クリックディープ旅

福井から若狭湾を眺め敦賀へ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅15

下川裕治さんが、松尾芭蕉の「奥の細道」の行程をたどる旅。前回は石川県の山中温泉で、足湯だけを体験し先を急いだ下川さん。今回は越前ガニが名物の、福井県の海沿いを進みますが……。

■本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと、相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。

(写真:阿部稔哉)

奥の細道を歩く・山中温泉から敦賀へ

地図

「奥の細道」をたどる旅も大詰め。山中温泉から日本海に沿った道を南下し敦賀(つるが)に進む。山中温泉から芭蕉と曾良は別々に進むことになる。山中温泉を発ったのは芭蕉のほうが先だったが、那谷寺(なたでら)から小松に戻っている。曾良はそのまま福井へ。曾良と離れたため、芭蕉がどの道を進んだのかははっきりしない。しかし曾良には、進む道をだいたい伝えたようで、曾良はそのルートを先まわりするように歩いている。僕らもその道に沿って福井、そして敦賀へと進んだ。

「奥の細道」は、1689年、松尾芭蕉が約150日をかけ、東京(江戸)から東北、北陸などをまわった紀行文。馬や船も利用しているが、基本的には歩き旅である。発刊は芭蕉の死後の1702年。

短編動画

敦賀の気比(けひ)神宮で詠まれた句。「月清し遊行(ゆぎょう)のもてる砂の上」。「遊行のもてる」は説明が必要。遊行とは、鎌倉時代の遊行上人(しょうにん)のこと。時宗という宗派の開祖である一遍と、その弟子の他阿(たあ)を指すことが多い。他阿は気比神宮の参道の泥沼の草を刈り、土や砂を入れて歩きやすくした。それが「遊行の砂持(すなもち)」といわれていた。それをヒントに、「砂を照らす月がすがすがしい」と芭蕉は詠んでいる。

今回の旅のデータ

山中温泉から加賀温泉駅までは路線バスを使った。加賀温泉駅から福井、そして敦賀までは鉄道に乗れば一気に着いてしまう。しかし芭蕉は、若狭湾に沿った道を歩いたようだ。そこでそのルートを走るバスを探した。路線バスはなかったが、冬季限定の「越前海岸かにかにツアーバス」が走っていた。料金は1200円。そこには食事代などは含まれていないが、沿線の飲食店など対象施設を利用することを条件にバスに乗ることができる。このツアーバスに若狭湾に面した玉川温泉から乗った。玉川温泉まではJR武生(たけふ)駅から路線バスとタクシーを利用した。

山中温泉から敦賀へ「旅のフォト物語」

Scene01
道

山中温泉から路線バスで加賀温泉駅に着いた。ここから福井に向かう。東京と金沢を結ぶ北陸新幹線は、いま、金沢から敦賀までの延伸工事が進んでいる。加賀温泉駅も工事の真っ最中。改札からホームまで、くねくねと曲がる通路をかなり歩く。この先に本当にホームがある? そんな不安が脳裏をかすめるほど長い。

Scene02
オブジェ

北陸線の普通列車に乗って福井へ。駅の西口に出ると、大きな恐竜のモニュメント。発券窓口前のベンチにも、コロナ禍に気を遣い、マスク着用恐竜。福井駅は恐竜駅でした。これは、福井市から車で1時間ほどの勝山市で恐竜の化石がみつかったことをきっかけにした「恐竜王国福井」のPR。恐竜、なかなかリアルです。

Scene03
ラーメン

駅構内を歩いていると、「おッ、8番らーめん」と足が止まった。気分はタイに飛ぶ。タイの多くのショッピングモールには、この店が出店している。タイ人に人気のラーメン店だ。日本ではあまり見かけないこのチェーン、発祥は石川県加賀市とか。コロナ禍でタイに行けない。つい入ってしまった。野菜ラーメン、649円。

Scene04
列車

翌朝、特急しらさぎで福井から武生に向かう。北陸線は旧街道の北陸道に絡むようにのびている。芭蕉も北陸道を進んだはずだ。福井からは俳人、等栽(神戸洞哉・かんべとうさい)とのふたり旅。芭蕉は今庄(いまじょう)まで進み、そこから若狭湾沿いの道に進んだらしい。僕らは路線バスの関係で、今庄の手前の武生で降り、若狭湾沿いへ。

Scene05
織田信長像

武生駅前からかれい崎行きの路線バスに乗った。このバスが経由するのが織田(おた)。鳥居をくぐって織田のバスターミナルへ。そこにあったのが織田信長像。「なぜここに織田信長?」。調べると織田家のルーツは、この織田という説……。ここから愛知県である尾張に出ていったということらしい。

Scene06
タクシー

かれい崎行きのバスは、玉川温泉まで行かず、途中の梅浦から南下してしまう。そこで梅浦で降り、タクシーで若狭湾に面した玉川温泉へ。ここは芭蕉が立ち寄ったわけではない。それなのになぜ玉川温泉へ? そのわけはScene9で。タクシーは前日に予約したが、運転手が足りずに手配が大変だった様子。なんとか無理を聞いてもらった。

