にっぽんの逸品を訪ねて

温かな色彩と模様の世界に心安らぐ 静岡市立芹沢銈介美術館

「日本で一番好きな美術館は?」と聞かれたらどこを思い浮かべますか。私なら今回ご紹介する「静岡市立芹沢銈介(せりざわ・けいすけ)美術館」です。型絵染の人間国宝である芹沢銈介氏(1895~1984年)の作品のすばらしさはもちろん、「石水館」と名付けられた建物も、一つ一つの作品とゆっくり向き合える心地よい展示空間も魅力です。昨年12月に、現在開催中の「日本のかたち-芹沢銈介が集めた日本工芸-」(3月21日まで)を、学芸員の方に解説いただきながら見学しました。

(トップ画像は「いろは文壁掛」一部、記事中写真の芹沢氏作品や収集品はすべて静岡市立芹沢銈介美術館蔵)

静岡が生んだ“色彩と模様の天才” 型絵染の人間国宝・芹沢銈介

JR静岡駅南口からバスで10分ほど走ると弥生時代の遺跡を整備した登呂公園が広がり、木立が茂るその公園の一角に静岡市立芹沢銈介美術館がたっています。静岡市出身の芹沢銈介氏が、郷里に作品約600点とコレクション約4500点を寄贈したのを機に建設され、1981(昭和56)年に開館しました。

静岡市立芹沢銈介美術館

登呂公園内の木立が茂る一角に静岡市立芹沢銈介美術館があります

門からアプローチを歩いた先が玄関かと思いきや、扉のような外壁と噴水、ツバキが現れます。シンメトリーな風景がまるで芹沢作品のようで、入館する前から心が弾みます。

キンモクセイに囲まれたこの石造りの建物は、建築界の巨匠・白井晟一(せいいち)氏の設計。石や木、水など天然素材を用い「石水館」の名が付いています。

アプローチ

石造りの外壁と噴水、カンツバキ、外灯の重なりが美しいアプローチ

入り口を入ると、芹沢氏の写真が飾られていました。芹沢氏は東京高等工業学校(現東京工業大学)を卒業後に静岡県立工業試験場で図案指導に従事していましたが、民芸運動を起こした柳宗悦(やなぎ・むねよし)氏の論文「工藝の道」に感銘を受け、また沖縄の染め物・紅型(びんがた)に出会ったことをきっかけに染色家としての道を歩み始めます。

それまで分業だった型染めという技法を一人で一貫して行うことで、独自の世界観を表現。「模様」も「色彩」も創意あふれる作品を次々に制作し、1956(昭和31)年には「型絵染」で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されています。

芹沢銈介氏(1976年撮影、81歳)。東京・蒲田の芹沢工房の前にて、たよ夫人と(画像提供:静岡市立芹沢銈介美術館)

芹沢銈介氏(1976年撮影、81歳)。東京・蒲田の芹沢工房の前にて、たよ夫人と(画像提供:静岡市立芹沢銈介美術館)

染色だけでなく、パッケージなどの商業デザイン、本の装丁、和紙に型染めを施す「染め紙製品」の制作、ステンドグラスや建物の空間デザインなど、その活躍は多岐におよび、「生活美のデザイナー」とも称されます。また、国内外の工芸品の収集にも力を注ぎました。

代表作が多い豪華な展示 「文字絵」の屏風(びょうぶ)やのれんも

静岡市立芹沢銈介美術館では、年3回(2021年度から4回)の企画展を行い、テーマによって展示品が変わります。開催中の「日本のかたちー芹沢銈介が集めた日本工芸ー」では、芹沢氏の作品60点と、芹沢氏が収集したコレクションの中から日本の工芸品250点を展示しています。

展示室はAからJまで10室。AからDまでは芹沢氏の作品が並んでいました。

展示風景

一度は目にしたことのある有名作品も多く展示されていました

「今回の企画展は収集品が主テーマですが、芹沢先生の作品も代表作が多く、豪華な展示になっています」と学芸員の山田優里さん。その言葉通り、これぞ芹沢作品といわれるようなのれんや屏風も多く並んでいます。

「御滝図のれん」も代表作の一つ。和歌山県の那智の滝が、簡潔な線と色で表現されています。藍の濃淡に真っ白な滝が浮かび上がり、古代から御神体とあがめられてきたこの滝の神々しさが感じられます。

「御滝図のれん」(1962年)(画像提供:静岡市立芹沢銈介美術館)

「御滝図のれん」(1962年)。潔いほどの簡略化とメッセージ性は現代のグラフィック・デザインのよう(画像提供:静岡市立芹沢銈介美術館)

「丸紋いろは六曲屏風」は、いろは歌(変体仮名)の47文字と、日本の手仕事の模様を交互に組み合わせた作品。全体を眺めれば縁の太さや配色が異なる円がバランスよく並び、円内に目をやれば和ろうそくや漆器などの模様がかわいらしく、見飽きることがありません。

「丸紋いろは六曲屏風」(1960年)

