永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶

(97) 街角で思い出した祖父の面影 永瀬正敏が撮ったトルコ

国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。今回はトルコで見かけた小さな店。店主と思われるこの男性に、永瀬さんは祖父を重ねていたのです。

(97) 街角で思い出した祖父の面影 永瀬正敏が撮ったトルコ

©Masatoshi Nagase

トルコの街中で見かけた男性。この小さな店の店主だろう。

目の前のメインストリートは、たくさんの車や人々が行き交っていてとてもにぎやかな場所。
でもこの男性はそんな喧騒(けんそう)にはお構いなしに、
ピスタチオをほおばりながら、のんびり店番をしていた。
そのギャップが面白いなと思い、しばらくその場にいた。

その間に、何人かのお客さんがやってきたが、
店主は全く変わらず「どうぞ勝手に見ていってくれ」と言わんばかりのマイペースさを保っていた。
でも決して嫌な感じはしない。お客さんたちの店主に対する態度を見ていてもそう感じる。
ちゃんとそこに愛があるのだ。

その雰囲気が撮影できればと1枚だけシャッターを切った。

僕の母方の実家は小さな薬屋さんだった。
祖父の家系が代々営んでいて、僕は幼い頃からその店でよく遊んでいた。
祖父は昔気質の人で、お客さんの状況を聞いては言葉少なに、
「それは薬に頼るより、よく体を休めて、あれを食べなさい」などと話して、
結局薬を売らなかったりすることが多々ある人だった。
「こちらの高い薬よりこちらの薬の方があなたの症状には効くから」と安い方の薬をわざわざ勧めたり。
祖父は薬の飲み過ぎは良くないと、極力薬を売らない人だった。薬屋さんなのに……。
幼心に心配したものだが、僕はそういう祖父が大好きだった。

時代の流れには逆らえず、この“町の小さな薬屋さん”も徐々に体力を失っていった。
お客さんも以前に比べるとかなり減ってしまったが、
それでも昔からの何人かの常連さんは通い続けてくれていた。
祖父のお客さんに対する接し方も変わらなかった。

祖父がだんだん衰えていって、お客さんに間違った薬を出してしまうのが怖い、と言い出した。
母は店を守るため、祖父の思いを守るため、必死に勉強し、
僕が役者としてデビューする少し前、当時の薬種商(薬種商販売業)の資格を取った。
数年後その祖父も他界し、5人姉妹の中で3番目の母が唯一資格を持っていたのだが、
その母も3年程前に他界して、その小さな店は、幕を閉じた。

この店主と祖父が似ているわけではない。どちらかというと真逆かもしれない。
でも、店主を見ていて僕は祖父のことを思い出していた。

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PROFILE

永瀬正敏

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(89年)、山田洋次監督「息子」(91年)など国内外の約100本の作品に出演し、数々の賞を受賞。カンヌ映画祭では、河瀬直美監督「あん」(2015年)、ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(16年)、河瀬直美監督「光」(17年)と、出演作が3年連続で出品された。近年の出演作にオダギリジョー監督「ある船頭の話」、周防正行監督「カツベン!」、甲斐さやか監督「赤い雪」 、大森立嗣監督「星の子」など。 写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2021年1月から3月まで、愛知県の「高浜市やきものの里かわら美術館」で写真展が開催された。2018年、芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞。

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