Scene07
雨宿り

玉川温泉に着いた。昼食の時間にはまだ早く、温泉の前にある港で時間をつぶす。と、雨が激しくなってきた。近くに車も通らないトンネルの入り口があった。行ってみると、奥に観音像。トンネルではありませんでした。なかで雨宿りというのも申し訳ない……と、ちょっと遠慮して入り口近くで小1時間。

Scene08
海

雨がやみ、日が差してきた。変わりやすい天気だ。近くの玉川漁港に行ってみた。目の前の若狭湾が輝いていた。芭蕉もこの海を眺め、等栽と句をつくりながら進んだのだろうか。等栽は芭蕉より年上。きっと歩調もゆっくりだったはず。地図を見ると対岸に「高速増殖原型炉もんじゅ」。

Scene09
湯気

「越前海岸かにかにツアーバス」に乗るための条件は、沿線の飲食店など対象施設を利用すること。そこにツアーバスが迎えにくるシステム。越前町観光連盟を通して予約を入れてもらったのが、玉川温泉の「かに八」という店だった。料理の予約の必要はなかったが、店の脇からこの湯気。そう、越前ガニを蒸していた。当然です。本場です。で、越前ガニを味わえた?

Scene10
越前がに

これが越前ガニ。で、メニューを見て固まってしまった。越前ガニは3コースのメニューで、横綱4万5000円、大関3万7500円、関脇2万9500円。阿部稔哉カメラマンと顔を見合わす。「無理だよなぁ……」。せっかく越前ガニの本場にきたというのに。僕らが選んだ料理は次のSceneで。

Scene11
海鮮丼

僕が頼んだのは、いちばん安い海鮮丼、2530円でした。予約まで入れて、なんだか申し訳ない気分なのですが……。でも、幻のエビともいわれるガサエビや甘エビ、ブリ、イカ……という豪華な海鮮丼。とくにガサエビは地元でしか流通しないものとか。ここまできたかいがあったと、越前ガニを頼めなかった自分を慰める。

Scene12
敦賀駅

「かに八」の前にやってきたツアーバスに乗り込んだ。バスは芭蕉が歩いた若狭湾沿いの道を進み、敦賀駅前に。芭蕉よりひと足先に敦賀に着いた曾良。日記によると、出雲屋という宿に、芭蕉がくることを告げ、一両を預けている。おそらく芭蕉は出雲屋に泊まったはず。その跡を敦賀市内で探した。

Scene13
アーケード

駅前から続く歩道にはこんなアーケードが。これなら雪が降っても大丈夫……と進んだが、人通りはわずかでシャッターを下ろした店も多い。シャッター通りは日本の多くの街で出現しているが、敦賀はアーケードは長くて立派だから、寂れぐあいがよけいに目立ってしまう。なぜこんなに立派? 考え込んでしまった。

Scene14
石碑

アーケード街を進むとありました。出雲屋のあった場所に、「芭蕉翁逗留出雲屋跡」と刻まれた石柱。芭蕉はこの出雲屋に、旅で使った笠と竹杖を渡したといわれている。もう旅も終わりということだろうか。笠はなくなってしまったが、竹杖は保管され、いまは敦賀市立博物館に。

Scene15
鳥居

出雲屋跡から敦賀駅に戻る途中に、動画で紹介した気比神宮があった。「奥の細道」によると、宿の主人に酒をすすめられ、夜に気比神宮に参詣(さんけい)している。敦賀に滞在中、芭蕉は色ヶ浜も訪ねている。そして旅の終着点である大垣に向けて出発する。僕らはその途中、長浜行きの夜の列車に乗った。

※取材期間:12月20~21日
※価格等はすべて取材時のものです。
※「奥の細道」に登場する俳句の表記は、山本健吉著『奥の細道』(講談社)を参考にしています。

【次号予告】次回は最終回。敦賀から大垣へ。

BOOK

福井から若狭湾を眺め敦賀へ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅15

2019年に連載された台湾の秘境温泉の旅が本になりました。

台湾の秘湯迷走旅(双葉文庫)
温泉大国の台湾。日本人観光客にも人気が高い有名温泉のほか、地元の人でにぎわうローカル温泉、河原の野渓温泉、冷泉など種類も豊か。さらに超のつくような秘湯が谷底や山奥に隠れるようにある。著者は、水先案内人である台湾在住の温泉通と、日本から同行したカメラマンとともに、車で超秘湯をめざすことに。ところがそれは想像以上に過酷な温泉旅だった……。台湾の秘湯を巡る男三人の迷走旅、果たしてどうなるのか。体験紀行とともに、温泉案内「台湾百迷湯」収録。

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日文庫)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)、「世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ」(朝日文庫)など。最新刊は、「台湾の秘湯迷走旅」(双葉文庫)。

  • 阿部稔哉

    1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

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