「丸紋いろは六曲屏風」(1960年)。格調高く、ほのぼのとした温かさも感じます

「沖縄笠団扇文(かさうちわもん)部屋着」は、沖縄で農作業時などにかぶる「くば笠(がさ)」とうちわの模様が大胆に染め抜かれています。生活用品の組み合わせがなぜこれほど美しい模様になるのかと、見入ってしまいます。

「沖縄笠団扇文部屋着」(1960年)

浅黄色に曲線の模様が映える「沖縄笠団扇文部屋着」(1960年)。美しいです

いろは歌の47文字を染めた「いろは文壁掛」を目にして、子どものころ、初めて芹沢作品を見たときの感動を思い出しました。見慣れたかな文字が、なんと色鮮やかに楽しく並んでいるのだろうと引きつけられました。こんな心躍るデザインが身近にあれば、日常もやさしい気持ちで過ごせそうです。

「いろは文壁掛」(1967年)

「いろは文壁掛」(1967年)。模様に見えますが、近づくと文字です(トップの画像参照)

名作品と名建築のコラボレーション 互いを引き立てあう展示も真剣勝負

歩み進むと、展示室の雰囲気も変化していきます。D室は天井が高く開放的。F室ではナラを使った天井が間近に迫るなど、部屋ごとに趣が異なります。

D室

天井の木組みが美しいD室。展示室10室すべて天井の意匠が異なる

G室は頭上には太陽のような照明、足元には黒色の御影石を敷き詰めた海のような床が広がります。展示室とは思えない不思議な空間です。

G室

石壁をめぐらせたG室は欧風の造り。でも和の展示品とマッチしています

「石水館」は1998年に建設省(現国土交通省)の「公共建築百選」に選ばれた名建築。この美術館は名作品と名建築の競演です。そのため、お互いを引き立てあう展示も真剣勝負のようです。

「芹沢先生は展示をとても大切にしていらっしゃいました。気に入らなければ開催前日でもすべてやり直しをされたほどです。私たちも『芹沢先生だったらどうされるだろう?』と常に考えながら展示品を選び、配置しています」(山田さん)。展示替えは学芸員の方がそのつど考えながら展示場所を決めるそうです。

展示品

展示品が心地よいバランスで続きます

配置もミリ単位で考え抜かれるのでしょう。館内はどこを歩いても目に映る風景が心地よく、それぞれの展示品に視線が促されます。

展示室

奥の展示室まで見通せるなど、通常の美術館にはない造りも見られます

収集は“もう一つの創造” 暮らしのぬくもりや独創性を感じるコレクション

後半の展示室は芹沢氏のコレクションが並んでいました。芹沢氏が鋭い選択眼で選んだ収集品は“もう一つの創造”といわれます。天才の審美眼にかなった工芸品とはどんなものなのでしょう。

厚司(アットゥシ)とよばれるアイヌ民族の織物や、使い込まれた漆器、木工品、面、焼き物など、暮らしの中で愛用された工芸品が次々に現れました。

展示

コレクションの展示も興味津々

工芸品

美しさと実用性を兼ねた工芸品が並びます

芹沢氏の収集は20代のとき「絵馬」から始まったそうで、ユニークな絵馬も数多く並んでいました。柳氏は芹沢氏の絵馬のコレクションを見て、その才を感じ、工芸への道を勧めたといわれます。ただ、1945(昭和20)年に戦災で芹沢氏の工房も家屋も焼失したので、現在の収集品はそれ以後のもの。寄贈された作品600点、収集品4500点は、どちらも戦災にあった50歳以降のものと思うと、氏の創作意欲、収集意欲を感じます。

絵馬

ほほえましい図柄の絵馬がたくさん

「かまど面」や「奉納面」も目を引きました。「かまど面」は、東北地方の風習で、家を新築した際に作り、かまどやいろりなど火を扱う場所の近くの柱に家の守り神としてかけます。家を建てた大工が作るそうですが、素朴で力強く、独創的です。

かまど面

かまど面の一つ。飛び出た目も眉の彫り方も独創的

収集品は、美しい、ユーモラス、自然と模様になっているなど、それぞれに魅力的です。

「芹沢先生は、好き、おもしろいはもちろんですが、ご自分では思いつかないデザインで『やられた!』と思ったものなども収集されたようです」と山田さん。展示してみるとその迫力や造形が際立ち、良さがわかるという収集品もあるのだとか。なかにはめったに展示されない収集品もあるとのことなので、見学ごとに一期一会の出会いがありそうです。

特別室

庭を望む特別室

館内には坪庭のシダレウメを望む特別室もあります。冬はカンツバキ、秋にはキンモクセイの香りやツタの紅葉など、四季の変化も楽しみな美術館です。

【問い合わせ】
・静岡市立芹沢銈介美術館
https://www.seribi.jp/

PROFILE

中元千恵子

旅とインタビューを主とするフリーライター。埼玉県秩父市生まれ。上智大卒。伝統工芸や伝統の食、町並みなど、風土が生んだ文化の取材を得意とする。また、著名人のインタビューも多数。『ニッポンの手仕事』『たてもの風土記』『伝える心息づく町』(共同通信社で連載)、『バリアフリーの温泉宿』(旅行読売・現在連載中)。伝統食の現地取材も多い。
全国各地のアンテナショップを紹介するサイト 風土47でも連載中

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