メトロノームの形、誰の墓? 散策して生きる喜び ウィーン中央墓地
文: 相原恭子(文・写真)

ツアーの行き先としてはメジャーでないけれど足を運べばとりこになる街を、ヨーロッパを知り尽くした作家・写真家の相原恭子さんが訪ねる「魅せられて 必見のヨーロッパ」。今回は2019年に出かけたオーストリアの首都ウィーン。作曲家や文化人が多く眠る中央墓地を散策して、生きる喜びを感じたといいます。
路面電車で、ふらりと中央墓地へ
ウィーン滞在中のこと、街の中心部にある国立歌劇場の近くから路面電車S71に乗って、ふらりと中央墓地(Zentralfriedhof)へ出かけました。
車内で隣に座った老紳士に「どこへ行くんですか?」と尋ねられ、「中央墓地へ」と答えると、「中央墓地のどこへ?」と聞き返されました。中央墓地と名前の付く停留所は四つもあるため、「間違って降りると道に迷いますよ」と言われました。「ゲート2(2.Tor)で降ります」と答えると、「ああ、音楽家の墓所へ行くんだね」と老紳士。
30分余りで到着し、路面電車を降りると目の前に堂々とした門があります。その横でお花や天使などの小さな像を売る店がいくつか並んでいます。

お花やローソク、小さな天使などの像を売る店
門前のお花屋さん、といったところでしょうか。ベートーヴェンのファンとしてはお花をささげたいのですが、そのスペースがあるのかどうかわからないのであきらめました。
お店の女性は、お花は撮影しても良いけれど、像がたくさん並んでいる所は「撮影禁止です」と言います。くしくも父の命日なので、小さな天使の像を買いました。

購入した小さな天使の像。5ユーロでした
「In stillem Gedenken」と記されています。静かな思い出の中で、というような意味ですから、音楽が好きで、若い頃バイオリンを弾いていた父の供養になりそうです。
2.5平方キロもの広さがある公園墓地

秋の晴れた日。公園墓地は緑が多く、気持ち良い風が吹き抜けます
ウィーン中央墓地はヨーロッパ有数の広さを持つ墓地で、面積は2.5平方キロほどです。

公園のような墓地です
親族のお墓参りをする人たちよりも、散歩する人たちや観光客の姿が目立ちます。
両親のお墓参りに来たという地元の男性に聞いてみると、「オーストリア人も日本人と同様に、普通の墓地なら散策することはありませんよ。特にこのあたりは墓地の中でも世界的な著名人が多数眠っているから、外国からの観光客も、地元の人々も訪れるのです」と言います。
ちなみに中央墓地では、今も毎日20~25件もの埋葬が行われています。

正面に中央墓地の教会である「聖カール・ボロメウス霊園教会」が見えます
ベートーヴェンなど音楽家の墓へ

「音楽家」と書かれた立て札が
音楽家の墓が並ぶ場所に着きました。

(左)モーツァルトの記念碑、(右)ベートーヴェンのお墓
左側の写真はモーツァルトの墓碑(別の場所に埋葬されています)。愛らしい雰囲気があります。その左奥に見えるのが、右側の写真のベートーヴェンのお墓です。
ベートーヴェン生誕250周年(2020年)の前年だったためか、それとも元々人気があるのか、ベートーヴェンのお墓には常に人だかりがありました。竪琴とチョウのモチーフで飾られ、お墓はメトロノームをかたどっているといわれます。
ベートーヴェンといえば、私はピアノソナタが好きですが、彼は最初、ピアニストとして名声を博し、貴族の注目を集めました。ピアノを教えた貴族の令嬢と恋に落ちた、というのもうなずけます。
<遺書、恋文、隠し子も? ベートーベン生誕250年を前にウィーンゆかりの地をめぐる (3)>で紹介したように、現代ではミノナという娘までいたという説が、ヨーロッパの研究者の間では有力になっています。

(左)シューベルトのお墓、(右)スッペのお墓

緑の中を歩きながらたくさんのお墓をめぐりました
どの墓標もそれぞれに個性的にデザインされていて見ごたえがあります。
クラシックの音楽家ばかりでなく、ヒット曲「ロック・ミー・アマデウス」で知られるファルコ(1957~1998)や、ドイツ語圏の大物ポップス歌手で、日本ではペドロ&カプリシャスが歌った1971年のヒット曲「別れの朝」の作曲者でもあるウド・ユルゲンス(1934~2014)なども中央墓地に眠っています。
明るい雰囲気の聖カール・ボロメウス霊園教会

聖カール・ボロメウス霊園教会の内部
聖カール・ボロメウス霊園教会の中へ入ってみました。ユーゲントシュティール(アール・ヌーボー)様式で建てられていて、明るい雰囲気です。1899年に建築家マックス・ヘーゲレ(1873~1945)が設計し、1908~1911年にかけて施工されました。

教会の円天井
円天井は、ラピスラズリを思わせる深い青が印象的です。

振り返ると、入ってきた門が正面に見えます
墓地を散策しながら、生と死について思いをめぐらせました。
栄華を誇った人々にも、喝采(かっさい)を浴びた人にも、天才にも、誰にでもいつかは死が訪れます。
「メメント・モリ」(死を思え)という言葉が浮かんできました。解釈は色々あるかもしれませんが、私は、死を意識してこそ、今生きていることが輝いてくるのだと受け止めています。
ベートーヴェンは耳を患ってハイリゲンシュタットの遺書を書いた後にも、多くの傑作を世に出しました。オペラ「フィデリオ」、交響曲第9番、ピアノソナタ「熱情」……。著名な作品はむしろ「遺書」の後に書かれています。いっときでも死を見つめると、一瞬一瞬も無駄にしてはもったいない、ぼんやり生きてはいられない、と感じるのかもしれません。
秋の日を浴びながら並木道を歩くと、改めて生きる喜びが静かに湧いてくるような気がしました。
■ウィーン市観光局
https://www.wien.info/ja
■オーストリア航空
https://www.austrian.com/ja_jp/