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徳川幕府の終幕を見届けた、格式重視の特別な城 京都・二条城

  • 文・写真 城郭ライター 萩原さちこ
  • 2017年12月26日

二条城二の丸御殿。『古都京都の文化財』を構成する歴史的建造物のひとつとして、世界文化遺産に登録されている

 数え切れないほど歴史的観光地がある京都のなかでも、二条城は上位に入る人気スポットといえるのではないだろうか。修学旅行生から外国人観光客まで、早朝の開門直後から多くの人でにぎわっている。

 二条城は、徳川幕府にとって特別な城だ。徳川将軍家が儀式を行った場であり、かつ天皇のために改造された城だからだ。領国の支配拠点となる大名の居城とは一線を画し、軍事力よりも格式が重視された城といえる。

 現在の二条城は、徳川家康によって征夷大将軍の任命式典のために築かれた。家康が秀吉の遺児である豊臣秀頼とはじめて対面したのも、二条城での出来事だ。そして時は過ぎ、1867(慶応3)年に15代将軍・慶喜が大政奉還を行ったのも、二の丸御殿の大広間でのことだった。二条城は、徳川幕府の幕開けと栄華、そして終焉を見届けた城なのだ。

二条城の正面出入り口となっている東大手門の近くにある、東南隅櫓。後水尾天皇行幸に際して建てられたとされる

 本丸櫓(やぐら)門、桃山門、鳴子門、北中仕切門、南中仕切門など、城門だけでも重要文化財が多いのも二条城の魅力だ。しかし、もし見学の時間が限られていたなら、優先すべきは国宝の二の丸御殿である。全国で4棟しか現存しない城の御殿のうちのひとつで、唯一、すべてが残る本格的な御殿は、何はともあれ見ておきたい。徳川幕府が威信をかけて建造した、まさに桃山文化の美の極み。『古都京都の文化財』を構成する歴史的建造物のひとつとして、世界文化遺産に登録されている。

 家康が築いた当初の二条城はさほど広くなく、現在の二の丸御殿が収まる程度だったと考えられている。曲輪(くるわ)がひとつだけの、単純な構造だったようだ。これを、1626(寛永3)年に3代将軍家光が、後水尾天皇の行幸のために現在の姿に大改築。二の丸御殿も、このとき家光によって建造された。

五重の天守が建っていた天守台。1750(寛延3)年に落雷のため焼失した

重要文化財のひとつ、西南隅櫓。櫓は九つあったが、1788(天明8)年の大火で多くが焼失し、東南隅櫓と西南隅櫓の2棟だけが現存する

 二の丸御殿は桃山時代の武家風書院造で、城郭御殿の構造がよくわかる建造物だ。玄関にあたる車寄(くるまよせ)、大名の控えの間である遠侍(とおざむらい)、大名が老中職に挨拶したり献上品を取次ぐ式台(しきだい)、将軍が諸大名と対面する大広間、大広間と黒書院を結ぶ廊下、蘇鉄(そてつ)の間、将軍と親藩・譜代大名が対面する黒書院、将軍の居間と寝室である白書院と、6棟から構成される。6棟が後ずさりするように雁行するのは、家相学に基づくものという。いちばん奥の白書院が、縁起のよい北西に配されている。

 33の部屋の用途や目的に注目して歩くと、障壁画の有無や装飾の違いが見えてきておもしろい。大広間一の間・二の間、大広間四の間、黒書院、白書院と、部屋によって装飾や絵画の色遣いや雰囲気が異なる。身分によって、入れる部屋や座る場所が決められているからだ。位のほか部屋の用途により、構造や装飾に格差がある。よく見ると、部屋と部屋の間には、境界線となるわずかな段差があることに気づくだろう。江戸時代が厳しい縦社会だったことが伝わってくる。

 もっとも豪華で広い大広間は二重構造で、いちばん高いところが将軍の座所になる。天井や壁の装飾を見ると、ほかの場所に比べて格段に豪華であることが一目瞭然だ。2部屋しかないように見えるものの、実はL字型構造。護衛の武者が待機する隠し部屋が二つ存在する。

車寄の欄間彫刻。表と裏でデザインが異なる

 二の丸御殿の唐門も必見だ。前後に軒唐破風(のきからはふ)が付き、切妻造で檜皮(ひわだ)ぶきの四脚門だ。この形式は、平安時代から高位の人物だけが構えられるものだ。2013年に金具・漆塗・彫刻の修理、屋根のふき替えが行われ、美しさがよみがえった。四本の角柱と二本の円柱から成り、円柱に扉がつく。

二の丸御殿の唐門。きらびやかな装飾と色彩に目を奪われる

 特別名勝の二の丸庭園は、作庭家としても名高い小堀遠州が一部を改修したといわれる。家康が造営した際に調和させて作庭されたと推定されるが、家光による大改修時に一部手が入れられたようだ。

 いわゆる書院造庭園で、神仙蓬萊の世界を表した庭園とされる。また、八陣の庭とも呼ばれている。後水尾天皇の行幸の際に増築された行幸御殿、中宮御殿、長局などに取り囲まれており、池の中に御亭を建て、池の中央に三つの島、四つの橋を併せ持つ。二の丸御殿大広間上段の、二の丸御殿黒書院上段の間、行幸御殿上段の間・御亭の3方向から鑑賞できるように設計されていた。

小堀遠州の作庭といわれる二の丸庭園は、特別名勝に指定されている。眺めているだけで穏やかな気持ちになる

 現在の本丸御殿は、京都御苑今出川御門内にあった旧桂宮邸の御殿を明治時代に移築したものだ。かつては仁孝天皇の皇女・和宮が14代家茂に嫁ぐ前に約1年8カ月住んでいた。1854(嘉永7)年に裏が炎上したときにも延焼を免れ、孝明天皇の仮皇居に使用されたという由緒深い建物だ。せっかくなので、二の丸御殿だけでなく本丸御殿も眺め、ゆっくりと散策を楽しんで帰りたい。

本丸御殿。1893~94(明治26〜27)年にかけて、旧桂宮邸の御殿が移築された

天守台から見下ろす内堀

(二条城の回・おわり)

交通・問い合わせ・参考サイト

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■二条城
地下鉄東西線「二条城前」駅下車、徒歩すぐ ほか
075-841-0096(京都市文化市民局元離宮二条城事務所)
元離宮二条城ホームページ

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PROFILE

萩原さちこ(はぎわら・さちこ)城郭ライター、編集者

萩原さちこ

小学2年生のとき城に魅了される。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座などをこなす。著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅』(学研プラス)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『図説・戦う城の科学』(サイエンス・アイ新書)など。webや雑誌の連載多数。
http://46meg.com/

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