にっぽんの逸品を訪ねて

ピカソも注目した「大津絵」の魅力とは?

思わず「クスッ」と笑ってしまうユーモラスな絵の中に、多くの示唆を含んだ大津絵は、浮世絵と並ぶ江戸時代の二大民画といわれます。当時、民衆の心をつかんだ絵画は、棟方志功(むなかた・しこう)や柳宗悦(やなぎ・むねよし)らも称賛し、パブロ・ピカソのコレクションからも見つかっています。大津絵の魅力を知ろうと、昨年秋、滋賀県大津市にある大津絵専門ギャラリー「胡径庵(こけいあん)」を訪ねました。

連載「にっぽんの逸品を訪ねて」は、ライター・中元千恵子さんが日本各地の逸品を訪ね、それを育んだ町の歴史や風土を紹介します。

ユーモアとともに絵で表現された風刺や教訓

大津絵をご存じですか。大胆な筆遣いとデフォルメ、オレンジ色をアクセントにしたポップな色使いは、現代のマンガや「ゆるキャラ」にも通じるといわれます。名もなき職人たちの作品だったためか、美術品の扱いをされてきませんでしたが、ここ数年、ヨーロッパや東京で大規模な大津絵展が開かれるなど、その価値が見直されています。

大津絵は、江戸時代初期に東海道の大津の宿場(現在の大津市追分町、大谷町)で、職人たちが旅人にみやげ物として描き売ったのが始まりです。当初は神仏画でしたが、しだいに世俗画や戯画が増え、多くは風刺や教訓の意味を持っています。道徳的な教えを詠んだ「道歌(どうか)」が書かれることもありました。

「鬼の念仏」

「鬼の念仏」。角の1本が折れています

例えば、この代表的な絵柄「鬼の念仏」は鬼が僧の姿をして、慈悲深そうな見かけとは違った偽善者を風刺しています。「慈悲もなく情もなふて念仏を となふる人の姿とやせん」の道歌が書かれました。

別の解釈では、鬼のような人でも心の角(つの)を折って念仏を唱えて修行すれば成仏できることを表しています。よく見ると2本ある角の1本が折れていますが、これは我(が)を折って改心したことを表現しています。

「鬼の行水」

「鬼の行水」は表情もユーモラス

「鬼の行水」には、うわべだけでなく心も清めましょうという意味があります。「うは皮を洗いみがきて心をば 洗はぬ人の姿とやせん」の道歌が添えられています。

「猫とねずみ」

「猫とねずみ」は味わいのある絵です

「猫とねずみ」の図柄は、あのピカソが所蔵していたそうです。酒を飲むネズミをネコがらんらんと光る目で見つめる絵は、酒にのまれて我を忘れてはいけないという教訓を含んでいます。猫の表情、箸でつまんだトウガラシ、ひょうたんの酒入れなど、見るほどに味わいがあります。

ギャラリーの絵を見て自分の人生を振り返る人も

これらをはじめ、多くの大津絵が見られるのが、大津市下阪本にある工房&ギャラリー「胡径庵」です。すぐ隣の坂本は、今年2月まで放送していたNHK大河ドラマ『麒麟(きりん)がくる』の主人公・明智光秀が治めた城下町であり、穴太(あのう)積みの里坊(さとぼう)が続く美しい町並みでも知られています。

「胡径庵」

静かな町並みの一角にある「胡径庵」

「胡径庵」では、大津絵にほれ込んだ田中胡径さんが、江戸時代の大津絵を忠実に再現して制作し、展示販売しています。また昔の大津絵も見られます。

天窓の付いた明るいギャラリーには、大津絵の屏風(びょうぶ)や掛け軸が所狭しと、けれどバランスよく飾られていました。

室内

ほっと心和む空間です

「大津絵って粋(いき)でしょう。鬼も、大津絵師にかかると裸になったり三味線を弾いたりします。でもユーモアたっぷりの中に厳しいことを言っている。大津絵に携わって約40年になりますが、魅力は奥深く、飽きることがありません」と胡径さん。画工たちが名前を入れず、職人に徹した心意気にも感銘を受けると話します。

田中胡径さん

大津絵の魅力を語る田中胡径さん

「大津絵は、絵を見ながら会話ができるんです。鬼や神様など図柄は約120種ありますが一つ一つに意味があって『なるほど』と考えさせられます。ギャラリーでお客様に絵の説明をしていると、人生のいろいろな場面を思い出されるのか、ご自分の思い出や経験を語ってくださいます」(胡径さん)

