クリックディープ旅

長浜を経て大垣の「むすびの地」へ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅16

下川裕治さんが、松尾芭蕉の「奥の細道」の行程をたどる旅。前回は敦賀までたどり着き、いよいよ最終回は長浜を経て大垣へ。「むすびの地」をめざして力を振り絞ります。

■本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと、相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。

(写真:阿部稔哉)

奥の細道を歩く・敦賀から大垣へ

地図

「奥の細道」をたどる旅も最終回。敦賀から大垣をめざす。芭蕉の旅は大垣で終わったわけではなかった。さらに伊勢へと旅だっている。大垣は旅の通過点のようにも思えるが、「奥の細道」はここで終わっている。しかし芭蕉のなかでは、旅に出る前、大垣を「奥の細道」の終着と決めていたようだ。

雪に見舞われ、1日に1時間以上は芭蕉が歩いた道を歩くというミッションも満足にはこなせなかった。最後ぐらいはしっかり歩こうと、最終日は長浜を朝に出発することにした。そこで夜の列車で敦賀から長浜に向かった。

「奥の細道」は、1689年、松尾芭蕉が約150日をかけ、東京(江戸)から東北、北陸などをまわった紀行文。馬や船も利用しているが、基本的には歩き旅である。発刊は芭蕉の死後の1702年。

短編動画

大垣の水門川沿いの「奥の細道むすびの地」。芭蕉像を眺めながら、「蛤(はまぐり)のふたみにわかれ行(ゆく)秋ぞ」。ハマグリの貝殻と身のように、旅だつ人と見送る人がわかれ、行く秋のなか、私は旅だっていく……そんな意味だと解釈している。「奥の細道」はこの句で、ぷつりと終わる。なかなかにくい終わり方である。

今回の旅のデータ

敦賀から大垣まで列車で向かうなら、北陸線で米原まで出て、そこから東海道線で大垣に向かうことになる。芭蕉が敦賀から大垣まで、どの道を進んだのかはっきりしない。しかし研究者の間では、北陸道の途中から北国脇往還を通って関ケ原に出て、大垣に着いたとされている。脇往還というのは、江戸時代の五街道以外の主要な街道のことだ。そこで長浜駅から湖国バスの伊吹登山口線に乗った。このバス路線が北国脇往還の一部を走っていた。高番で降り、東海道線の近江長岡駅まで歩き、列車で垂井駅まで。そこから歩いて大垣に入った。

敦賀から大垣へ「旅のフォト物語」

Scene01
列車

敦賀駅から近江今津行きの普通列車に乗った。途中の近江塩津駅で乗り換えて長浜駅に向かう。この一帯に残る旧北陸線の鉄道遺産が日本遺産に認定されていた。明治政府は現在の東海道線の建設を進め、日本海側と東海道線を結ぶ旧北陸線の建設を急いだ。その遺構が少しは見える? 暗い車窓に目を凝らしたが、なにも見えず。

Scene02
通路

近江塩津駅の乗り換え地下道。鉄道遺産?と思うほど古く、寂れていたが、違いました。乗り換え客は僕らをのぞいてふたりだけ。この先に木ノ本駅がある。芭蕉はそのあたりから北国脇往還を関ケ原に向かったとされる。どうも馬に乗っての旅だったらしい。僕らは翌日、バスでその道を通ることになる。

Scene03
バス

翌朝、長浜駅前から湖国バスに乗った。事前に連絡をとり、調べてもらっていた。「伊吹登山口線の今荘橋から高番までが昔の脇往還ですね」。乗車時間は約10分。それだけ? これまでも芭蕉が通ったルートにこだわってきた。たとえ10分でも……。しかし高番で降りてからの道が……。それはScene5で。

Scene04
雪道

高番から近江長岡駅まで歩くつもりだった。距離は約2.6キロ。遠くないが道には雪。伊吹山がくっきり見える晴天だったが、この先、道は20センチ近い雪に覆われていた。足は、ずぼッ、ずぼッとはまり歩きづらい。通る車や人もいないようで、わだちや踏み跡もしだいになくなっていく。その道は次の写真で。

Scene05
新幹線

雪に足をとられ、なかなか進まない。この先に近江長岡駅はある? 不安を胸に進むと、踏み跡が現れ、新幹線の高架が。息を整えようと立ち止まると、高架上をこの世の乗り物とは思えない速さで新幹線が走り抜けていった。芭蕉の旅の5回目を思い出していた。場所は宮城県。中将藤原朝臣実方(ちゅうじょうふじわらあそんさねかた)の墓を訪ねた後も、新幹線をぼうぜんと見あげていた……。

Scene06
看板

高番から近江長岡駅まで45分もかかってしまった。ここから東海道線で大垣方面に向かう。11分ほど乗ると関ケ原駅。ホーム脇にはこの大きな看板。明治時代、この関ケ原駅から長浜駅を結ぶ鉄道路線があった。その先、長浜駅からは敦賀に接続した。芭蕉が通った北国脇往還に近いルート。その後、廃線になってしまったが。

