旅空子の日本列島「味」な旅

日本遺産の「里沼」に育まれたツツジ咲く城下町 群馬県・館林市

ソメイヨシノが葉桜になると、日本列島の山川草木(さんせんそうもく)はみるみる緑に染まり始める。その色に映えて深紅(しんく)や紫紅(しこう)、橙(だいだい)、白など色とりどりに花を開くのがツツジである。

名所は数多いが、群馬県東南部に位置する館林は、つつじが岡公園に象徴されるツツジの町として知られている。

ツツジの町で「歴史の小径」を散策

つつじが岡公園

市のシンボルのツツジ咲くつつじが岡公園

花期には早かったが、所用があって浅草から東武電車で館林を訪ねた。駅前でもらった「まちなか散策ガイド」に従い、“歴史の小径(こみち)”をたどり城跡まで歩いた。

城といえば館林は室町時代から明治まで続いた城下町。江戸時代は徳川四天王の榊原氏が居城とし、徳川綱吉が5代将軍になる前に25万石を領して、城主を務めた地である。

「武鷹館」

旧藩士住宅や長屋門を移築修復した「武鷹館」

城跡は市街地の東、細長い城沼(じょうぬま)を天然の堀に見立てた平城で、土塁や石垣が残り、藩政最後の城主の秋元氏別邸や鷹匠町(たかじょうまち)武家屋敷(武鷹館<ぶようかん>)の建物が歴史を語り継ぐ。三の丸や大名小路、代官町、鞘町などの地名にも城下町の名残がしのばれる。

「里沼」のほとりには名所が

城沼のほとりに400年前に開かれたというつつじが岡公園では、百余種、1万株のツツジがもえ立つ4月10日~5月15日のツツジ祭りは大いににぎわう。

館林はこの城沼をはじめ、米や小麦の田畑を潤し、コイやフナ、ナマズの育つ多々良沼やアシの繁茂する茂林寺(もりんじ)沼がある。産業や文化が育ったこの沼が里山にならって「里沼」と称され、2019(令和元)年に「日本遺産」に認定されている。

田山花袋の胸像と旧居

小説家・田山花袋の胸像と武家屋敷だった旧居

西のほとりの二の丸、三の丸跡には市役所をはじめ館林出身の小説家・田山花袋記念文学館や旧居、宇宙飛行士・向井千秋記念子ども科学館などが集まっている。

2階建てのレトロでモダンな洋風建物もその一つで、明治後期に建設された館林の発展に大いに寄与した毛織物会社の旧上毛モスリンの事務所である。

向井千秋記念子ども科学館

宇宙への夢が膨らむ向井千秋記念子ども科学館

市役所近くの館林うどんの「本丸」で腹ごしらえ。釜揚げうどんにエビやナマズの天ぷら、炊き込みご飯、香の物、デザート、コーヒーのセットに満足した。

「本丸御膳」

うどんにナマズの天ぷらも付く「本丸御膳」

水沢、桐生と並ぶ群馬3大うどんの町・館林は豊富な水と小麦栽培に適した肥沃(ひよく)な土地、夏の長い日照時間、乾燥に適した冬の赤城おろしの条件に恵まれた小麦の一大産地。

「麦落雁」

香ばしく上品な甘さの三桝家總本舗の「麦落雁」

帰りに三の丸の通りに店を構える三桝家總本舗で江戸時代からの館林銘菓「麦落雁(むぎらくがん)」を土産に買った。コリッとした歯切れのあとに芳しい麦の香りと上品な甘さがホロッと砕ける。派手ではないがこの町に似て、どこか奥ゆかしさが染みる。

〈交通〉
・浅草から館林まで東武伊勢崎線の特急で約1時間

〈問い合わせ〉
・館林市観光協会 0276-74-5233

※都道府県アンテナショップサイト「風土47」より転載。
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PROFILE

中尾隆之

中尾隆之(なかお・たかゆき)ライター
高校教師、出版社を経てフリーの紀行文筆業。町並み、鉄道、温泉、味のコラム、エッセイ、ガイド文を新聞、雑誌等に執筆。著作は「町並み細見」「全国和菓子風土記」「日本の旅情60選」など多数。07年に全国銘菓「通」選手権・初代TVチャンピオン(テレビ東京系)。日本旅のペンクラブ代表・理事、北海道生まれ、早大卒。「風土47」でコラムを連載中。

歴史や文化が運ばれた海陸交通の要衝・福井県敦賀市

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