ポップごと本が買える老舗 ハンモックのある市営書店 八戸の旅(上)

青森県東部の中心都市・八戸といえば、良質な魚介類が水揚げされる港町を真っ先に連想するのではないだろうか。近年は、知的好奇心が刺激されるスポットや、老舗酒蔵の新たな挑戦など、これまでのイメージとはちょっと違った角度で注目されている。2020年11月に訪ねたそんな八戸を、2回にわたって紹介したい。
(文・写真:吉川明子、トップ写真は手描きポップがずらりと並ぶ木村書店の棚)
創業90年余り 店員手描きポップが躍る
八戸には、全国的に注目されている老舗書店がある。JR陸奥湊(むつみなと)駅から歩いて約10分の木村書店だ。創業して90年余り、店内の奥には斎藤茂吉の肉筆を写した看板が掲げられている。店内は雑誌や漫画、小説、文庫本、実用書、文房具などが並び、地元の人が日常的に立ち寄る書店だが、他の書店にはないのが、カラフルな手描きのイラスト入りポップ。すべて“ポプ担”(ポップ担当)の書店員である及川晴香さんが一枚一枚描いているものだ。しかも、本をポップごと買うことができるという。

昭和な雰囲気が漂う木村書店
ヒントは「道の駅」の野菜売り場に
八戸で生まれ育った及川さんは、書店員募集の求人をハローワークで見つけ、「小さい頃から本が好きだったから」と、木村書店で働き始めた。ある時、本を探していた年配女性におすすめの本を聞かれてベストセラーを紹介したところ、「あなたが読んで面白かった本を紹介してほしい」と言われた。そこで、個人的におすすめしたい本にポップをつけることを思いつく。
「文章だけで表現するのは難しそうだと思っていた時、『道の駅』で野菜の横に絵入りのポップが置かれ、おいしい食べ方などを紹介していたのを見つけました。絵は学生時代に落書きする程度でしたが、絵で表現してみようと思ったんです」(及川さん)

雑誌や新刊書籍、文具もそろっている
はじめてポップをつけたのは2017年のこと。当初は店頭に張り出していたが、「このポップごとほしい!」とお客さんに頼まれ、戸惑いつつ差し出した。すると後日、そのお客さんが「また、ポップごと買いたい」と注文をくれた。家でポップと一緒に本を飾っていたら、友人に「私もほしい」と言われたというのだ。
「本と一緒にポップをお渡しすることで、本屋の雰囲気ごと持って帰っていただけるんじゃないかと気づきました」と、及川さんは語る。

文庫本にも大きなPOPがついてくる
ツイッターで「1日1冊」紹介も
お店の3代目代表の後押しもあり、ツイッターアカウントを開設。休みの日以外は1日1冊紹介するノルマを自らに課し、ツイッターで毎日さまざまな本や雑誌をポップと共に紹介している。
「数日に1回だと、そのまま描かなくなると思って、毎日描くことにしました! 1年で約300冊を紹介していることになります」(及川さん)
猫のキャラクター「きむねこ」を中心としたかわいくてカラフルなイラストと、味のある手書き文字で本の魅力を端的に表現。大きなしおりのような感じで本に挟まれており、「ジャケ買い」ならぬ「ポップ買い」で本を選んでしまいたくなる。書店の一角に専用棚があり、常時約80種類のポップ付き本が並ぶ。カラーコピーで量産することも考えたがきれいに発色せず、手間がかかってもいいものを出したいと手描きを続けているという。

たくさんのかわいいポップに目移りする!
「定番の本は売れたらまた取り寄せて同じポップを描くこともありますが、店では一期一会だと思って、本と出合ってもらえるとうれしいですね。でも、あくまで主役は本なので、ポップはついでに楽しんでもらえたら」(及川さん)
SNSで話題が広がるにつれ、他の地域に住む人から「送料がかかってもいいから、ポップごと取り寄せたい」と注文が入ったり、全国各地からわざわざこの店を訪れる人も増えたりしているという。また、イラスト入りのオリジナルグッズを作る、地元の菓子メーカーとのコラボ、本の表紙イラスト依頼など、及川さんはいち書店員の枠を超えた活躍を見せている。そんな及川さんに、おすすめの本を聞いてみたところ、『小説 となりのトトロ』を挙げてくれた。
「私が学生時代に読んだ小説です。映画が有名な作品ですが、小説版にはトトロのにおいを描写している場面があり、小説版ならではの楽しみが味わえるんです」

