備え、三が日が過ぎたら、おいしくいただいたそうです。

カツオ漁で栄えた田子の風習、ワラで包んだ正月飾りのシオカツオ©西伊豆町観光協会

カツオ漁で栄えた田子の風習、ワラで包んだ正月飾りのシオカツオ©西伊豆町観光協会

カツオ遠洋漁で栄えた「パラダイス」

田子の集落は、背後に山並みが迫り、入り組んだ海岸線との間の平地が少ないため、居住できるエリアが限られています。信号もなく、コンビニも見かけない、のどかな漁師町の風情。それでも、かつてはカツオの遠洋漁で活気に満ちていた時代があったとか。

当時の話を、「シーランドダイビングサービス」を営む、生まれも育ちも田子の山本賢郎さんにうかがいました。

尊之島(そんのしま)が沖に浮かぶ田子漁港。水揚げされるのはタチウオやアジ、タイ類、イカなど

尊之島(そんのしま)が沖に浮かぶ田子漁港。水揚げされるのはタチウオやアジ、タイ類、イカなど

山本さんが幼かった頃、親戚のおじさんたちもカツオ船の乗組員で、中米のパナマ運河付近までよく遠征していたそうです。その頃の田子にはパチンコ店や映画館もあり、駄菓子屋さんも数十軒を数え、大人から子供まで娯楽のパラダイス。集落内ですべてが完結したほど店が充実していたとか。

「サンマみりん干し」は田子のソウルフード

そんな山本さんいわく、田子のソウルフードといえば、サンマのみりん干し。甘辛いタレの風味が独特だそうで、他の土地で食べてもピンと来ず、田子のものを食べると「これでなきゃ!」と納得いくそう。

こちらはサバのみりん干し。タレのうまさが自慢だそうです

こちらはサバのみりん干し。タレのうまさが自慢だそうです

目下、田子にある3軒の魚加工場のひとつ、「入久水産」を訪ねてみました。少し薄暗い建物の中で、数人の男性が魚の切り身を洗い、調味料に漬けるなど、もくもくと作業を続けています。おすすめは、やはり「サンマのみりん干し」。入久の「西伊豆自慢品」としてPRされています。そして近海のあじの干物。3000円ほどまとめ買いしたら、いろいろおまけをいただきました。

みょうがの葉と酢飯で、かんぴょうなどの具材を挟んだ田子寿司(すし)©西伊豆町観光協会

みょうがの葉と酢飯で、かんぴょうなどの具材を挟んだ田子寿司(すし)©西伊豆町観光協会

漁師町の田子において、船おろし(進水式)などの祝い事でふるまわれる、ここならではの味といえば、田子寿司(すし)。みょうがの葉と酢飯の間に、甘辛く煮たかんぴょうやしいたけを挟んだ押し寿司です。港町なのに山で採れる具材が入っているところがユニークですが、江戸と大阪を結ぶ廻船の日和待ちの港だったことから、上方の食文化が伝わったとの説があるそうです。

今、イベント時ではなくても田子寿司にありつきたいなら、田子漁協ストアへ。1日に12~13個と限られていますが、富久屋さんの田子寿司が並びます。冬は季節限定でゆずの香りが付けられています。

海がはぐくむ「海底熟成ワイン」

田子の沖合で眠る「西伊豆海底熟成ワインVOYAGE」©株式会社Enjoy.

田子の沖合で眠る「西伊豆海底熟成ワインVOYAGE」©株式会社Enjoy

伝統的な食がある一方で、新しい食体験も田子の海で育まれています。それは、海底熟成ワイン。水深15メートルの海底に約半年間眠らせるうちに、水中の微振動によって長期熟成したような、まろやかな味わいに変化するとか。ボトルに付着したフジツボや石灰藻(せっかいも)も、ロマンを感じさせます。田子の海が育む産物のひとつとして、西伊豆町のふるさと納税の返礼品にもなっています。

国道136号線から、うっかりすると通り過ぎてしまう田子。脇道を下りていくと、おいしい食体験が待っています。

【取材協力】
西伊豆町観光協会 https://www.nishiizu-kankou.com/

>> 連載一覧へ

PROFILE

古関千恵子

ビーチライター。リゾートやカルチャー、エコなどを切り口に、国内外の海にフォーカスした読み物や情報を発信する。ダイビング雑誌の編集者を経てフリーとなり、“仕事でビーチへ、締め切り明けもビーチへ”を繰り返すこと四半世紀以上。『世界のビーチ BEST100』(ダイヤモンド・ビッグ社)の企画・執筆、『奇跡のリゾート 星のや 竹富島』(河出書房新社)の共著のほか、ファッション誌(『Safari』『ELLE Japon』など)やウェブサイトに寄稿。ブログも配信中。

上から見るか、下から見るか 地球が生んだ絶景・岩手「碁石海岸」

一覧へ戻る

ずっと海を眺めたい 丘から絶景 熱海の隈研吾デザインプチリゾート

RECOMMENDおすすめの記事