永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶

(99)女の子の笑みと我が家の雛祭り 永瀬正敏が撮ったカタール

国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。今回はカタールの街角で見かけた女の子。永瀬さんが思い起こしたのは「我が家の雛(ひな)祭り」だったとか。それは……。

(99)女の子の笑みと我が家の雛祭り 永瀬正敏が撮ったカタール

©Masatoshi Nagase

3月3日は、雛祭り。

僕の母方は女系家族で母も5人姉妹。
なので僕が幼い頃は、母の実家では雛祭りが盛大に行われていた。
数日前から倉庫に入っていた雛人形、雛道具を出し始め、
雛祭り前日ぐらいから、祖母と母の姉妹は全員で料理の仕込みを始める。

僕を含めた男の子たち(祖母にとっての孫たち)はというと、
“女の子の日”ということにかこつけて、なんの手伝いもせず、
たまにちょっかいを出しては叱られ、どちらかというとその日の料理やお菓子の方が楽しみだった。
3月3日は祖父の誕生日でもあったから、和と洋のスイーツを堪能できる絶好の機会でもあった。

でも、今思うと代々受け継いできた大切な雛人形を、
大事そうに箱から取り出し、飾り付ける祖母たちの姿を見ていて、
伝統を受け継ぐ大切さを知らず知らずのうちに教えてもらっていたんだと思う。
子供時代に節分や雛祭り、端午の節句など、
四季折々の伝統行事をきちんと経験させてもらっていたことは、今思うととてもありがたいことだ。
両親や祖父母たちに感謝している。

カタールの市場の中で伝統的な柄のクッションを背にして、
もたれ掛かっている少女がいた。
長い手足を目いっぱい伸ばし、ほほえんでいるその顔が、とてもかわいらしかった。
このクッションはおそらく、彼女の家族が経営している店の商品。
ほほえみの先には店の中で接客している家族がいた。
しばらくその場で遊んでいた少女は、この後店の中へ、家族の元へ帰っていった。

もちろんカタールには雛祭りはない。
でも、いつかこの少女も、
自分が背にしていた伝統的な織物の意味を感じ取る日がきっと来るだろう。

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PROFILE

永瀬正敏

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(89年)、山田洋次監督「息子」(91年)など国内外の約100本の作品に出演し、数々の賞を受賞。カンヌ映画祭では、河瀬直美監督「あん」(2015年)、ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(16年)、河瀬直美監督「光」(17年)と、出演作が3年連続で出品された。近年の出演作にオダギリジョー監督「ある船頭の話」、周防正行監督「カツベン!」、甲斐さやか監督「赤い雪」 、大森立嗣監督「星の子」など。 写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2021年1月16日から3月21日まで、愛知県の「高浜市やきものの里かわら美術館」で写真展が開催される。2018年、芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞。

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