心に残る旅

細野晴臣さんのスペイン 港町・ヒホンに心ひかれて

いつもと違う場所で風に吹かれた経験は、折に触れて思い出すもの。そんな旅の思い出を各界で活躍するみなさんにうかがう連続インタビュー「心に残る旅」。第16回は、2019年に音楽活動50周年を迎えた日本のロック&ポップス界の至宝、細野晴臣さんです。(文・中津海麻子 写真・山田秀隆)

心に残る美しい港町

――これまでたくさんの国や地域を旅したと思います。そんな中で「心に残る旅」は?

スペイン北部の港町ヒホンで見た美しい風景は、今も心の中に深く残っています。

この地の大学でのイベントにYMOが呼ばれ、2008年、初めて訪れました。それまでヨーロッパの都市には何度も行ったけれど、特にパリやロンドンといった都会は東京にいるのとほとんど変わらず、驚きもない。でも、ヒホンの街並みにはなんとも言えない情緒があり、到着した途端に歩き回りました。山手側には高層ビルやモダンなホテルが立ち並び、海辺に下っていくとそこは昔のまんまの港町が広がっていて。日が沈むと街灯がともり、それがすべて同じ暖かい色でとても目に優しいのです。

何を食べてもおいしかったなぁ。パエリアはもちろん、街角のバルでつまんだお総菜もどれもうまくてね。興奮するというより、とても落ち着いた気持ちになれる街で、YMOのメンバーもとても気に入ったみたい。「次はまた、ここで待ち合わせよう」と約束しました。残念ながらまだ実現できていないけれど、もう一度行ってみたい街ですね。

僕は港町が好きなんです。ヒホンもどこか函館や神戸に似ている。まだ見たことがない、行ったことがない港町を探す旅なんてしてみたい。「世界港町紀行」とかね(笑)。
細野晴臣さんのスペイン 港町・ヒホンに心ひかれて

旅先の音の記憶

――旅先でもっとも印象に残るものは?

風景ももちろん心に残るけれど、印象深いのは「音」。中でもバリ島のジャングルの音は忘れられません。

夕方から夜にかけて「大合唱」が始まるんです。一番大きな声を出すのはトカゲ。ほかにもカエルに虫に、数え切れないほどの生き物が一斉に歌い始める。屋外でやってくれている分にはいいけど、たまに部屋の中に入ってきちゃうヤツがいて、それには参ったな。虫、苦手なんです。遠くにいると大好きなんだけど(笑)。様々な生き物が発する音が不思議と共鳴し、それも360度サラウンドで、スピーカーでは絶対に再現できない。その国、その場でないと聴くことができない唯一無二の交響曲なのです。

そういう音を音楽にしようとは思わないけれど、体と記憶の中に染み込んでずっと印象を保つことができる。音楽を作るときの状態には影響するかもしれません。静かな気持ちになれたりね。だから、そういう音の記憶はとても大事かなと思います。

――異国の音楽を聴くと、旅に行ったような気分になれることもあります。

僕が幼かったころは聴くものすべてが異国的なものだったので、たとえばカンツォーネを聞けばイタリアに、シャンソンを聞いたらフランスに行ったような気分になっていました。小学生のときには、朝7時になるとラジオからアコーディオンとミュゼットのインストゥルメンタルが流れてきて、それを毎朝聞いていたので、僕の中では「フランスというのはこういう音の国」という想像が広がりました。映画もそうだったけれど、いいなと思うと学校の図書館に行き、その国や地域のことを調べたりして。すると、僕の中に勝手に幻想が組み上がっていく。そんな幻想旅行を楽しんでいたように思います。

ただ、今は世界の音が同じになっちゃってる。昔のように「その国の音」がなくなってしまった。フランスでは夏至の日に各地で音楽のお祭りがあり、パリの街中でもあちこちでミュージシャンが演奏します。おそらく以前はそれこそアコーディオンやミュゼットの音色が流れていたんだろうけど、僕が行ったときはエレキの音ばかりで、あまりのうるささにレストランに逃げ込んでしまった。世界がつながって便利なことも増えたけど、みんな同じになってしまうのは寂しいですね。

懐かしかった、LAの風景

――音楽活動50周年を迎えた2019年、NYとLAのアメリカツアーを成功させました。

実は人生初の海外旅はLAでした。はっぴいえんどの最後のアルバムのレコーディングで、1972年に渡米しました。当時は直航便なんてなくて、アンカレジ経由。遠かったなぁ。でも、アメリカは僕のルーツでもあり、中でも世界屈指の音楽都市であるLAは憧れの街だったから、刺激にあふれ興奮してばかりだった。その後、YMOのワールドツアーやレコーディングで訪れたことはあるけれど、ソロとしてのツアーは今回が初めてだったんです。正直怖かった。一体どんな人たちが見にきてくれるんだろうか……と。