鬼が大黒様を追っている「福は外」には「鬼は外、鬼は外へと払ふたる手の内にこそ福はありけり」の道歌があり、幸せは実は身近な手の内にあると諭します。

「福は外」

「福は外」は常識を覆す絵柄です

「大黒と外法(げほう)の相撲」は、富の神である大黒様と、外法(福禄寿<ふくろくじゅ>の別名)が相撲をとる絵で、富と長寿の両方を追い求めても長寿が犠牲になる、欲張ると体を壊しますよ、と戒めています。道歌は「福と寿のすもふを見れば大方(おおかた)は 福が寿命をひきこかすなり」。

「大黒と外法の相撲」

「大黒と外法の相撲」

「雷と太鼓」は大切な太鼓を落として慌てる雷神の姿です。絵の通り、雷よけのお守りでしたが、油断大敵、の意味もあるそうです。

「雷と太鼓」

「雷と太鼓」は雷神の姿に思わず笑みがこぼれます

大津絵は名もない職人が庶民の心を描いた絵です。気取りがなく、人の心の本質を突き、機知にも富んで、すっと心に入ってきます。

ほかにも、歴史ある絵柄だという「雨宝童子」や美しい若衆たちの絵柄など多くの作品が見られました。

絵柄

美しい若衆の絵柄。オレンジ色のアクセントがきいています

江戸時代の大津絵を忠実に再現 和紙も手染めで

胡径さんが大津絵に出会ったのは学生のころ。京都で美術品を修復する仕事をしていた父親のもとに、古美術商が持ち込んだそうです。その時見た江戸時代の大津絵が忘れられず、結婚を機に滋賀に来てから研究を始めました。

「知れば知るほど奥深い。大津絵の魅力を伝え、価値を高めたい」と願い、制作や販売を続けてきた胡径さんは、手軽に作った作品はすぐに忘れられることに気づき、徹底的にこだわった作品作りをするようになりました。

工房

表装を行う工房のようす

娘の鮫島真紀子さんが日本画絵の具や墨を使って絵を描き、胡径さんは表装を行います。

胡径さんの仕事は、まず使用する和紙を草木染にすることですが、庭のヤシャノキの実を煮て染液を作ることから始まります。和紙が好みの色になるまで薄い色で繰り返し染めるので、草木染だけで約3カ月はかかるといいます。

ヤシャノキの実

草木染に使うヤシャノキの実

草木染にした和紙は温かみと深みが加わり、作品の風格が格段に増します。絵を描いた後に、専用の液を塗って色落ちを防ぐ「色止め」をし、草木染を行うこともあるそうです。

絵柄

左が草木染の前、右はあと。作品の深みがまったく異なります

屏風や額なども木組みだけを注文し、あとは和紙を張り重ねて土台から手作り。

作品の周りに使用する模様入り和紙も、型紙と色を指定して注文し、風合いを出すためにもんでから使用します。12、3回はもむそうです。

紙

わざわざもんで紙に味わいを出します

こうして手をかけて制作した作品は、重厚感と温かみを感じます。

胡径さんは1日の終わりにギャラリーの絵に向かって「みんな、今日も一日ご苦労さん。お客さん喜んで帰りはったで」と声をかけるそうですが、どの絵も生き生きとしているので、それもうなずけます。

自分の心の琴線にふれる一枚を見つけ、毎日目にふれるところに飾っておきたい、そう思わせるギャラリーでした。

室内

お気に入りの一枚を探してみましょう

【問い合わせ】
・胡径庵 滋賀県大津市下阪本2-19-20/077-579-8517
https://otsu.or.jp/thingstodo/spot278
(※当面の間、新型コロナウイルス感染予防のため、電話予約制で開館中)

PROFILE

中元千恵子

旅とインタビューを主とするフリーライター。埼玉県秩父市生まれ。上智大卒。伝統工芸や伝統の食、町並みなど、風土が生んだ文化の取材を得意とする。また、著名人のインタビューも多数。『ニッポンの手仕事』『たてもの風土記』『伝える心息づく町』(共同通信社で連載)、『バリアフリーの温泉宿』(旅行読売・現在連載中)。伝統食の現地取材も多い。
全国各地のアンテナショップを紹介するサイト 風土47でも連載中

温かな色彩と模様の世界に心安らぐ 静岡市立芹沢銈介美術館

一覧へ戻る

もう一度味わいたいグルメの逸品たち“絶景レストラン3軒”

RECOMMENDおすすめの記事