及川晴香さんと、ずっと好きだという絵本「ビロードのうさぎ」
市長の公約を形に 市営「八戸ブックセンター」
こうした街の書店は、八戸市でも少しずつ消えていく流れにあったが、潮目が変わったのは、小林眞市長が3期目の政策公約で「本のまち八戸」を掲げたこと。その中核となるのが、2016年12月にオープンした、全国でも珍しい市営書店「八戸ブックセンター」だ。

八戸ブックセンター
街の中心部にある複合商業ビル「ガーデンテラス」の1階に施設はある。路面からガラス張りの館内をちらっと見ただけで、本好きなら間違いなくテンションが上がる。いい本との出合いをさせてくれそうな雰囲気が漂っているからだ。施設に足を踏み入れると、さまざまな形の本棚があり、間を縫って歩くだけでも楽しい。そこに、約1万冊の本や雑誌が収められている。「愛するということ」「八戸の人が書きました」「テクノロジーの行く先」「世界料理の研究」「命のおわり」など、分類もひと味違う。

本の表紙がしっかり見える平積みや面陳が多く、棚を眺めているだけでも楽しい
ドリンクOK 品ぞろえ工夫し民間と競合避ける
1冊ずつ透明のブックカバーがかけられているのは、販売用の商品であると同時に、館内で自由に読んでいいからだ。ドリンク類を販売しているので、コーヒーやビールを買い、ソファやハンモックに座って何時間でも本を読みながら過ごすことができる。まさに天国! この至れり尽くせりな感じが市営だとは、にわかには信じがたい。

ハンモックに座って読書
「本を売って利益を上げることが目的ではなく、市民と本の偶然の出合いの場を作りたいと思っています」
そう教えてくれたのは、八戸ブックセンター所長の音喜多信嗣(おときた・のぶつぐ)さん。施設の方針は①「本を“読む人”を増やす」、②「本を“書く人”を増やす」、③「本で“まち”を盛り上げる」の三つ。①は図書館や民間書店も役割を担っているが、横の連携を強めることで、街全体で本に接する機会を増やそうとしている。街の書店と競合しないようにするため、ここでは雑誌の最新号や漫画は扱っていない。また、新旧を問わず、書店ではなかなか売れないが良質な本を扱うようにしているという。
「オープン前に地元の書店を回って説明をしたのですが、反対されるどころかみなさんが『きっとプラスになる』と期待を寄せてくれましたし、いまもいろんな連携をしています。また、うちがセレクトした本を市内のカフェや信用金庫、公共施設などに置く『ブックサテライト』プロジェクトもあり、街のいろんな場所で本に触れる機会を増やしています」(音喜多さん)
締め切りに追われる作家気分「カンヅメブース」
②は「読む人を増やすなら、書く人も増やそう!」という発想から始まった。執筆や出版の参考となるワークショップや作家を招いてのトークイベントを開くだけでなく、館内に「カンヅメブース」を設置。「市民作家」登録を行うと、執筆用の部屋として利用できるのだ。

執筆に使える「カンヅメブース」
もちろん書店としては1冊でも多くの本が売れ、市民の手に渡れば喜ばしいことだろう。しかし、採算第一ではないからこそ、本の選書にとことんこだわり、ユニークなイベントや展覧会を開催し、「書き手」を育てる試みにも取り組むことができている。
オープンから4年、地元にすっかり根付いているが、旅行者にとっても魅力的な場所である。青森や八戸関連の書籍、地元出身の作家などの本が充実し、棚に地域性がにじみ出ていて楽しい。また、仕事や日々の雑事に追われる日常と違って、旅先だからこそゆっくり時間が取れることもある。時間を気にせず読書に没頭できるし、旅先での未知の本との出合いもいい思い出になりそうだ。

店内の席にはドリンクホルダーも設置。八戸市出身の作家・木村友祐さんの「幼な子の聖戦」は、第162回芥川賞候補作。読書のお供は、八戸生まれの「イカスミサイダー」(510円)
八戸にはほかにも、カレーがおいしいブックバー&カフェ「AND BOOKS」や、旅館をリノベーションした店内で写真集や絵本などを読めるカフェ&ギャラリー「saule branche shincho」(ソール・ブランチ・シンチョー)など、ユニークなブックスポットが点在している。「本のまち八戸」目当ての旅は、本好きならきっと楽しめる!
■木村書店
https://twitter.com/kimurasyotenn1
■八戸ブックセンター
https://8book.jp/
PROFILE
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「あの街の素顔」ライター陣
こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、江澤香織、高松平藏、松田朝子、宮﨑健二、井川洋一、草深早希
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吉川明子
兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。