Scene07
垂井駅

垂井駅で降りた。駅舎を出て、つい口走ってしまった。「ない」「雪がない」。手前の関ケ原駅は雪で埋まっていた。そこから4分乗っただけなのに。新潟以来、雪に悩まされた旅から一気に解放された。日本海に面した暗い雪空がうそのように消え、明るい太陽がのぞく。ここから大垣まで歩く……。足どりも軽かったのだが。

Scene08
道路

「奥の細道むすびの地」までは約7.8キロ。芭蕉がどの道を通ったかははっきりしない。大垣の芭蕉門下が迎えにきていた可能性もある。「奥の細道」の旅も大詰め。芭蕉は鼻歌気分で歩いたのだろうか。しかしいまは、トラックがスピードをあげて行き交う国道を進むしかない。その歩道をとぼとぼ歩くうちに、気分もなえてくる。

Scene09
ビスケット

40分ほど歩いて小休止。阿部稔哉カメラマンが、「これ、食べます?」と差しだしてくれたのがこれ。阿部カメラマンが関越道で雪に閉じ込められて21時間、NEXCO東日本の職員から配られたフリーズドライビスケットでした。まだもっていたんだ。でもこのビスケット、おいしい。殺風景な国道沿いで食べると、心にしみます。

Scene10
バス停

大垣に向けて、国道沿いをひたすら歩き続ける。1時間半ほど歩いただろうか。疲れが出てくる。と、そこに長松というバス停。路線図を見ると、大垣市内に向かっている。これに乗れば……。しかし「奥の細道」の旅の最後は、歩きでフィニッシュしたい。バスへの誘惑を断ち切って歩きはじめる自分をほめてあげたい。

Scene11
バス停

長松のバス停からが意外に遠かった。バス停で9個分。家は増えてきたが、最終地点に決めていた「奥の細道むすびの地」の案内がなかなか出ない。ふと、脇を見ると、バス停にこの文字。近づいて路線図を見ると、バス停であとふたつ分。ザックを背負い直し、水を少し飲んで歩きだす。

Scene12
看板

着きました。「奥の細道むすびの地」。動画で紹介した「蛤のふたみにわかれ行秋ぞ」は、「奥の細道」のむすびの句といわれる。そこからとられた名称のようだ。横のベンチに座って水をぐびぐび飲んだ。もう歩かなくてもいい。芭蕉がわらじを脱いだのは、芭蕉門下の俳人、近藤如行(じょこう)の家だったようだ。

Scene13
記念撮影

「奥の細道」をたどる旅は終わった。記念撮影です。「奥の細道」の旅に出る前、芭蕉が暮らした深川を訪ねたのが2020年の8月5日。両国リバーセンター発着場から船に乗り、僕らの旅がはじまったのは8月27日。途中、仙台と新潟からいったん東京に戻ったが、4カ月ほどをかけてこの場所に。芭蕉の旅と同様、いろんなことがありました。

Scene14
船

大垣にしばらく滞在した芭蕉は、再び伊勢に向かって船で旅だっていく。手配したのは、芭蕉門下の俳人、谷木因(たに・ぼくいん)。彼は大垣の水門川沿いで回船問屋を営んでいた。ここからは再び曾良も同行することになる。なんだかそのシーンを連想させるように、水門川には船が係留されていた。

Scene15
そば

「奥の細道」の出立の項。「行春や~」の句で旅ははじまった。そして終着の大垣では、「行秋ぞ~」の句で終わる。なかなか凝った旅行記だ。僕は大垣駅前の、「さらしな」という店で「水そば」、1180円。大垣は、全国「水の郷百選」に選ばれるほど湧き水が多いとか。東京の深川で食べた「芭蕉そば」を思い出していた。

※取材期間:12月21~22日
※価格等はすべて取材時のものです。
※「奥の細道」に登場する俳句の表記は、山本健吉著『奥の細道』(講談社)を参考にしています。

【次号予告】次回から自宅で再現するアジア旅料理がはじまります。

BOOK

長浜を経て大垣の「むすびの地」へ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅16

2019年に連載された台湾の秘境温泉の旅が本になりました。

台湾の秘湯迷走旅(双葉文庫)
温泉大国の台湾。日本人観光客にも人気が高い有名温泉のほか、地元の人でにぎわうローカル温泉、河原の野渓温泉、冷泉など種類も豊か。さらに超のつくような秘湯が谷底や山奥に隠れるようにある。著者は、水先案内人である台湾在住の温泉通と、日本から同行したカメラマンとともに、車で超秘湯をめざすことに。ところがそれは想像以上に過酷な温泉旅だった……。台湾の秘湯を巡る男三人の迷走旅、果たしてどうなるのか。体験紀行とともに、温泉案内「台湾百迷湯」収録。

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日文庫)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)、「世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ」(朝日文庫)など。最新刊は、「台湾の秘湯迷走旅」(双葉文庫)。

  • 阿部稔哉

    1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

福井から若狭湾を眺め敦賀へ 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅15

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