YMOのコンサートはテクノという共通言語があるから雰囲気がつかめるんだけど、今の僕がやっているのは古いアメリカの音楽だったりブギウギだったり。そういうことをアメリカでやっていいのかな?と。どういう風に受け止められるかがわからない。だから怖かったんです。

でも、NY、LAとも事前にチケットはソールドアウトになり、僕と同世代から若い人まで幅広い年代の、でもみんな音楽を純粋に楽しみたいという人たちが集まってくれました。とてもリラックスしたいい雰囲気で、僕も東京でやるのと変わらない調子で楽しむことができました。

細野晴臣さんのスペイン 港町・ヒホンに心ひかれて

photo:飯田雅裕

何度目かのLAでしたが、街の景色はあまり変わっていなくて懐かしかった。はっぴいえんどのレコーディングをしたスタジオもまだ残っていて、現役で使われていました。日本、特に東京は3年もすれば風景ががらりと変わってしまう。それはちょっと寂しさを感じます。音楽も街並みも、古くてもいいものは残っていってほしい。

細野晴臣さんのスペイン 港町・ヒホンに心ひかれて

photo:Dazie

――以前のように自由に旅ができる日が戻ってきたら、どこに、どんな旅をしたいですか?

温泉が好きなので、東北あたりの温泉に行きたいですね。山形とかいいなぁ。お湯につかって景色を楽しんで……。海外で暮らしたら作る音楽が変わるかなと思ったこともありましたが、僕は無理そう。ごはんと温泉がある国で暮らし、旅を楽しみたいですね。

――50年を超える活動を「旅」にたとえるなら?

旅は旅でも、僕は「登山」だと思っています。山を登り続けて、今は下っている最中。登ってくる若い音楽家とすれ違いながら「こんにちは」なんてあいさつを交わしてね(笑)。現在地点は中腹ぐらいかな。もうちょっとこの山の旅は続きます。やりたいことはいっぱいあるし、そろそろ何かやりたい気持ちになっている。新たな旅の1ページをつづる……かもしれませんね(笑)。

細野晴臣(ほその・はるおみ)
1947年東京生まれ。音楽家。69年「エイプリル・フール」でデビュー。70年「はっぴいえんど」結成。73年ソロ活動を開始、同時に「ティン・パン・アレー」としても活動。78年「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」を結成、歌謡界での楽曲提供を手がけ、プロデューサー、レーベル主宰者としても活動。YMO散開後は、ワールドミュージック、アンビエントミュージックを探求、作曲・プロデュース、映画音楽など多岐にわたり活動。
2019年デビュー50周年を迎え、ファーストソロアルバム『HOSONO HOUSE』を新構築した『HOCHONO HOUSE』を3月にリリースし、6月アメリカ公演、10月4日から東京・六本木ヒルズ東京シティビューで展覧会「細野観光 1969-2019」を開催した。
細野晴臣 公式サイト:http://hosonoharuomi.jp/

INFORMATION

細野晴臣さんのスペイン 港町・ヒホンに心ひかれて

US ツアーのライブが待望の音源化!

ライブアルバム『あめりか / Hosono Haruomi Live in US 2019
2019年6月に開催され大盛況となったUSツアーの模様を、現地の熱気や空気感とともに全18曲収録。細野さんのソロ作品としては、初のライブアルバムです。

細野晴臣さんのスペイン 港町・ヒホンに心ひかれて

2019年の細野さんの活動を映像化した3作品

ブルーレイ&DVDボックス『Hosono Haruomi 50th ~ Music, Comedy and Movie
音楽、コメディー、映画の3作品をまとめた豪華セット(単体で購入することも可能)。
音楽活動50周年を記念して2019年11月30日、12月1日の2日間にわたり東京国際フォーラム ホールAで開催された「細野晴臣 50周年記念特別公演」と、音楽バラエティーショー「イエローマジックショー3」、同年の11月に公開され全国50館以上でのロングラン上映となった、ドキュメンタリー映画『NO SMOKING』の3作品です。

細野晴臣さんのスペイン 港町・ヒホンに心ひかれて

PROFILE

旅する著名人

家入レオ、ふかわりょう、HARUNA(SCANDAL)、福士蒼汰、加古隆、池内博之、吉田戦車、清水尋也、しりあがり寿、高畑充希、松本穂香、江國香織、為末大、入江悠

コウケンテツさんのフィリピン 棚田でコメ作りする大家族と過ごして 

一覧へ戻る

中野京子さんのスペイン 「カルメン」の見方を変えた闘牛

RECOMMENDおすすめの記事